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App Store経済に広がる1つの波紋

大量のiOSアプリが機能停止か!? 「近道開発」に対するストアの課題

著者: 山下洋一

大量のiOSアプリが機能停止か!? 「近道開発」に対するストアの課題

1年後のパース終了

モバイルアプリ向けのバックエンドツールを開発・提供するパース(Parse)のサービス終了が発表された。もともとは、スタートアップから成長した同名企業が運営していたパースだが、2013年のフェイスブックによる買収でさらに顧客を増やし、今では60万個を超えるアプリに用いられている。今回のサービス終了の報に多くのアプリ開発者が困惑しているが、影響はパース利用者にとどまらない。来年1月末にサービスが打ち切られると、アップストアが荒廃する可能性も指摘されているのだ。

まず、そもそものパースの役割を簡単に説明しよう。今日のモバイルアプリの多くは、インターネットを通じてさまざまなツールを利用している。たとえば、ユーザが交流できるコミュニティの仕組みがあるアプリには、ユーザの登録や認証、データの保管・共有、ソーシャルサービスへの接続といった機能が必要だ。こうしたバックエンドの仕組みを肩代わりし、アプリ開発者がフロントエンドのアプリ作りに専念できるようにするのが、MBaaS(Mobile Backend as a Service)と呼ばれるサービスで、パースはこの分野のパイオニアともいえる存在だった。

パース開発チームは、サービス終了の理由を「リソースを他の事業に集中させるため」と説明している。順調に顧客を増やしてきたものの、MBaaSではマイクロソフトやグーグル、アマゾンなど大手のライバルが台頭してきている。料金やサービス内容の競争に直面し始め、競合ではなく撤退の道を選んだのだろう。

顧客の受け皿としては「パース・サーバ」をオープンソースで公開した。開発者がサーバを起ち上げて運用すれば、ほぼそのままでパースを用いたアプリを引き続き使用できる。そうでなければ、パースのサービスに相当する環境を自分で構築するか、またはほかのMBaaSに移行する必要がある。機能の拡充が進むアップルのクラウドキット(CloudKit)も代替候補の1つになるだろう。サービス終了まで1年近い時間があるので、パース利用者は何らかの方法で移行を完了させられるはずだ。

「構築(Build)」「発展(Grow)」「収益化(Monetize)」というフェイスブックの成長戦略において、パースは構築の中心に据えられ、両者の組み合わせにより、モバイルアプリ構築にかかる開発者の負担軽減が期待された。

【URL】http://newsroom.fb.com/news/2015/03/f8-day-one-2015/

パースのCEOだったイルヤ・スクハール氏。昨年3月に開催されたフェイスブックの開発者カンファレンスF8では「Parse for IoT」を発表していただけに、突然のサービス終了に多くの開発者が驚いた。

【URL】http://newsroom.fb.com/news/2014/04/f8-2014-stability-for-developers-and-more-control-for-people-in-apps/

放置されるアプリ

それにも関わらず混乱が心配されているのは、多くの開発者が対策を講じないままアプリを放置する可能性があるからだ。ユーザの多いアプリや売れているアプリの開発者はユーザサポートに努めて早々に移行を完了するだろうが、そうしたアプリは全体の一部である。問題はユーザや売り上げが伸びていないアプリだ。開発者は少ないユーザのためにサポートし続けるよりも、新たなチャンスを求めて新しいアプリの開発に時間や労力を割く。そうした傾向が、アップストアをはじめとする今日のアプリストアでは、はっきりしている。特にパースは、新しいアプリを次々にリリースしたいというニーズに応えてきただけに、パースを利用しているアプリの多くでアップデートやサポートが疎かになっている可能性がある。インスタペーパーやオーバーキャストなど人気アプリの開発者であるマルコ・アーメント氏は、パースのサービスが終了になる来年1月末に数十万規模のアプリが動作しなくなる可能性を指摘する。

そうなったら、十分に機能しないまま放置されたアプリに一つ星評価が積み上がり、購入者はストアに警戒心を抱くようになるだろう。このことは、ストアにとっても、アプリ開発者にとっても、そしてユーザにとっても損失である。ライバルに比べるとアップストアは健全なエコシステムを実現しているといえる。それでもMBaaSのようなサービスが登場する以前に確立した仕組みのひずみが生じ始めている。

MBaaSはモバイルアプリのエコシステムの繁栄を促す便利なサービスだ。スマートウォッチやテレビ、そしてIoTなど、スマートフォンやタブレット以外の端末にもアプリが広がっていくうえで、これから欠かせない存在になるはずだ。アプリ開発者の関心は、これまで以上に新しいアプリや新しいプラットフォームに向いていく。だからこそ、パース終了の影響を警鐘として、エコシステムにぽっかりと大きな穴が空いたりしないように、健全なアップストアを実現する改革に踏み出してほしいと思う。

すべてのアップストアの統括責任者を務めるフィル・シラー上級副社長。これまでワールドワイドプロダクトマーケティングを担当してきたが、昨年12月から同職も兼務するようになった。1つのエコシステムとしてアップストアを拡大する戦略を担う。

【News Eye】

パースは基本サービスを無料で使用でき、20GBのファイルストレージも用意されている。無料では30リクエスト/秒に限られるが、ユーザが増えるまで料金が発生しないので、リスクを負わずにアプリの提供することが可能。それによって新しいアプリが増加した。