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iPadが「乗ってよかったね!」の笑顔を作る

著者: 牧野武文

iPadが「乗ってよかったね!」の笑顔を作る

電子化する本来の目的

航空業界におけるiPadの導入は、もはや当たり前になりつつある。日本航空でも客室乗務員、運航乗務員へのiPadの配付がスタートした。客室乗務員約5000名にはiPadミニ、運航乗務員約2000名には第四世代のiPadが支給されている(海外基地の客室乗務員以外はすべてセルラーモデル)。iPad導入というと多くの企業では「業務効率の改善」が大きなテーマになるが、日本航空での位置づけはやや異なる。

日本航空では2012年から2016年までの中期計画で「顧客満足度No.1の獲得」を掲げており、iPad導入はこの目標を達成するための1つの施策である。「安全な運航」「定時到着率」「機内のサービス品質」といった顧客満足度の向上につながる部分を主眼におきながらiPadの活用を図っていく。

例えば、客室乗務員のiPadミニには、電子化されたマニュアル類が入っている。従来の紙のマニュアルはキログラム単位の重さなので電子化されるだけで飛行機の重量が減ることになり、日本航空全体での燃料費の節約に貢献する。しかし、このようなコストダウンはiPad導入の副次的な効果にしか過ぎない。

では、客室乗務員がiPadを持つメリットとは何か。その一例として挙げられるのが、機内食のサービスだ。日本航空では国際線の一部路線のビジネスクラスやファーストクラスで、スターシェフとコラボした「スカイオーベルジュBEDD」という特別メニューの機内食を提供しており、客室乗務員が盛りつけを行うことが多い。しかし、メニューは路線ごとに異なり、3カ月に一度は変更される。

「こだわりのメニューなのでしっかりと盛りつける必要があります。そこで盛りつけ手順を動画マニュアルでiPadに配信したところ、紙のマニュアルよりも格段に理解しやすくなりました。マニュアルを電子化することで、燃料費の節約や客室乗務員の荷物の負担が減るということももちろんありますが、むしろ大事なのはこうした対お客様を考えたときのiPad導入による効果です」と客室本部・野口覚人氏は語る。

 

地上でも「お客様のために」

日本航空でのiPad配付の方法は1人1台だ。客室乗務員は自分のiPadを持ち、自宅に持ち帰ることができる。

「『CAROL INFO』という自社開発のアプリによって乗客名簿など乗務便に関わる情報を管理していますが、重要な情報は時間が経つと自動消去されるなど高度なセキュリティをかけています」(IT企画部・小林薫氏)。

1人1台支給し、場所を選ばず利用可能にしているのには理由がある。客室乗務員は常にさまざまなマニュアルを携帯しているが、現実にはマニュアルを見ながら機内で接客を行っているわけではない。基本的な作業手順は当然、頭の中に入っている。

「乗務していないときでも、いつでも手軽にマニュアルを見て再確認できます。特に、電子化されたことで検索ができるようになったのは大きなメリットです」(野口氏)。例えば「機内食」について詳しく知りたいと思ったら、従来はマニュアルの「機内食」の章を頭から読んでいくしかなかった。それが今ではマニュアルの中から「機内食」に関する単語を縦断的に検索でき、知識を多角的に知ることができる。また、乗客から意外な質問があったときでもiPad上のマニュアルを調べることで回答し、サービスの質を高めることが可能だ。

さらに、客室乗務員用のiPadミニには「PA」と呼ばれるアプリが入っている。これは英語や日本語の機内アナウンス、機内接客で必要となる会話の練習に使われる。「海外基地の客室乗務員も多いので、しっかりと日本語の練習をしてもらうことができます」(野口氏)。現実には乗務中の客室乗務員は忙しく、のんびりとiPadを開いている時間的余裕はない。そのため、客室乗務員は乗務中以外の時間も使って顧客満足度を高めるために主にiPadを利用している。

もう1つ接客の質を上げることに貢献しそうなのが、iPadに格納される乗務便に関わる報告のための「CAF」と、客室乗務員向けのアンケートを行う「アンケート」というアプリだ。

「従来は、紙の報告書を手書きで書く必要がありました。機内の備品が破損した場合などは、手書きの絵を書いて報告していたこともあります」(野口氏)。しかし、iPadのアプリならば問題の箇所を写真や動画で撮影して報告書に添付できる。また、リスト化されている報告すべき事項の選択肢をタップしてチェックマークを入れ、あとは備考欄に特記事項を書くだけで済むようになる。

