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アップルの担当者を直撃! ジェイ・ブラニック氏インタビュー

Appleの健康分野への本気度とApple Watchの3つのリングの秘密

著者: 松村太郎

Appleの健康分野への本気度とApple Watchの3つのリングの秘密

アップル・ウォッチは2015年4月24日の発売以来、好調な売り上げで推移している。IDCによると、2015年第二四半期の販売台数は360万台で、ウェアラブルデバイスでは「フィットビット(FitBit)」に次いで2位、スマートウォッチ市場ではトップのシェアを記録している。iPhoneと同じくハイエンド商品として展開しているため、同市場での収益性も他社を圧倒していると見られる。

アップル・ウォッチは、新OS「watchOS 2」によってデバイスとしての本領を発揮する。アプリのネイティブコードを走らせ、また単体でWi−Fi接続をサポートするようになり、「アップル・ウォッチアプリは遅い」という評判を払拭できるはずだ。

watchOS 2以前までアップル・ウォッチのキラーアプリとして親しまれてきたのが、健康・フィットネス機能だ。米Wristlyの調査によると、アップル・ウォッチユーザの78%以上が「健康を意識するようになった」と回答している。そしてこの動機が86・1%のユーザが毎日装着し、97%のユーザが満足していると答えることにつながり、アップル・ウォッチの高い利用率と満足度を支える「習慣」を作り出している。

本格的な研究に基づいて設計

筆者は、アップル本社で、アップル・ウォッチのスポーツ機能に関わる重要な人物へのインタビューを行った。ジェイ・ブラニック氏は、18年間ナイキの契約トレーナー、コンサルタントとして、「Nike+ Running」や「フューエルバンド(FuelBand)」といったデジタルプロダクトの開発に携わってきた人物で、カリスマトレーナーとしても知られている。

「アップル・ウォッチの健康とフィットネスの機能が非常に多くの人々に使われ、広く楽しんでもらえていることが、とてもうれしい。より専門的にトレーニングをしている人も、日常的に運動をしていなかった人も、アクティビティやワークアウトアプリを生活の中で楽しんでいるとフィードバックを得ている」

この人気を博しているフィットネス機能を作るまでには、膨大な時間が費やされたという。

「アップルはアップル・ウォッチへのフィットネス機能搭載にあたり、本格的な研究機関を設立した。26人の看護士、14人の運動生理学の専門家が所属し、社員も研究に協力した。室温管理された屋内や屋外などのさまざまな環境、さまざまなトレーニングのデータも収集。その総時間は3万3000時間にも及ぶ」

シリコンバレーの企業が新規事業に参入する際には、アプリやアルゴリズムなどを擁する企業を買収することが多い。アップルも地図関連の企業を買収しているとされ、またアップル・ミュージック誕生の裏には「ビーツ(Beats Electronics)」の買収が関わっている。 しかし、健康・フィットネス分野に関して、アップルは独自の研究所の設立と研究に時間を費やした。その理由についてブラニック氏は「買収からでは我々自身が学べない」と答えた。新しい領域に対する深い理解から製品を作り出したい、というアップルの姿勢の表れともいえる。

アップルのフィットネス・健康技術ディレクター、ジェイ・ブラニック氏のアップル・ウォッチ。

3重のリングの深い意味

アップル・ウォッチのフィットネス機能には、3つのリングが備わっている。外側から活動による消費カロリーを表すムーブ、早歩き移動の運動を計測するエクササイズ、そして1時間に1分以上立つことで加算されるスタンドを表す。このデザインについても紆余曲折があったと振り返る。

「数字では視認性が悪く複数の数値を表現しにくいうえ、増え続けてしまうためゴールの達成までの状況がわかりにくい。そのため、デザインの過程で、バー表示などさまざまな方法を試した。その結果、3重のリングを採用した」

3重のリングを採用した理由は、主に3つある。1つ目は、小さな表示でもゴールまでの達成状況を一目で把握できること。2つ目は目標を達成してから2周目としてカウントを続けることができること。3つ目はアイコニックであることだ。

アップル・ウォッチのコンプリケーションズとしてリングを設定しておけば、ちょっと時間を確認した際に、「ムーブはあと半分で目標達成」「エクササイズは達成済み」「スタンドはあと4分の1で達成」という情報が一目でわかる。自分の1日の活動について、直径1センチにも満たないリングから、これだけ瞬時に多くの情報が理解できる、そんな秀逸なデザインを実現したのだ。

