インパクトの瞬間が重要
ゴルフは、フォームが命だ。正しいフォームで打てば球は真っ直ぐ飛ぶ。しかし、素人には何が正しいフォームなのかがよくわからない。なおかつ、どのような打ち方をしているかが自分でわかりにくい。アスリートになるような人は皆最初から「自分のイメージどおりに身体を動かせる」才能を持つというが、多くの人にとってそれは無理な注文だ。
そのため、ゴルフを始めるのであれば最初はプロに教わったほうが安心だ。今のゴルフスクールはシミュレータなどの発達で、都心部のビルなどの屋内にあることも多く、会社帰りに気軽に通える場所になっている。東京・有楽町にある「ケンホリオ・ゴルフアカデミー」もその1つ。レッスンプロとして著名な堀尾研仁氏が主催するゴルフスクールだ。
ツアープロ帯同コーチとして数々のノンシード選手を優勝に導くなどの実績を持ち、高いコーチング技術で定評のある堀尾氏によると、人の目でフォームを診断してコーチすることには限界があるという。「フォームで一番重要なのはインパクト(ヘッドが球に当たる瞬間)です。ヘッドが正しい角度で当たってさえいれば、スイングの力がすべて球に伝わって真っ直ぐ飛びます。でも、インパクトの瞬間は速すぎて人間の目で確認することは不可能です」。
そのため、レッスンプロはクラブの持ち方やテイクバック(球を打つ前のフォーム)、スイングを入念にアドバイスする。「正しくテイクバックして、正しくクラブを振り下ろせば正しく球に当たる(だろう)」という理屈だ。ここにレッスンプロとしての知識や経験則が活かされる。一部ではフォームやインパクトの瞬間を確認するためにビデオカメラや高速カメラを導入している場合もあるが、「それでもレッスンプロが映像を見て判断することになります。そして従来どおり『もっと力を抜いて柔らかく振りましょう』『ヘッドが走ってないですよ』『正しいテイクバックの位置はここです』、といった具合に、言葉や体を使ってアドバイスすることになります」。
しかし、教わる側にとっては「イメージどおりに身体を動かすことができない」のだから、なかなかうまくいかない場合もある。正しくスイングを矯正できても翌日には元に戻ってしまったり、力を抜くといわれてもどれだけ抜けばいいのかがわかりにくかったり…。もちろん、何度も練習してコツを掴んでいくことが大切なのだが、もっと効果的にコーチングできないのか? そのために堀尾氏が導入したのが、「M-Tracer For Golf(以下、Mトレーサー)」とiPadである。
多数のツアープロ選手のコーチを行ないながら、アマチュア向けのレッスン活動やインター
ネットを利用したレッスンなども精力的に行う堀尾研仁氏。
高度なセンサで的確に測定
Mトレーサーは、クラブのグリップ最下部に取り付けるわずか約15グラムの小さなセンサだ。これを取り付けた状態でクラブを振ると、スイングやインパクト、ヘッドスピード、シャフト回転、テンポを計測して、そのデータをブルートゥース経由でiPhone/iPadの専用アプリへ送信。素人でもわかる形でゴルフスイングを視覚化してくれる。
「スイング軌跡が三次元の映像として記録され、あらゆる方向から確認できます。インパクトの瞬間も、フェース角やクラブパス(移動軌跡)が数値やビジュアルでわかりますので、これを見ればより正確にアドバイスすることが可能です。もちろん、アドバイスを受ける側からしても自分のスイングを視覚的に確認できるので、どこに問題があるかを理解・共有しやすくなっています」
Mトレーサーには加速度センサとジャイロセンサが内蔵されているが、1秒間になんと1000コマのデータを取得できるほど超高精度。開発元のエプソンによると、業務用もしくは「高級一眼レフカメラの手ぶれ補正に使われているレベル」であるという。高精度センサで計測されたデータは、運動力学「二重振り子モデル」の徹底解析から生まれた最新のスイング運動力学を元に測定される。
Mトレーサーはグリップ最下部に取り付けるが、15グラムのなので違和感はほとんど感じない。ブルートゥース経由で、iPhone/iPadの専用アプリに瞬時にスイングデータが送られる。実売価格は3万円前後だ。
ケンホリオ・ゴルフアカデミーは東京・有楽町という都心にありながら、シミュレータやMトレーサーなどの最新設備を導入したハイテクゴルフスクールだ。
