生存競争の幕開け
「四半期決算」と聞けば、まずはアップルの話かと想像するくらい同社の業績は今や世界中の株式マーケットでも注目の的だ。3カ月ごとに「過去最高の業績」を謳い、右肩上がりの成長を続けるアップルを見ていると、業界全体が好景気であるような錯覚に陥りがちだ。しかし、現実の業界はそうも言っていられない。そこには厳しい現実があるのをご存じだろうか。
今年の8月にはレノボ(Lenovo)やHTCといった大手ハードウェアメーカーが2000人を超えるレイオフを実施。9月にはサムスン(Samsung)による1万人規模での人員削減が報じられるなど、経済ニュースを見てみると決して全体が順調ではないことがよくわかる。
この背景には、低価格スマートフォン分野で台頭し始めたシャオミ(Xiaomi = 小米科技)にシェアを奪われ、急速にその売り上げを落としていることが挙げられる。現在、世界でもっとも大きなスマートフォンマーケットとなった中国では、同社とファーウェイ(HUAWAI = 華為技術)の2社が上位に君臨している。その対極にあるハイエンド系スマートフォンはiPhoneが圧倒的なシェアを占めており、サムスンの「ギャラクシー(Galaxy)」やレノボのモバイルブランドであるモトローラ(Motorola)製品は苦境に立たされている。まさに「主役交代」が始まろうとしてしているのだ。
生き残りが厳しいのはハードウェア・コンシューマ事業の大半を持つアジア圏だけの話ではない。北米に目を向ければ、ヒューレットパッカード(hp)はエンタープライズとコンシューマでそれぞれ事業部門を分社化することを6月に発表。これに伴って今後、3万人規模の人員整理を行う計画だ。マイクロソフトも昨年から2万人規模のレイオフを行っているが、今年に入ってからも継続的に1000人規模のレイオフを行っており、この2年間で見ると延べ人数はこちらも3万人近くとなる。
この2社に共通するのが「エンタープライズ部門におけるクラウド事業強化」だ。グーグルやIBM、アップルといった大手企業が次々に参入をし、事業開拓を続けるエンタープライズ分野は「ビジネスジャンルにおける最後の金脈」とも言われている。これを制するべく、各社総力を挙げてシェアトップを奪うために画策をしており、人員を整理してでもコストを投入していきたい目論見が透けて見えている。
さらに、10月にはデル(DELL)がEMCを買収するという衝撃的なニュースが飛び込んできた。時価総額ベースでデルの2倍以上の規模を持つ企業を買い取り、ついに「世界最大の民間統合IT企業(EMCの発行した声明文より)」になろうとしたのは、EMCが仮想/コンテナ化技術のトップである「ヴイエムウェア(VMware)」を傘下に持つからにほかならない。同社はこの技術を手中に取り込むことで、クラウドコンピューティング分野において強いイニシアティブを持つことになる。各社臨戦態勢を整えつつあるエンタープライズ分野は、2016年以降本格的な戦国時代に突入するとみて間違いないだろう。
見直されるビジネスモデル
こういった大企業のレイオフによる戦略転換はさほど珍しいことではない。しかし、エバーノート(Evernote)やツイッター(Twitter)といった中堅企業にもその流行は広がりつつあることも忘れてはならない。どちらもCEO(最高経営責任者)が代わったばかりだが、選択と集中の名の下に人員が整理されることは、控えめに見ても業績が「絶好調」ではないことは確かなはずだ。
どちらの事業にも共通するのが「フリーミアム」というキーワードだ。基本的な機能を利用するのであれば無料で、より便利な(もしくはビジネス向けの)機能を利用したい場合には有料課金することでサービス提供を行うビジネスモデルを指すこの言葉だが、その実態は黒字化が難しいほど、どの企業もマネタイズ(収益化)に苦しんでいる。
かつては数千、数万したソフトウェアやサービスをクラウドに移行することで、無料で(もしくは安価に)提供することを強みとし、知名度やユーザ数は爆発的に増えていった。しかし、その結果として「タダ(もしくは極めて安価)なのが当たり前」という単なるデフレに成り下がってしまったのが現状だ。
そもそもこのビジネスモデル自体の脆弱性は、以前から指摘されていたものだ。「成功事例」と呼べるモデルが未だに登場していないのも事実で、今回この大手2社のレイオフ話は残念なものの、ある程度予測はできたものである。アップルやグーグルのようにクラウド事業以外で大きな収益の柱がない企業がこのままフリーミアムを続けていくことは難しいのが現状であり、業界内でも「ビジネスモデルの転換を」との声は後を絶たない。
ソフトウェア・サービスの分野も今後数年で企業体力を問われるのは間違いなく、大企業同様にレイオフや買収といったニュースが出てくるのは間違いないだろう。いま、我々が使っている製品やサービスが数年後にまったく異なるブランドに変わっているという未来は、決して夢物語ではないのだ。
【News Eye】
EMCはVMウェア以外にも世界最大のストレージメーカとしても有名で、アップルも同社のNAS製品ブランドである「アイシロン(Isilon)」を大量導入する企業の1つだ。この分野も10月にウエスタンデジタル(Western Digital)によりサンディスク(SanDIsk)が買収されるなど、業界再編の激震が続いている。