いちいちアップル・ウォッチ上でアクティビティアプリを起動しなくても、時計の文字盤もしくはグランスでそのときの状況が確認でき、ゴールを達成した際や、朝・昼・夕と通知で現在の状況を知らせてくれる。 こうしたデザインと通知の仕組みが、人々の意識を自分の健康に向けさせる理由になっている。

3重のリングの表示例。3種類の計測について、目標の達成状況を瞬時に把握することができるデザインを採用している。コンプリケーションズとして設定しても、あとどれくらいで目標に到達するのか一目でわかる。

小さな努力を積み重ねる

ブラニック氏は、リングの色以上に、サイズに意味があると指摘していた。つまり、一番外側のムーブのリングの達成が重要な課題であり、もっとも小さなスタンドの達成は、容易とはいわないがもっとも達成しやすい目標、ということになる。

スタンドは、仕事などで座り続けている場合、毎時50分になると、通知が届いて、1分以上立ち上がって動くことを促してくる。そして1分以上立ち上がったり歩くともっとも内側のリングに加算される。

「スタンドの通知もユーザから好評だ。通知によって座る時間そのものを短くする効果はあるが、1時間ごとのリマインダーをきっかけに、体勢を変え、体を動かす習慣を促すことができる」

アップル・ウォッチは、性格にフィットネスの成果を記録するだけでなく、小さな努力の積み重ねを無理なく続けることができる仕組みを備えている点も、これまでのウェアラブルデバイスとの違いだ。 自分の運動の状況を確認する習慣、リングを達成しようとする習慣など、アップル・ウォッチはより具体的に、少しずつ健康に対する習慣を身につけていき、装着している限り、少しずつの運動もすべて計測に加えていくことができる。

たとえば通勤通学、買い物や子どもの送り迎えなど、それまで運動とカウントしていなかったこともリングに加算されるようになると、日常当たり前のようにしていた活動に、健康という異なる尺度が加わり、モチベーションを高めるきっかけになるだろう。

アップル・ウォッチで行えるもっとも小さなフィットネスのゴールがスタンドだ。座りっぱなしの場合、1時間に1度通知が届き、立ち上がることを促してくる。この通知が、体を動かす習慣づけに役立ち、人気がある機能だという。

watchOS 2で飛躍する

「非常に楽しみなアップデート」とブラニック氏が語るwatchOS 2。フィットネス機能にも進化が加えられ、より幅広いユーザがアップル・ウォッチでの運動に取り組むようになると予測できる。

watchOS 2ではサードパーティの開発者に対する各種センサ利用が解放されるが、これらをもっとも待ち望んでいたのは、フィットネス系アプリの開発者だろう。モーションセンサと心拍センサを利用できるようになるため、独自デバイスを持たないNikeや「ルナスティック(Runtastic)」などのアプリを愛用しているユーザは、より正確なデータをアップル・ウォッチ単体で記録できるようになる。

加えて、ブラニック氏はリングに、各アプリで記録したデータも加算されるようになると指摘する。iPhoneのアクティビティアプリで記録を振り返ると、どのアプリで加算されたかも表示され、運動の記録を使って友人と成果を競い合うこともできるようになるという。

「アップル・ウォッチを通じて、人々がよりアクティブになること、毎日の小さな変化をすぐに理解し、常に確認できるようにすることを考えた。これによってさまざまな病気のリスクの軽減などのメリットが得られる」

こう語るブラニック氏からもわかるとおり、アップルの目的はユーザからのデータ収集ではなく、ユーザが製品によって健康的になることだった。この視点で、今後のアップル・ウォッチの発展が続いていくことになるだろう。

【NewsEye】

Wristly(http://www.wristly.co)はアップル・ウォッチに関する独立した市場調査会社。上記の回答は、アップル・ウォッチのリリース後(4週間後)に購入者約1000人を対象に実施された際のものだ。

【NewsEye】

watchOS 2の登場により、開発者はアップル・ウォッチの加速度センサやフォースタッチ(Force Touch)、マイク、スピーカ、動画、心拍数モニタといった機能にアクセスできるようになる。これにより、さまざまなネイティブアプリが登場しそうだ。