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「楽しく、早く、ストレート合格」を目指して始まった教習所改革

著者: 牧野武文

「楽しく、早く、ストレート合格」を目指して始まった教習所改革

埼玉県さいたま市にある浦和中央自動車教習所。最寄り駅の東浦和駅までも徒歩25分という立地面でのハンデ、さらに少子化の影響と以前は展望の開けない自動車教習所だった。それが現在では、入校者数は低迷期の2倍を超え、さらに成長中だ。周辺300箇所以上ものポイントに個別送迎をする仕組みを導入したことも大きいが、なによりもiPad教習の人気が大きな原動力となった。

上空から教習車を撮影

本誌読者の大半は自動車免許を持っていると思う。「S字」「クランク」「縦列駐車」といえば、教習所で苦手だった人も多いのではないだろうか。埼玉県さいたま市にある浦和中央自動車教習所では、ユニークな指導方法を採用している。地上9メートルの高さにカメラを設置。S字やクランクなどを走行すると、その場で教官がiPadを使って上空から見た自分の車の位置を見せてくれる。「左に寄りすぎている」など、その場で自分の運転を客観的にチェックできるのだ。

10年前の浦和中央自動車教習所は知名度も低く、人気のある教習所とはいえなかった。それは最寄り駅の武蔵野線東浦和駅からも徒歩25分、大きな駅である浦和駅からはバスで20分という立地の悪さゆえ。しかし、2010年5月にiPadをテスト導入して以来、入校者数は毎年20%以上の伸びを見せた。

主力の普通自動車免許での入校は10年前は埼玉県内の教習所約50校のうち中堅以下だったが、現在は5番前後で定着。地域4校中いつも下位争いをしていたが二位に躍進し、しかもわずか100名程度と地域トップの座が見えてきている。

現在、浦和中央自動車教習所では全社員にiPadを配付し、さまざまな取り組みを行っている。教官はiPadに教材を入れ、それを使い指導。さらに独自に教習ビデオ「まなぶ君」や学科試験の練習問題ドリルを作成、教習生は空いている時間にカウンターでiPadを借りて、自由に自習することができる。もちろん、教習生の顧客管理、営業コンタクト履歴などは基幹システムで管理し、社員はiPadからアクセスできる。

しかし、このケースを「iPadという魔法の道具を導入したら、業績がどんどん伸びていった」という単純なストーリーとして読んでしまうと、本質を見失ってしまうことになる。浦和中央自動車教習所取締役の秋本高幸氏は、iPadを導入する数年前から教習所の改革を進めてきた。その改革の下地があったところに、iPadを導入したためにすべてがうまく回り出したのだ。

「S字」「クランク」「縦列駐車」「方向変換」などにスカイカメラを設置。教習中にリアルタイムで、教官のiPadを使って、自分の車の位置を確認できる。写真は、実際に私がクランクを走ったもの。内輪差を気にしすぎて、右に寄りすぎてしまった。感覚ではなく、客観的に自動車の運転技術を見につけることができる。

教習生はロビーで空いている時間にiPadを借りることができる。このiPadには教習内容をビデオにした教材「まなぶ君」や学科試験の練習問題ドリルなどが保存されている。この教材ビデオはユーチューブにも公開されているので、自宅でも予習ができる。ユーチューブで「浦和中央自動車教習所」で検索をすれば誰でも見ることができる。

抜本的な改革の必要性

秋本氏は、実は社長の息子。大学卒業後、某金融機関に入社し、2002年に浦和中央自動車教習所に入社した。いわゆる「家業を継ぐ」という家族経営企業にありがちなパターンだ。ただ、秋本氏は教習所の現実を見てがくぜんとする。 「以前であれば、それなりの自動車学校でも経営は成り立ちました。しかし、今の少子高齢化の時代では、お客様に選ばれる自動車学校にならないといけない」

もっとも問題だったのは、教官の責任感のなさだった。それは教官の質が悪かったというわけではない。随意制という指導の仕組みに問題があった。教習生は自分の都合のいい時間に教習を予約。すると、空きのある教官が自動的に割り振られる。教官から見ればその教習生とはその場限りの関係で、二度と会わない可能性すらある。

「1コマ50分の教習さえきちんと行えばそれでいい。そんな感覚でした」

抜本的な改革の必要性を感じた秋本氏だが、最初の5年は目立った動きをしなかった。「私は教習所業界のことを知りませんでした。最初は真摯に先輩たちに教えを請い、学ぶことに徹しました」。もちろんその間、問題点を抽出し、改革する構想を練っていたことだろう。最初に手をつけたのが、社員の一体感を強める運動だ。これは秋本氏が率先してピエロ役を買って出ることで実行した。

