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チーム全体をレベルアップする空撮とITによるデータ戦略

ドローンとiPadでプレー分析!現代ラグビー大躍進の理由

著者: 中筋義人

ドローンとiPadでプレー分析!現代ラグビー大躍進の理由

画像提供:DJI JAPAN

IT導入が進むラグビー界

「数あるスポーツの中でも、ラグビーは映像データの分析と活用が進んでいる競技の1つだと思います」

そう語るのは、ラグビーチーム「サントリーサンゴリアス」(以下、サンゴリアス)で専属アナリストを務める須藤惇氏だ。データに裏打ちされた成長戦略が求められる現代ラグビーにおいて、アナリストはチームの屋台骨ともいえる欠かせない存在。その業務は多岐にわたり、試合の映像を管理、分析してコーチやプレイヤーに共有するほか、メディカル、コンディション面でのサポートにもあたる。

強豪16チームによる熾烈なタイトル争いが展開されるトップリーグに籍を置きながら、これまでサンゴリアスが獲得したタイトルの数は12にも及ぶ。躍進を続ける同チームが、昨年より新たに導入したのが、DJI社の空撮ドローン「インスパイア・ワン(Inspire1)」とiPadミニを活用した映像分析だ。

「我々がドローンを導入するきっかけとなったのは、昨年開催されたW杯イングランド大会でした。日本代表チームのアナリストである中島正太さんが練習にドローンを導入し、空撮映像を選手やコーチと共有していたのです。日本代表に選出されたサンゴリアスの選手も、ドローンを使った練習には効果を感じていたようで、うちのチームでも昨年の8月に導入することを決めました」

ドローンを事業で運用するとなると、一定水準の操縦技術と知識が必須となる。チーム練習に導入できるレベルまで操縦に慣れるには、どれくらいの期間がかかったのだろうか。

「私がラッキーだったのは、ドローンを導入して初めて操縦する場所が、当時合宿で訪れていた北海道・網走だったことです。周囲に人や障害物がない環境で、基本操作をとことん練習できたので、3、4回目のフライトで、ある程度の勘をつかむことができました。とはいえ、何事も油断は大敵です。ドローンを飛ばす際には周囲にネットを張り、機体に高度制限をかけて細心の注意を払いました」

常に最適なアングルで

ドローン導入以前も、チーム練習の様子をハンディカメラで撮影し、スタッフや選手に共有していたという須藤氏。空撮によって、その映像の精度は格段に上がったようだ。

「空から撮影することでプレイヤーの動きを立体的にとらえられる、というのがドローンのメリットだと思います。ラグビーでは主に、プレイヤーが密集するブレイクダウンなどの局面と、パスを回しながら敵陣へ攻める局面があります。前者はハンディカメラでも問題なく撮影できますが、後者の場合はワイドビューで全体をとらえる必要があるため、地上からハンディカメラで撮影するだけではプレイヤー同士の距離感がつかみづらいことがあったのです」

ラグビー日本代表のトレーニングでは、プレイヤーが倒されてから起き上がるまでの「リロード」の時間も空撮映像で計測していたという。画角の広いドローンを使うことで、撮りこぼしのリスクも激減したようだ。

「ハンディカメラを使っていた頃は屋上からグランドを撮影することも多かったのですが、プレイヤーが死角に移動すると映像に残すことができない点がネックでした。しかし、ドローンはプレイヤーの動きに合わせて自在に空中を移動できるので、常に最適なアングルで映像を押さえることができます。また、細かい点ですが、フライト中にiPadミニで映像の明るさなどを確認し、プロポで調整できるのも非常に助かっています。これまで使っていたハンディカメラでは、録画を開始すると明るさの変更ができなかったのですが、インスパイア・ワンにして撮り損ねてしまうことが減りました」

気の利いた視聴環境

練習のたびに動画を撮影するとなると、そのデータは膨大な量となる。普段、パソコンを使う習慣がない選手やコーチに映像を共有するうえでは、「視聴環境の整備」も重要なミッションだ。

