充実する4大キャリア
ビジネスインサイダーが関係者の話として、アップルが仮想移動体通信事業者、いわゆるMVNOになる準備を進めていると報じた。こうした噂はこれまでにもたびたびあったが、今回はアップルが翌日に否定しており、それが逆にさまざまな憶測を呼ぶ結果になった。果たして、アップルがMVNOに参入することが起こり得るのだろうか?
日本国内では昨年から格安SIMとしてMVNOが盛り上がりを見せているが、米国では数年前に比べてバージンモバイルやブーストモバイルといったMVNOに元気がない。その理由は明らかで、AT&Tとベライゾンのトップ2が牛耳っていた米携帯市場において、第4位だったTモバイルが次々にサプライズを起こして急成長してきたからだ。2年縛りの撤廃、家族でデータをたっぷり使える手頃な価格のプランを皮切りに、最近ではアップルミュージックをデータ割当分から除外してLTEで思う存分楽しめるようにした。4位に転落したスプリントも、ソフトバンクの支援を得てTモバイルに対抗するような魅力的なサービスを投入し始めた。その結果、3位と4位が市場に変化をもたらす勢力になり、危機感を覚えた上位2社もサービスを見直すという好ましい競争が起こっている。MVNOには格安、乗り替えやすいというメリットがあったが、通信キャリアのサービス改善によってMVNOの魅力が薄れ、存在感を示せなくなっているのが現状だ。
つまり、同じアップルのMVNO参入の噂でも数年前と今では状況がまったく異なる。以前は携帯ユーザの通信キャリアに対する不満が爆発しそうな状態だった。契約に縛られ、サービス料金は高止まりしたまま、サービスは一向に改善されない。携帯サービスはiPhoneの利用体験の一部であり、ユーザの不満を解消するためにアップルが参入し、自らコントロールするだけの価値があった。しかしながら、4大キャリアの競争によってサービスが改善されている今、アップルが参入して無理に市場を変える必要はない。むしろ4大キャリアとの良好なパートナーシップを維持したほうがiPhone販売の安定した成長を期待できる。
2013年から米国で「Uncarrier」というユーザ獲得キャンペーンを展開するTモバイル。アップルミュージックを含む主なストリーミング音楽配信サービスの消費分をデータ割り当ての対象外にする最新の変更も好評。
グーグルに対抗してくるか?
米国では4月にグーグルが「プロジェクトFi」というMVNOサービスを小規模にスタートさせた。それもアップルのMVNO参入の噂に油を注いでいる。アップルは対抗サービスを投入しなければ出遅れるというわけだ。
プロジェクトFiはユニークなサービスになっている。Tモバイルとスプリントのネットワーク、Wi-Fiを自動的に切り替える仕組みで、ユーザは常にその場所で利用できる最速のスピードで通信できる。データ通信料は1GBあたり10ドル。使わなかった分は返金される。一昔前だったら間違いなく「革新的な携帯サービス」と騒がれただろう。だが、通信キャリアのサービスが充実している今は、グーグル好きの関心を引くにとどまっている。
では、アップルのMVNO参入否定を鵜呑みにできるかというと、同社がMVNOに取り組む理由はまだ存在する。世界的に見れば携帯キャリアの好ましい競争がある国ばかりではなく、iPhoneのグローバル展開を考えると携帯サービスの改善にアップルが関心を持っても不思議ではない。
将来に目を向けると、IoTやウェアラブルのニーズも考えられる。今はブルートゥースやWi−Fiを用いているが、直接インターネットに接続する未来も描かれている。チップ型で事業者や契約情報などを柔軟に書き換えられるeSIMの実用化協議も進んでおり、インターネットに接続するデバイスは今後爆発的に増加するだろう。その波がアップル製品に及ぶ可能性は非常に高く、複数のデバイスの通信回線を一カ所で管理できるサービスを同社が用意する価値は十分にある。
アップルは米国や英国でセルラー版のiPadエア 2とiPadミニ 3に「アップルSIM」という独自のSIMカードを搭載して発売している。端末から好きな対応キャリアを選んで、すぐにデータ通信を利用できる仕組みで、柔軟で便利な通信キャリア選びの実現にアップルが関心を持っているのは明らかだ。
【NewsEye】
テレビ番組の視聴者がネットに移行し始めた影響で、米国ではケーブルテレビ事業者もMVNOに関心を持っている。大手のコムキャストがTモバイルやスプリントを買収するという噂もあるが、ケーブルテレビ事業者に携帯通信が牛耳られることに消費者は危機感を抱いている。