マンツーマンレッスンではコーチと生徒が、Mトレーサーの表示を見ながら行う。感覚的な言葉で伝えるのではなく、具体的にどこに問題があるのかを指摘するので、伝わりやすく理解しやすいレッスンになる。
視覚化される効果
Mトレーサーを使うと、スイングの比較ができる点も素晴らしいと堀尾氏は語る。従来は目で見て「今のスイングの感じです」というアドバイスになりがちだが、人によっては「今の感じ」を掴むことが難しい。その点、Mトレーサーを使えば自分のベストスイングと今のスイングを比較することが簡単に行える。
また、「より明確なテーマを設定したレッスンを行えるようになりました。例えばインパクトの瞬間にヘッドが少し外を向いていることがわかったら、これを集中的に直すようなレッスンができます。具体的なテーマがあったほうが教わる側にとってもわかりやすく、やる気が出るものです。そして、その成果をアプリ上で目で見て確認できるため、達成感を得られやすいのです」。
現在、ケンホリオ・ゴルフアカデミーでは備え付けのiPadに生徒のデータを保存しながら運用しているが、将来的には生徒自らが持ち込んだiPadやiPhoneにデータを保存し、家やゴルフ場などでも生徒が確認できるようにしていきたいという。Mトレーサーのアプリは無料で公開されており、またMトレーサー自体も市販されているので、クラブを振れるわずかなスペースとiOSデバイスさえあれば、質の高い練習が1人でもできることになる。「Mトレーサーを初めて見たときは、こんなに高い精度でスイングを解析してくれるのなら、僕たちレッスンプロはみんな失業しちゃうよ!と思いました(笑)」。
しかし、同時に堀尾プロはこう語る。「Mトレーサーは診断器であって、治療器ではありません。Mトレーサーで自分のスイングの問題点を見つけたら、それをどうしたら修正できるのかをアドバイスするのが僕たちレッスンプロの仕事です。よって、レッスンプロの存在が必要なくなることはありません。従来のレッスンでは視覚化・数値化することが難しかった部分を簡単にデータとして得られ、それを元により質の高いレッスンに時間を使えるようになったことが大きな利点だと思います」
Mトレーサーは4月10日に発売になったばかり。普及はこれからだが、堀尾氏の話を聞いていると、ゴルフファンのみならず、多くのゴルフスクールでも導入されていくのではないだろうか。そして、それによりゴルフスクール全体の質も向上していきそうだ。従来の「今のスイングは◯。さっきのスイングは×」といった〝アバウトな診断”だけしかしないようなレッスンプロは自然に淘汰されていき、数値データなどに基づいた的確なアドバイスを与えられるレッスンプロが今後は求められる時代になる。
ケンホリオ・ゴルフアカデミーにおけるIT技術の活用は実にお手本のような好例だ。iPadやセンサといったツールを活用することでレッスンプロたちに本来やるべき仕事に専念できるようにし、教わる方にはわかりやすさと楽しさを与えてくれる。そして、結果として「ゴルフは楽しい、面白い」というイメージにつながり、ゴルフ人口が増えていく。今の日本はあらゆる分野が「頭打ち」になっていると思われているが、ITの力を適切に活用することで、まだまだ成長の余地は十分に残されているのだ。
Mトレーサーの解析機能
スイング解析 スイングを360度3D表示で確認可能。正面、横、斜めなど自分のスイングを多角的にチェックできる。色のついたVゾーンに入っているのが理想的。 |
シャフト回転解析 スイング中のシャフト回転角を正確に計測、数値とグラフィックで表示。スイングポイントごとの回転角をチェック。 |
インパクト解析 インパクト時のフェース角、クラブパス(軌跡)、アタック角を数値とグラフィックで表示する。従来の目による観察、ビデオ撮影などでは正確にわからなかった部分がわかる。 |
スピード解析 グリップスピードの減速比を測定。効果的にグリップ部分を減速することで、ヘッドスピードが増し、なおかつ正しいフェース角であたることで真っ直ぐ飛ぶ。 |
テンポ解析 テークバックとダウンスイングの所要時間を正確に計測&表示。安定したスイングを身につけるのに役立つ。 |
『Mac Fan』2014年6月号掲載