「クリスマスやハロウィンといったときには、自らサンタなどの扮装をしたんです」。社員の当初の反応は冷たいものだったに違いない。「社長の息子がヘンなことしている」という失笑を浴びたかもしれない。しかし、秋本氏はしつこくおどける扮装を続けた。つまらないことでも続けることで、失笑は苦笑に代わり、やがて笑顔に変わる。当時は社員数が30数名だった(現在は50余名)こともあり、やがて家族的な一体感が生まれていったのだ。

こうして社員の気持ちを整えたところで、秋本氏は本格的な改革に乗り出した。具体的には、「教習の質を上げる」という大目標を設定したのだ。そして、それを「本免学科試験の合格率を県下第1位にする」「卒業生が無事故無違反で運転する」という、より具体的な目標にまで落とし込んだ。その結果、現在の学科試験合格率は飛躍的に上昇し、埼玉県では4年連続第1位を獲得している。

浦和中央自動車教習所取締役、秋本高幸氏。少子高齢化の厳しい環境の中、業績が低迷していた「浦中」を200%成長させた立役者。現在、普通自動車入校者数は地域第2位で、1位の座も見えている。しかし、教習料金はプランによってはライバル校に比べて4~5万円ほど高い。それでも浦和中央自動車教習所を選ぶ人が増えているのだ。

顧客の所在地を自動マッピング。教習だけではなくiPadを持参した活動により営業の効率化、顧客情報をタイムリーで登録し進捗管理を行う。また、配車システムをIT化したことにより、担任制が実現できた。担任制とは1人の教習生が入校してから卒業、免許取得まで、1人の教官が責任を持つシステム。これで教習の質が大きく改善され、のちのiPad教習につながる。

小さな工夫で変わる

同時に秋本氏は顧客創造研究会という会に加入する。これは全国の自動車教習所の有志が集う勉強会で、教習所を改革するためのアイデアを交換する組織だ。そこで顧客管理システムや配車システムなどを導入することをアドバイスされ、社内の基幹システムのIT化を進めていく。iPad教習もこの顧客創造研究会から学んだ手法だった。

そして、教習の質を上げるための具体策でもっとも効果的だったのが、担任制の導入だった。教習生が入校すると担任教官が決められ、原則的にその教官が指導をする。教習生の時間の都合などもあるので全教習を担任が行えないこともあるが、1人の教官が入校から卒業まで、免許取得まで、さらにその後までの全責任を追うことになる。

「自動車の運転というのは慣れることが一番の上達の道なので、そのためには毎日練習したほうが早く上達するんですね」。そこで浦和中央自動車教習所では最短15日間で免許が取得できるハイスピードコースを設置した。これは現在でも人気のコースとなっている。これが実現できたのは、配車システムをIT化したからだ。

「教習は1回50分ですが、その50分を濃くしたい。教習生がたくさん運転すれば、それだけ上達をします」。そのため、教習車の走行距離データを記録する仕組みを導入。50分で3キロしか走行しない教習よりも5キロ走行した教習のほうが効果が上がるからだ。教官はそのデータを振り返り、他教官と比較することで自分の教習方法を見直していく。さらに、一般の教習所では赤信号は60秒表示される。これも10秒程度に短縮した。信号待ちの練習なのだからそれで十分であり、少しでも長い距離を教習生に運転してもらうためだ。このような小さな工夫、改善は現在でもあらゆるところで行われている。

自動車教習所の最大顧客は、18歳から20代前半の若者。少子化は私たちの想像よりも早く進行していて、どこの教習所も入校者数は着実に減少、閉校するところも増えている。さらに浦和中央自動車教習所は、立地が不便という大きなハンデがある。そこが200%成長をし、さらに現在も成長中というのは、常識ではありえないことだ。しかし、その成功は「IT化」「社内の意識改革」という下地があり、そこにiPad導入がタイミングよくはまったからだ。iPadはビジネスを爆発させる起爆剤だが、火薬が装填されていない砲弾に着火したところで何も起こらない。

自動車顧客創造研究会主宰、東健太郎氏(上)とシニアコンサルタント、林英樹氏(下)。改革をしようという全国の教習所が参加している研究会。基幹システムのIT化、iPad教習などの新しい風を全国に届けている。

【勉強会】

顧客創造研究会の勉強会は千葉県舞浜の高級ホテルで行われる。参加する社員は1日ディズニーランドで遊んでリフレッシュし、それから勉強会に入る。次回はUSJ近くのホテルが予定されている。こういうモチベーションの高め方は、秋本氏の発案だ。

【カメラ】

iPad指導に使われるスカイカメラは、要はポールの先にWi-Fi対応のWEBカメラを付けたもの。教習所内にはWi-Fiが張り巡らされていて、教官のiPadからスカイカメラにアクセスをする。単純な仕組みだが、指導効果はきわめて大きい。