暮らしに寄り添うセンス社
センス社CEOのラフィ・アラジアン氏は、IoT(モノのインターネット)の先駆者的存在で、2003年からビオレ社という企業を率いて家庭用のネットワークロボット「ナバズタグ」を開発・販売していた。ナバズタグとは氏のルーツであるアルメニアの言葉でウサギを意味し、インターネットから天気予報やニュース情報を取得してLEDや音声で知らせたり、別の個体と連動して耳を動かすなど、IoT機器の時代の先駆け的製品だった。
センス社は、元ビオレ社の社員とともに2010年に起業され、ナバズタグの発展形ともいえる「マザー(Mother)」と「モーションクッキー(Motion Cookies)」という製品を作っている。先の製品との違いについて、氏は次のように語った。
「私たちは、こうした製品群のキーワードが『モノ』と『コネクション』だと思っていました。しかし、実際にそうした製品を販売するうち、実は重要なのは『人生』と『その意味』にあると気づいたのです」
この考え方の変化は、万能を目指す多機能な専用プロダクトから、シンプルで汎用性に富むプロダクト群によって結果的に万能性を得るという製品哲学の転換を促した。そして誕生したのが、センサユニットのモーションクッキーをワイヤレスハブ的なマザーが束ね、スマートデバイスのアプリによって暮らし全体を概観するという、現在のシステムだ。
「たとえば、スマートフォンはアプリによってその役割が変わります。私たちの製品も、そうあるべきだと思いました。つまり、専用のセンサを内蔵して特定の目的にしか使えないものではなく、汎用的なセンサをすでに持っているさまざまな日用品に取り付けて、それぞれに役割を与えたらどうでしょう。もしその日用品を買い換えたり不要になっても、センサを付け直すとか別のものに取り付けて新しい役割を割り振れば済むわけです」
センス社CEOのラフィ・アラジアン氏は、レバノンのベイルート生まれで、過去にはフェデリコ・フェリーニ監督のインタビュー映画のプロデュースや、フランスの草分け的インターネット企業「フランスネット」の起ち上げを手がけるなど、広い興味と先見性を持つ。
動き&温度センサが鍵
こうした考えから、センサユニットのモーションクッキーは極力薄く(4ミリ厚)、軽く(6グラム)、ボタン電池1個で半年から1年は機能し続けるように設計され、マザーとの接続が確保されない状態でも10日分のデータを保存できるメモリを備えている。マザーとのデータ通信はブルートゥースではなくISMバンド(産業、科学、医療分野で利用され、ほかの無線機器に影響を与えにくい周波数帯)ベースの独自規格を用いており、マザー自体も設定不要で使えるイーサネットの有線接続でインターネットにつなぐなど、ユニークな仕様もフランス的なこだわりだ。
パッケージ内には、ウォーターボトルや歯ブラシへ取り付ける際のアタッチメントパーツや、繰り返し使えるパテ状の粘着剤が同梱され、たいていの物や壁などに固定できるように配慮された。
無数のセンサの中からモーションクッキーに内蔵されるのは、動きと温度センサのコンビであり、この2つだけで、歩数、水分やコーヒーの摂取回数、在宅人数確認、歯磨き時間の管理、ドアの開閉回数、薬の飲み忘れ防止、室温確認、睡眠時間と状態など、いろいろな用途に対応できる。アプリも、それぞれの用途に特化したもののほか、全体を俯瞰できるセンスボードアプリがあり、サードパーティ製品との連携でも、スマートサーモスタットの「ネスト」やフィリップスのスマートライト「ヒュー」、自動化プラットフォームの「IFTTT」などがすでに対応している。
今後は、より買い求めやすいセンサユニットの開発や、Wi−Fiの普及に伴うマザーのワイヤレス化なども視野に入れながら、日本での販売も計画中である。
センス社の主力製品は、マザー1台とモーションクッキー4個からなる299ドルのセット。1台のマザーは最大24個のクッキーを認識でき、個々のクッキーは利用するアプリに応じて適切なセンシングを行えるよう、各種パラメータが自動調整される。
クッキーの応用範囲は広く、マットレスとシーツの間に挟んで睡眠状態を管理したり、薬の服用忘れの予防、家のセキュリティ、水分摂取のリマインダー、歯磨き時間のチェックなど、さまざまに利用可能だ。ボトルや歯ブラシへのアタッチメントパーツも同梱されている。
ヴォゴ社の革新的映像配信
センス社が一般消費者の家庭をターゲットとするのに対し、ヴォゴ社はスポーツスタジアムやコンサート会場への来場者を対象に、より優れたユーザ体験をもたらすことに技術とビジネスの目標を置いている。