「インスパイア・ワンで撮影した動画は、練習のメニューごとに分類したのち、チームのサーバにアップします。ネットワーク内にあるマシンからはいつでも視聴できるため、空き時間に会社のパソコンでアクセスしている選手も多いようです。今では同じ動画をユーチューブにもアップしてチームメンバーだけに公開しているので、選手やコーチはスマホから視聴することも可能です。インスパイア・ワンで撮影した練習の動画を特に重宝しているのは、バックスの選手ですね。ミーティングでは、動画をチェックしながら各々の動きを確認しています」

ドローンを活用することで、練習時に撮影できる映像の精度が飛躍的に上がったという須藤氏。しかし意外にも、練習時の映像を数値としてデータ化することはないという。

「たしかに試合の際にチーム全体のプレイを分析し、数値化するのも私たちアナリストの重要な仕事の1つです。しかし、練習時の映像を数値的に分析することはありません。というのも、ラグビー界はすでに映像から数値を割り出す“データ分析”のフェーズから一歩進んでいて、その数値データを参考にしつつ練習時の映像などをチェックする作業が主流になっているのです。つまり、映像→データ→映像というスタンスをとっているわけです。たとえば、試合の映像を分析してタックルの回数が多いことがわかれば、そこから仮説を立てて練習の映像などを見ていくことが多いですね」

映像を分析して数値化するフェーズから、さらにその数値を基に選手やコーチ各々が練習の映像を見返すフェーズへと移行しつつあるラグビー界。サーバやユーチューブからいつでも映像を視聴できる、という環境がチームメンバーの貪欲な姿勢にもつながっているようだ。

効率化のためのIT活用

さらに須藤氏は、ITを活用することでチームスタッフの作業を効率化する働きかけもしている。

「以前に勤めていた“データスタジアム”という企業では、スポーツチームにデータの有効な活用方法をアドバイスする業務を行っていました。そのためサンゴリアスに移ってからも、ほかのスタッフの業務をITの側面からサポートすることは多いです。たとえば、数年前までうちのチームでは、選手のメディカルチェックをすべて紙のアンケートで行っていたんです。しかし、データをとりまとめるだけで膨大な時間がかかってしまい、途中で断念してしまったそうです。そこで今では、選手が朝起床したらスマホからグーグル・フォームにアクセスして自分のコンディションを入力できるようにシステムを構築し、作業を効率化しています」

ただでさえ激務といわれるアナリストの業務をこなしながら、ITを活用してチーム全体を見渡したサポートをこなす須藤氏。彼をそこまで突き動かすものは、いったい何なのだろうか。

「メディカル面でのサポートひとつとっても、“もっと効率化できないだろうか?”と感じたことは、WEBで検索すれば何かしらの改善策が見つかるものです。私がITを使ってチームメンバーの作業を効率化することができれば、その人は今まで使っていた時間をほかの作業に当てられるようになります。ささいなことですが、そうしたことの積み重ねがチーム全体のレベルアップにつながっていくと思うのです」

筋骨隆々の男たちが激しくぶつかり合うスポーツ、ラグビー。その第一線をひた走る強豪チームを支えているのは、貪欲にITを駆使する、1人のアナリストだった。今後もサントリーサンゴリアスは、日本のデータラグビーにおける新境地を切り開いていくことだろう。

サントリーホールディングス株式会社・サントリーサンゴリアスのアナリストである須藤惇氏。チームの映像分析のほかにも、スタッフの作業効率化のためにITをフルに活用している。

ハンディカメラでは撮影しきれなかった選手の動きも、ドローンを利用すれば上空からプレイヤーに合わせて撮影できる。ドローンを利用した映像解析は、広大なフィールドを選手たちが駆け回るラグビーにとって、まさに最適解といえるだろう。(画像提供:DJI JAPAN)

サンゴリアスが利用しているドローンはDJI社の「インスパイア・ワン(Inspire1)」。4K動画はもちろんのこと、1200万画素の静止画も撮影可能だ。【URL】http://www.dji.com/jp/product/inspire-1 (画像提供:DJI JAPAN)

【News Eye】

映像データの分析には、データスタジアム社の「データスクラム」という専用のソリューションを使っているという。須藤氏は「エリア、プレイヤーなどの項目別に、特定のアクションが発生したタイミングで動画を止めながらカウントできるのが便利」と、その優勢性を語ってくれた。