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クリエイティブを支える企業だからこそ大事にするのは創造力

アドビキーパーソンに聞く、クリエイションの新しい形

アドビキーパーソンに聞く、クリエイションの新しい形

仲尾毅

アドビ システムズにて、クリエイティブクラウドエバンジェリストとして各地で製品に関する技術的指南や講演会を行っている。毎週木曜夜8時より「Creative Cloud道場ONAIR」を放送中。

アドビCCを使えば、ファイルという概念すらなくクリエイティブのワークフローをスムースにこなせます。

アドビ大転換の背景

MF●まず、「エバンジェリスト」とはどういったお仕事なのかお聞かせください。

仲尾●クリエイティブクラウドを広め伝えていく仕事です。この役職ができた理由に、2012年のラインアップの大転換がありました。

MF●どのような転換でしょう?

仲尾●これまでアドビは、1~2年おきにソフトウェアをアップデートするビジネスモデルでしたが、これを月額制の購読型サービスへと徐々に転換してきました。現在では、購読型サービスに一本化しています。しかも購読しているユーザは、常に最新版のソフトを使えるようにしたのです。

MF●なぜ変化に踏み切ったのでしょうか。

仲尾●時代の変化のスピードに対応するユーザをサポートするためです。たとえばユーザが使うデバイス。スマートフォンやタブレットに加えて、スマートウォッチが登場し、画面サイズや性能は次々に変化しています。また、対応すべきビデオフォーマットも、デバイスに合わせて変化していきます。1~2年ごとのバージョンアップでは、こうした変化にユーザが対応できない。それがもっとも大きな理由ですね。

MF●アドビ自身の変化はありましたか?

仲尾●まったく異なる企業へと変化しなければなりませんでした。製品をリリースするタイミングが変わったことで、開発やマーケティングはもちろんのこと、ファイナンス、サポートに至るまで、すべてがより迅速に動ける体制作りが必要だったのです。それまではセットで30万円したソフトウェアを、月額5000円以下で提供するわけです。特にキャッシュフローへの影響も大きかったです。

MF●最新機能も次々にアップデートされていきますね。

仲尾●出来上がった機能をすぐに提供できなければ、クラウド化した意味合いが半減してしまいます。そのための体制作りを行いました。たとえば、プレミアプロやアフターエフェクツには、人の顔を認識し、動画の中でその人にマスクをかけ続けたり、人の表情を変化させる機能があります。この機能は、研究論文を著した研究者を雇って、2年というスピードでの実装を実現し、iOS版のフォトショップ・フィックスでも使えるようにしました。また、アジャイル開発も行っています。

アドビ・マックス2015でも声高に語られたクリエイティブクラウドの有用性。クリエイターの作業工程をより洗練させただけでなく、アドビという企業自体にとっても大きな変化となった。

モバイルというフロンティア

MF●アップストアで「アドビ」を検索すると、非常にたくさんのソフトやアプリケーションがリリースされています。

仲尾●モバイルアプリは、あらゆる機能を統合してきた従来のソフトウェアと異なる作り方で、単一の機能にフォーカスしているのが特徴です。たとえばフォトショップだけでも、フィックス、ミックス、スケッチと、主要機能を分割してアプリをリリースしています。

MF●やはり、iPadプロとアップルペンシルのようなデバイスを意識しているのでしょうか?

仲尾●将来的には、そうしたデバイスがより活躍するような世界もあると思います。加えて、スマートフォンへの意識ですね。クリエイターにもスマホは普及していますが、自身のワークフローに取り入れているという話はあまり聞きません。もしスマホが作品制作の役に立ったらどうか、そこには新たな可能性があると考えています。

MF●どんな場面でスマホが活きるのでしょうか?

仲尾●プロに話を聞くと、アイデアをまとめるのは、デスクではなく打ち合わせの最中や帰りの電車の中、自宅でふと思いついて、という場面も少なくないそうです。そうしたとき、イメージを手元でまとめられれば、精度の高いアイデアを残すことができるでしょう。モバイルの活用で、クリエイティビティを「こぼさず」制作できると考えています。

MF●モバイルアプリは競合も多いと思います。

仲尾●確かに、我々もそこから学ぶことは非常に多いです。ただ、WEBや映像、印刷物など、最終的なアウトプットへ昇華させる場合、やはりアドビのソフトで仕上げることになるはずです。競合アプリとは敵対するというより、SDKの活用やデータの共有などで連係を進めていったり、画像編集アプリのAviaryのように、モバイルアプリの企業そのものを買収していくことになるでしょう。

MF●モバイル時代のアドビの強みは何でしょうか?

仲尾●やはり、クリエイティブクラウドに含まれるアドビ・クリエイティブシンク(Adobe Creative

Sync)技術の存在ではないでしょうか。モバイルデバイスでアドビのアプリを使ってまとめたアイデアは、自動的にクラウドに保存され、自分やチームのデスクトップ用ソフトですぐに次の作業に移ることができます。多くのデバイスや人々でクリエイティブ作業を行うことが当たり前となった現在、ファイルという概念すらなくスムースにワークフローをこなせる点が強みといえるでしょう。

MF●アドビのソフトを使う手段が増えた中で、Macユーザはどのような位置づけですか?

仲尾●アドビは、創業当時プリンタ向けの言語であるポストスクリプトを売るための会社でした。これを見出してくれたのがアップルです。最初のソフトであるイラストレータも、25周年を迎えたフォトショップも、Mac版からリリースされました。こうした背景もあり、市場シェアに対してクリエイターのMac率は段違いに高く、Macは「クリエイティブの源泉」のような存在です。タッチデバイスへの関心の高まりもありますが、最終的なアウトプットのためのマシンとして、Macの役割はなくならないでしょう。

MF●最後に、これからクリエイティブクラウドを始めようという人に、その方法を教えてください。

仲尾●「これまでにアドビ製品に触れたことがある」という人は、体験版をインストールしてみてください。ハードウェアとOSの64ビット化やOS Xのさまざまな高速化をサポートしており、少し古いマシンでも軽々と動作する様子を体験してもらえると思います。アドビ初体験という人は、iOS用アプリから使い始めてみてほしいですね。写真の管理と加工ができるライトルームは、撮影する際に仕上がりを確認しながらシャッターを切れます。撮った写真をSNSにシェアする前に、フォトショップ・フィックスでシミを取ったり、笑顔をより強調してみてもいいでしょう。カンプ(Comp)では、コラージュという誰もが試したい作業から本格的なレイアウトのアイデアまでこなせます。もちろんこれらの作業はクリエイティブクラウドがあれば、Macに簡単に引き継ぐことができますよ。

iPadプロとアップルペンシルの組み合わせのような進化したタッチデバイスは、今後クリエイティブの世界で大いに活躍する可能性がある。それを考慮に入れたサービスの発展が必須、と仲尾氏は語る。

iPadで行った作業も、データの保存先をクリエイティブクラウドの「ライブラリ」に指定するだけで、Mac上のソフトにシームレスに引き継げる。もはやファイルという概念すらない。クリエイターのワークフローに、モバイルの活用という新たな可能性を提案する。