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OS X El Capitanから“ダイナミックレンジ拡大”を標準サポート

Retinaの次に来るのは高画質ディスプレイ技術「HDR」

著者: 今井隆

Retinaの次に来るのは高画質ディスプレイ技術「HDR」

HDRとHDRI

「HDR」と聞くと、iPhone 4(iOS4.1)から採用されたHDR合成(HDRI=High Dynamic Range Imaging)を思い浮かべる人も多いだろう。HDR合成とは、風景に含まれる広いコントラスト比(ダイナミックレンジ)を露出を変えて撮影した複数の画像を合成することで大幅に圧縮し、全体を通じて白飛びや黒つぶれのない画像を作り出す技術で、正確には「HDRI」と呼ぶ。一方でここで取り上げるHDRは、従来より広いダイナミックレンジで画像や動画を表示するためのディスプレイ技術全体を指す。

パソコンやテレビなどのディスプレイは当初は640×480ピクセル相当の解像度からスタートして、20世紀末には1920×1080のフルHD解像度に到達し、最近では4kや8Kといった膨大な解像度を持つに至る。また、色表現能力を高める「色域」に関しても、カラーフィルタや光源のスペクトラム構成の工夫などにより拡大が進んでいる。

その一方でコントラスト(明るさや暗さ)を表現するための輝度ダイナミックレンジは長らくほとんどの機種で8ビットで据え置かれてきたが、8ビットで表現できる階調はわずかに256段階しかない。人間の眼が認識できるのは一般的に1000階調程度とされており、これを表現するには少なくとも10ビット(1024階調)のダイナミックレンジが欲しいところで、さらに自然界のあらゆる光を表現するためにはより広いダイナミックレンジが必要だ。

輝度ダイナミックレンジを拡大することは、自然界に存在する「直射日光の眩しさ」や「夜空の暗さ」をより忠実に表示することが可能になることを意味している。これによってディスプレイはより自然に近いリアリティの表現が可能になり、より正確なイメージの表示能力を得ることができるようになる。そのためには画像や映像の入力から出力までのすべての経路のダイナミックレンジを拡大する必要があり、それらを総称してHDR(High Dynamic Range)技術と呼ぶ。

パソコンのディスプレイ性能の進化。ディスプレイの解像度は液晶ディスプレイの進化に合わせて大幅に向上したが、ダイナミックレンジ(表示可能な色数)は長い間8ビット(24ビットカラー)に据え置かれていた。

デジカメとテレビのHDR

イメージの入力デバイスであるカメラのHDR化は極めて重要だが、デジタル一眼レフカメラ(一部のコンパクトデジカメを含む)では、RAW撮影が可能なモデルが多い。これらのモデルではイメージセンサのアナログ出力を12~14ビットのデジタルデータに変換し、これをRAWデータでそのまま保存することでHDR画像を記録できる。一般的なJPEG撮影ではそこから8ビットにスケールダウンした情報が記録されるが、これはJPEGフォーマットでは8ビットを超えるHDR画像を扱えないためだ。

ビデオの世界では、主にプロ向けの機材でHDR動画をRAW記録できるカメラが存在する。特に最近は映画などの制作の撮影現場でもフィルムカメラに代わってデジタルビデオカメラが使用されており、現実世界の広いダイナミックレンジをそのまま素材として記録するために、12~16ビットのHDR動画をRAW記録できることが求められている。

代表的な再生デバイスである家庭用テレビもHDR対応に向けて動き出している。というのも、次世代ブルーレイである「ウルトラHDブルーレイ(Ultra HD Blu-ray)」がHDRに対応するためだ。ウルトラHDブルーレイでは4K解像度に対応すると同時に、「HDR10」では10ビットの輝度レンジや「BT・2020」相当の色域をカバーすることで、高解像度と高ダイナミックレンジおよび広色域による真のリアル映像を訴求するフォーマットとしている。信号の伝送路はHDMI 1.3aから10ビット(最大16ビット)信号の伝達に対応しており、最新のHDMI 2.0では4K/60Pもサポートしたことで4K/HDR対応の準備が整っている。

HDRに対応したテレビも登場し始めている。現在はまだ一部の4K対応テレビに採用が始まったばかりだが、2016年には上位モデルを中心に普及が進み、長期的にはすべてのテレビがHDR対応になることが期待される。一方で公共インフラであるデジタルテレビ放送のHDR対応への動きも始まっている。現在NHKは英BBCと連携し、現行のデジタルテレビ放送(8ビット)と互換性のある「ハイブリッド・ログ・ガンマ(Hybrid Log Gamma)」システムによるHDR技術を検証しており、将来4Kテレビ放送が本格化する時点では同技術をベースとしたHDR技術が標準化される見通しだ。

デジタル一眼レフカメラのほとんどがRAW撮影モードを備えており、JPEG撮影と比べて大幅に広いダイナミックレンジの画像を記録できる。キヤノンの「EOS 5D Mark III」はセンサ出力を14ビットで信号処理し、広大なダイナミックレンジをそのまま記録できる。

ソニーのCineAltaカメラ「F65」は8K大判CMOSイメージセンサを搭載する業務用4Kビデオカメラ。実際の映画制作にも使用され、各色16ビットのRAW記録により撮影シーンの広大なダイナミックレンジを余すことなく記録することを目標に設計されている。

ウルトラHDブルーレイに対応する世界初のBDレコーダ、パナソニック「DMR-UBZ1」。HDMI 2.0出力での10ビット出力をサポートする。ディスク自体は「BDXL」の技術をベースとした25~100GBのディスクを用いる。

ウルトラHDブルーレイは従来のブルーレイに対して、2倍の解像度に対応する「4K」、輝度ダイナミックレンジを4倍に拡大する「HDR」、より広範囲の色表現を可能とする「BT.2020」規格への対応など、複数の高画質化技術により高いリアリティの再現を目指す。

MacのHDR対応は?

