3Dタッチは良いUI?
9月に発売されたiPhone 6sシリーズには、「3Dタッチ」という機能が搭載されています?。これまでの「押す」動作(タップ)に加えて「押し込む」動作(プレス)が感知できるようになり、奥行きのあるジェスチャが加わりました。開発者としてこのジェスチャを活かしたアプリを展開できるという期待を抱く半面、筆者は若干違和感を感じています。
それは、とても便利な機能であると同時に「押し込んでみないと何が起こるかわからない」というジェスチャ特有の問題によるものです。現在はまだ3Dタッチ搭載のiPhone 6sシリーズが発売したばかりなため、普及している対応端末数も少なく、それに伴い3Dタッチ対応アプリの数も少ないのが現状です。
たとえばホーム画面でアプリアイコンを強く押すとメニューが出てくる「クイックアクション」という機能があります?。しかし、この機能に対応しているアプリなのかどうかは、アプリアイコンをプレスしなければわからないという欠点があります。アップルの純正アプリですら、中には3Dタッチ非対応のアプリがあるので、今はアプリアイコンをプレスしてみないことには、対応しているかどうかは見分けられないでしょう?。
順次対応アプリが増えていくとしても、もしアプリのアップデートを自動に設定しているとしたら、あるときから対応したのにもかかわらず気づかずにそのまま3Dタッチ機能が使われないこともあるでしょう。そうなると、せっかくの便利な機能も使われないという残念な結果になってしまいます。
心理学に「シグニファイア」という概念があります。さまざまな分野で使われる単語なのですが、UIデザインの分野においては「その見た目から、そのものの取り扱い方を想像できるような知覚的手がかりのこと」という定義がされています。たとえば、椅子を見れば誰もが「座るものだ」と理解できるでしょうし、ドアノブがあれば「これは回すもの」だとわかりますね。過去の経験をもとに、椅子がどのような機能を持っているかを予想できるからです。ただ、ドアノブだけを見ても、「このドアは押すのか引くのか」ということはわかりにくいですね。これが、シグニファイアを見た目から読み取れない状態です。残念ながら今回の3Dタッチはこのような現象を引き起こしてしまっているように感じます。
付加機能として便利
現状、3Dタッチは最新端末であるiPhone 6s/6sプラスでしか使うことができません。そのため、圧倒的多数のiPhoneユーザが3Dタッチ非対応の端末を持っていることになり、開発者は当然、非対応端末でも問題なく動作するようにアプリを作ります。
ということから、3Dタッチ対応端末じゃないとできない機能というものは開発者目線だと、なかなか出しづらいので、「3Dタッチ対応端末であればもっと便利に使えるよ」という付加機能としての搭載が想定されているのだと思います。
たとえば純正のメールアプリは非常にうまい付加機能が付いていると思いました。今までは単純に「リストの中からメールをタップする」→「メール本文が開く」でしたが、これが「リストの中からメールをプレスする」→「そのメールのプレビューが表示される」→「画面をさらに強くプレス」→「メール本文が開く」という仕組みになっています?。もちろん今までどおりタップすれば直接メール本文が開きますので、とても便利な「付加機能」として使えます。
そう考えると、「プレス」という動作は、新たなジェスチャが追加されたと考えるよりも、「タッチ」動作の延長線上にあるジェスチャが増えたという考え方がしっくり来るはずです。
長押しと区別がつかない
3Dタッチの問題点を考えたときに思いつくのが「長押し」との操作の競合です。たとえば、ホーム画面でアプリアイコンを長押しするとアプリの削除や並び替えができるようになっています?。そして強く押す動作によって前述のクイックアクションが表示されます。どうしても「長押し」という動作をするときに、多少押しこんでしまうんですよね。実際に、アプリアイコンを長押ししようとしたのに、クイックアクションが起動してしまうことがしばしばありました。
また、筆者はiPhone 6sを手に入れてから、手当たり次第さまざまなアプリで3Dタッチ機能を試してみました。標準のカメラアプリでシャッターボタンを押し込むと何か起こるかな?と思い実行してみたところ、長押しのアクションである連射が始まってしまいました。
これはもちろん仕様どおりの動作なのですが、シャッターボタンを押し込んだ動作を長押しと認識しているわけです。そのため、今後長押しというジェスチャは減らしていく、もしくは強く押した場合はほかのアクションを用意しておくという対応が必要になってくるかもしれません。
3Dタッチを活かすには
WEB用語に、古いブラウザ環境を基準に、新しいブラウザ環境ではよりリッチな機能を提供するという「プログレッシブエンハンスメント」、逆に新しい環境を基準にして古い環境でも最低限の機能を担保するという「グレイスフルデグラデーション」というコンセプトがあります。3Dタッチ対応のiPhoneのシェアが増えていくともに、プログレッシブエンハンスメントからグレイスフルデグラデーションに移行していくものと考えられます。
今は過渡期ですので、なかなか3Dタッチ「ならでは」の機能を付けるのは難しいかもしれませんが、今後発売されるiPhoneにはすべて3Dタッチが搭載されるであろうとすると、これからは3Dタッチを前提としたUIデザインを考えなくてはいけないことは間違いありません。
また、こういった新機能をアプリに搭載したこと対するサポート、新しい使い方のナビゲートも、私たちアプリ開発者に求められていることです。端末に新しい機能が搭載されたり、OSがアップデートされるたびに悩みは増えるのですが、それよりも「この機能をどのように活かせるだろうか」というワクワクのほうが上回るのです。
【COLUMN】見た目ではわからない
3Dタッチのように、日々の生活の中でも、見た目から区別がつかないものに出会ったことはありませんか? 筆者は料理が好きなので毎週末料理を作っているのですが、先日まるでマンガのようなミスをしてしまいました。恥ずかしながら塩と砂糖を入れ間違えたのです。出来上がったものの味は推して知るべし。同じ容器を使っていたのが原因ですが、よく見れば粒度が違いますし、左右も置く順番を決めていたので自分の中では「まさか」でした。このように「やってみてミスに気づく」という現象、想像どおりのアクションが起こらないのは、UX的によいものではありませんね。
【定番アプリ】
クイックアクションに対応したサードパーティアプリが続々登場しています。フェイスブックやツイッター、エバーノートといった定番アプリは、さっそく対応を完了しています。
【設定】
長押しとの混同を避けるためには、3Dタッチの感度を強くするといいでしょう。「設定」から[アクセシビリティ]→[3D Touch]→[3D TOUCHの感度]で3Dタッチ感度を強く、あるいは弱く設定することができます。
文●宇野雄
ヤフー株式会社にてUI/UX設計、デザイン、コーディングなどを担当。まったく新しいモノづくりよりも、すでにあるモノを新しい視点で捉えるデザインが好き。