「報告書を書く作業の軽減にもなりますが、それよりも報告書を類型化し、簡単に統計処理できるようになったことが利点です。乗務中に新しいキャンペーンを行ったとき、その効果を客室乗務員にアンケート調査することがありますが、これもアプリならばすぐに行えます。現在はデータを蓄積している段階ですが、将来はこのデータを解析してさらなるサービスの質の向上に役立てたいと考えています」(野口氏)。

 

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左より、IT企画本部IT企画部 空港オペレーショングループ マネージャーの小林薫氏、客室本部 客室企画部 計画グループ主任の野口覚人氏、運航本部 運航業務部 業務グループマネージャーの江向雅幸氏。iPad導入に関してはIT企画部のみならず、各セクションと相談しながら進められた。アプリや運用に関しては現場の声を開発に反映する形で、今後も進化していく。

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iPadを使う客室乗務員。客室乗務員、運航乗務員は自分のデスクというものがない。ブリーフィングスペースの空いている席で、事務処理をすることになる。このようにデスクがない=パソコンがないという社員にはiPadがきわめて強力なツールとなる。

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客室乗務員が使っているiPadミニ。日本航空では「機内サービスに使う」のではなく、「機内接客の質を高めるために使う」。そのため、実際は乗務時間以外に使われることが多くなり、私たち乗客がiPadを使ってる客室乗務員の姿を見かけることはほとんどないだろう。

運航ルートを確認

2014年2月から客室乗務員の運用は開始しているが、運航乗務員(パイロット)が実際に業務で利用を開始するのはこれからだ。しかし、すでに日本航空ではさまざまな施策を行っている。その中でも、いち早く進めているのが、運航に必要な地図類の電子化だ。なぜならパイロットが使用している滑走路の地図や運航ルートが書かれたマニュアル(地図)は細かい字で書かれ、多いもので1000ページ近いものあり、そのマニュアルを複数冊鞄に入れている。「操縦室ではそのままでは扱いづらいため、必要とされる地図を予め複数用意して使用していますが、これがiPadの電子地図になれば拡大縮小、また検索に素早く対応でき非常に扱いやすいものとなります」(運航本部・江向雅幸氏)。

運航乗務員のiPad運用をスタートするには、関係省庁との綿密な調整が必要となる。安全運航のため、航空機の操縦室へ持ち込む機器には厳しい制限があり、iPadもこの例外ではない。

日本航空がiPadを選んだ理由はここにもある。もちろん、MDMなどによるセキュリティ管理がしっかりと行えたり、UIやUXに優れていたり、自社アプリを開発しやすいといった理由もあるが、すでに世界の航空会社で導入実績がある点も大きい。海外ですでに安全性が確認されていれば、関係省庁との調整も円滑に進むと考えているからだ。

日本航空のiPad導入は「業務効率の改善」という目先の目標ではなく、その先にある「顧客満足度を高めること」にある。我々が学ぶべきポイントはここだ。iPadを導入して「作業効率が上がる」「コストが削減される」というのは当然のこと。それを企業の大目標の中のどこに位置づけるかが重要である。それがなければ、iPadはただの便利な道具で終わってしまうだろう。近い将来には「機内販売での利用など、お客様の利便性をより高めるための活用方法を検討している」ことから、iPad活用のさらなる飛躍が望めそうだ。

 

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客室乗務員が使っているiPadの画面。主に自社専用に開発した5つのアプリを利用している。「LEAF CABINET」は全社共通のドキュメント配信・管理アプリ、「PA」は機内アナウンス・語学学習のためのアプリ、「アンケート」は乗務便に関わる乗務員用のアンケートの提出・処理アプリ、「CAROLINFO」は乗務便に関わる個別周知・各種情報確認アプリ、「CAF」は乗務便に関わる報告・提出アプリだ。その他の市販アプリについても、所定の手続きを経たうえで客室乗務員が入れられるようにする予定だという。

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運航乗務員が試験的に使っているiPad。本格利用は関係省庁の許可が降りてからということになるが、すでに運航関係地図、マニュアル類、各種気象情報(レーダーなど)の表示などに関しては好評だという。安全運航、定時到着率を高める目的で使われる予定で、こちらも大目標の「顧客満足度」のために導入された。

『Mac Fan』2014年5月号掲載