一般に、そうしたイベント会場では、目の前で展開される試合や演奏の臨場感を味わえる反面、テレビ中継のようなピンポイントのファインプレーの様子やアーティストの表情などは、スコアボードのディスプレイやステージのプロジェクション画面で確認するしかない。しかも、そのタイミングやアングルなどは主催者側でコントロールされている。
「私たちの技術は、ライブとテレビ中継のいいとこ取りのようなものです。目前のパフォーマンスを楽しみながら、モバイルデバイスの画面上で最大8チャンネルのアングルを自由に変えたり、再生速度の異なるリプレイが行えます」と同社CEOのクリストフ・カルニエル氏は語る。「しかも、同時に視聴できる人数の制約はありません」。
このような機能を実現するには、さぞ大規模なネットワークインフラが必要かと思いきや、実際には送信用のノートコンピュータとヴォゴボックスと呼ばれる中継機があればよく、たとえば1万2千人規模のイベントでも6基のヴォゴボックスでカバーできるとのこと。その秘密は、高度なエラー訂正技術にあり、この部分の開発にもっともリソースを費やしたそうだ。
「たとえばテニスの全仏オープンでは、来場者の約1割が当社のサービスを利用しました。テニスやレスリングなどの場合、ほかのコートやマットで同時進行している試合も画面を切り替えながら観られるので、楽しみ方が広がります」
ビジネス的には、試合や演奏を中継する以外にも、たとえば次回のチケットやグッズの販売、飲食物の注文などを画面から行うことも考えられ、日本市場では、まず東京オリンピックでの採用を目指している。
クリストフ・カルニエル氏は、過去にオーディオビジュアルコンテンツ関連のソフトハウスを起業して19年間に渡り運営したり、地域の技術移転をサポートする会社の会長を現在も続けながら、2013年にヴォゴ社を設立してCEOを務めている。
ヴォゴ社はスポーツや音楽イベントなどの会場内で、試合や演奏を異なる角度から見られる、スマートデバイス向けのライブマルチキャストサービスを提供する企業。シンプルな構成のハードウェアと強力なエラー訂正技術を組み合わせ、最小限の機材で多人数に対応できる。
ヴォゴ社のマルチキャストでは、複数カメラによる多視点生中継に加えて、個々のユーザが自由にスロー再生やリプレイをコントロールしながら映像を楽しむことができる。同社の技術は、すべて目の前で展開されるライブの試合や演奏を一層楽しむために開発された。
フランス流センサ&ウェアラブル技術
センス社とヴォゴ社以外にも、フランスらしいデザインや、予想を超えた機能性で注目されたのが、ウィジングス社とシティゼン・サイエンシーズ社である。
ウィジングス社は、「スマートボディアナライザ」という体組成計と、「アクティビテ/アクティビテポップ」というスマートウォッチを出展。前者は、体重やBMI(肥満度の目安となるボディマス指数)、体脂肪率、心拍数に加えて室内空気環境の測定を行い、iPhoneなどと自動でデータを同期して、トータルな健康管理を可能にする。また、後者は、あえて表示機能を省いたシンプルなモダンデザインながら防水設計が施され、スイミングアナライズ機能も搭載しているため、ランニングやウォーキング以外に水泳に関するデータ収集にも対応する。
一方で、シティゼン・サイエンシーズ社は、各種マイクロセンサを内蔵したスマートファブリックの研究開発を行っており、それをパートナーやクライアント企業に提供して、スマートアパレルを実現しようとしている。そのためのプロトタイプである「Dシャツ(デジタル時代のTシャツ)」は、着用するだけで心拍数、速度、位置、加速度のモニタリングが得られるというもの。特別なデバイスを装着せずにこれらの情報が取得できるため、アスリートなどがスポーツそのものにより集中できる環境作りに貢献できそうだ。
自社開発のスマートファブリックを応用したDシャツのプロトタイプについて説明するシティゼン・サイエンシーズ社の日本法人のトップ、ティエリー・ジブラルタ氏。Dシャツは、着用するだけで心拍数、速度、位置、加速度のモニタリングが可能だ。
【NewsEye】
フランスは、実はMacの黎明期から現在に続く有名なリレーショナル・データベース・ソフトの4th Dimensionを生み出した国。4Dとも呼ばれるこのソフトは、開発時にはSilver Surferと呼ばれ、その名は当時フランスで人気の漫画から採られていた。
【NewsEye】
iPhone 5時代に、廉価版のiPhone 5cは今ひとつ人気がなかったものの、フランスの若い女性にはウケが良かったとの報道も聞かれた。そのカラフルさやポップさが、周囲に流されないファッションを好むマドモワゼルたちの心をつかんだものと思われる。