Mac自身は1990年に登場した「32bit QuickDraw」と「Apple Display Card 8・24GC」によって、他のPC環境に先立ってRGB各8ビット(24ビット)のフルカラー表示に対応した。Mac用の製品として初めてHDR表示に対応したのは、1996年登場した米Radius社のPCIビデオカード「Thunder Power 30/1920」で、RGB各色10ビット(30ビット)のDACを搭載、1920×1080ピクセルのフルHD表示にも対応していたが、これはまだディスプレイがブラウン管(アナログRGB接続)だった時代の話だ。

Macが本格的にHDR対応したのは、2013年に登場したMac プロおよび翌年のiMac 5Kからだ。ただし、OSレベルでの対応はOS X 10.11 エルキャピタンからとなり、ヨセミテ以前ではHDR対応していない。現行モデルであるiMac 4Kおよび5Kモデルでは、システムレポートのグラフィック/ディスプレイ項目に「ピクセル深度=30ビットカラー(ARGB2101010)」と表示されるが、これはRGB各色に10ビットを割り当てており、HDRに対応する表示性能を有していることを示している。

2013年モデル以降のMacプロに30ビット対応のディスプレイをディスプレイポート接続した場合も同じくHDR対応の表示能力が得られる。一方「ピクセル深度=32ビットカラー(ARGB8888)」と表示される場合はRGB各色への割り当ては8ビット(24ビットカラー)であり、HDRに非対応であることを示す。マイクロソフトも同様に、2009年にリリースされたウィンドウズ7からHDR技術に対応しており、ディスプレイに対しては30ビット表示をサポートし、対応GPU(CPU内蔵を含む)やディスプレイとの組み合わせでHDR表示が可能だ。

現状ではHDRに対応したソフトウェアは限られており、エルキャピタンの標準ソフトでは「プレビュー」と「写真」のみが対応済みだ。サードパーティ製ではアドビシステムズがフォトショップ製品での10ビットカラーのサポートを追加する予定となっており、今後デザイン関係やビデオ編集ソフトでの対応が期待される。

iMac 4Kおよび5Kモデルでは、OS Xエルキャピタンとの組み合わせでHDR表示を実現している。バックライト光源LEDの改良による広色域化や、紫外線光配向や補償フィルムなどによるコントラスト向上により、ディスプレイパネル自体もHDR対応を支えている。

iMac 5Kの「システムレポート」から「グラフィックス/ディスプレイ」項目を選ぶと「ピクセル深度」項目が「30ビットカラー(ARGB2101010)」と表示されており、ディスプレイが各色10ビット表示に対応していることが確かめられる。

パネルの対応も必要不可欠

これまでパソコンやテレビなどのディスプレイは、主に解像度を向上させることに注力してきた。レティナ(Retina)ディスプレイはその代表的な存在だ。だが解像度はあくまでもディスプレイの性能指標の1つでしかない。今後のディスプレイは色域や輝度ダイナミックレンジの拡大によって、よりリアルな表現力を求められるようになる。

しかし輝度ダイナミックレンジや色域を拡大するには、単に多くの階調を入力できれば済むわけではなく、ディスプレイパネルにはその広大なダイナミックレンジや拡大された色域を正確に表示する能力が求められる。特に液晶パネルでは輝度ダイナミックレンジを拡大するにはバックライトの明るさを大幅に上げる必要があるが、それは同時に消費電力や黒浮き(光漏れ)の増加の原因となる。その点で画素そのものが発光するOLED(有機EL)パネルは、原理上黒浮きが発生せずエネルギーの利用効率にも優れる。パネルメーカー各社は輝度ダイナミックレンジ拡大のための技術開発を競い合っているが、パソコンやテレビの真の意味でのHDR化はまだ始まったばかりだといえるだろう。

EIZOのカラーマネジメント対応ディスプレイ「ColorEdge CG318-4K」。ノングレアタイプの31.1インチIPS液晶パネルを採用し、表示解像度は4096×2160ピクセル。HDMIおよびディスプレイポート入力において10ビット(1024階調)の表示に対応する。

OLED(有機EL)パネルを採用するアップル・ウォッチ。OLEDは液晶パネルと異なりバックライトを用いないため漆黒の表現が可能で、かつエネルギー効率も高い。大型化と寿命が課題だったが、最近は60インチを超えるサイズも登場しており日本のテレビメーカーも注目している。

【News Eye】

ITU-R勧告BT.2020では次世代HDTVの仕様を規定しており、10または12ビットの階調、最大120Hzのフレーム周波数、そして現行放送のBT.709より約35%広い色域(自然界に存在する99.9%の色域)を表現できることを求めている。

【News Eye】

パナソニックのデジタルテレビ「VIERA CX800」シリーズは、広色域4K解像度の高輝度IPS液晶パネルとバックライトのエリア駆動を組み合わせて、従来の1.6倍の色表現能力と高いコントラスト表示を実現する。HDMIからの10ビット入力にも対応している。