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黒人の入店拒否は「差別」か、はたまた「判断」か

アップル直営店の事例に見る「ダイバーシティ」が持つ闇

著者: 氷川りそな

アップル直営店の事例に見る「ダイバーシティ」が持つ闇

発端は異例の不祥事

去る11月初頭、少し毛色の変わった事件が複数のメディアで取り上げられた。それはオーストラリアのメルボルンにあるアップルストア・ハイポイントでスタッフが、近くの学校に通う黒人の学生たちに対し入店を断ったというものだ。

スタッフの言い分としては「彼らが何かを盗むのではないか、と不安になった」とのことだが、居合わせた別の顧客が対応の一部始終を撮影し「アップルストアに勤める男性たちは、ソマリ族とスーダン人の学生たちの入店を拒否した。彼らを人種差別したのだ」というコメントとともにネットに投稿。そしてそれは拡散し、やがて炎上した。

事態を察知したアップルの上層部は、学生のもとに出向いてこれを謝罪。さらに、社内にはCEOであるティム・クック氏自らが「Apple is open」と題したメールを全社員宛に送り、この事態を共有した。メールには謝罪に至るまでの経緯だけでなく、アップルは差別のないオープンな環境を目指すために、改めて全社をあげて教育に取り組むことなどが述べられていた。

たしかに、世界有数の大企業となったアップルにとって社会的不祥事は会社の存在問題にすらなりかねない。しかし、だからといって、CEOがわざわざ社員全員に対して「アップルは人種や宗教、性別ないし性的指向、年齢、障害、収入、言語や考え方といった違いを包括的に受け入れて、オープンに歩んでいくことが製品や店舗をより強くしていくのだ」というメッセージを発するのは、他の企業ではなかなかないことだろう。これは、クック氏自身がLGBT(性的マイノリティ)であり、差別や迫害がどれだけ辛いものなのかを身をもって知っている証でもある。

また、このメッセージの末文では「我々の顧客を尊重することは、アップルのすべての行動基盤であり、それが製品を設計するうえでもっとも注意を置くことの1つでもある」とも伝えている。地域社会の利益のために貢献することが、結果として自分たち自身の生活を豊かにするコミットにもなるとも書かれていた。

多様性(ダイバーシティ)は、世界的企業となったアップルにとっては、もはや切っても切れないものになり、違いを受け入れたうえで、人と人とのつながりを求める。そんな洗練された「大人の会社」として振る舞うことが全社員に求められるのは、時代の必然でもありティム・クック時代のアップルを象徴するようなアクションといえるだろう。

悪いのは誰なのか

差別は許されるものではない。しかし、今回の事件はその一言で片づけてしまっていいのだろうか。別のストアでの事件を見てみよう。たとえば、11月中旬にニューヨークの旗艦店であるアップルストア・フィフスアベニューでは、日本刀を持った男が乱入、警官と警備人に取り押さえられるという騒動が起きた。ほかにも、各地のアップルストアでは品薄の続く人気アクセサリ「アップル・ペンシル(Apple Pencil)」の店頭デモ製品の盗難が多発。カナダのストアでは「ほぼ残っていない」という事態になっているという。

さらに、12月に入ってからは国内でもアップルストア・銀座で行われるイベントに対し、爆破予告が届くという事件が発生している。幸い事故にはならなかったものの、この影響を受け店舗が一時閉店するという過去に類を見ない緊急事態が発生している。そして、残念なことにこういったレベルのトラブルが、世界中のアップルストアで起きているのが現状だという。

クック氏の発言は、確かに正論である。それは努力をもって取り組み、その障壁を崩していく必要があるだろう。しかし、その前提はあくまで「自分自身の安全が保障されたうえで」ではないだろうか。盗難はともかくとして(それですら生命の危機を伴わないとは断言できないが)、暴行やテロリズムの脅威にまで曝されるような社会情勢で、果たして現場ではトップが掲げる理念を尊守し、常に相手を信じて振る舞い続けることができるのだろうか。

日本でも「お客様は神様」という誤用がまかりとおり、あまつさえ顧客がこれを平然と口にするという嘆かわしい話を頻繁に耳にするようになった。だが、忘れてはならないのは、本来ビジネスというものはどちらが上、というわけではなく、買い手も売り手も「対等」であるのが基本だ。これが基盤となるからこそ、相手に信頼を置いて取引やコミュニケーションが成り立つ。

筆者には、今回の一件が、多様性という新たに開かれた社会への光がもたらした「闇」である気がしてならない。そして、これは対岸の火事ではなく、いずれは我が身にも降りかかるかもしれない、まさに「今そこにある危機」なのだ。

残念ながら我々が住むこの世界は、まだ平和でも平等でもない。しかし、だからこそ自分の身を振り返り、日頃からどんな相手にも「敬意や尊敬を払って振舞っているか」を改めて考えてみる良い機会だともいえるのではないだろうか。

英語版のアップル公式WEBサイトでは「Inclusion & Diversity」のページを設けており、同社がいかに多様性を重要視しているのかを垣間見ることができる。

【URL】http://www.apple.com/diversity/

【News Eye】

本文でも言及した「お客様は神様」という言葉だが、そもそもこの発言は故・三波春夫氏のもので、ここでいう「お客様」とはオーディエンス(聴衆)のことを指し、芸事の心構えを説いたものだ。この誤用の広まりには、本家も苦言を呈している(【URL】http://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html)。