セールスフォース1の狙い
iPhoneやiPadがビジネス用途で導入されるケースが増えている。それに歩調を合わせるかのようにユーザ数を増やしているソリューションがある。セールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)の提供する一連のクラウドサービスだ。
「CRM」(Customer Relationship Management)として知られる同社のサービスでは、データベースを用いて各顧客の詳細な属性情報や購買履歴、問い合わせやクレームの内容などを記録・管理でき、問い合わせに速やかに適切に対応したり、その顧客に合った商品を紹介したりできる。具体的には、営業支援向けの「セールス・クラウド(SalesCloud)」、カスタマーサービスとサポート向けの「サービス・クラウド(ServiceCloud)」、マーケティング向けの「マーケティング・クラウド(MarketingCloud)」が有名だ。それぞれWEBブラウザおよび専用アプリから利用でき、iOSデバイスをビジネス利用する際のさまざまな用途(顧客管理や営業管理、社内申請や勤怠管理、受発注や請求書発行などの帳票処理など)に活用されている。また、社内SNSの「セールスフォース・チャター(SalesforceChatter)」を社員間の協力関係を促進し、今までの働き方を変革するための社内コミュニケーションツールとして利用する企業も多い。
同社の2013年度(2012年2月1日~2013年1月31日)の売上高は、前年比35%増の30億5000万ドル。また、2013年度第3四半期(2013年8月1日~2013年10月31日)の売上高は、前年比36%増の10億8000万ドルで、エンタープライズ向けクラウドコンピューティング企業としては初めて、四半期で10億ドルを超える金額を叩き出した。
なぜ、このような好業績を実現できているのか。もちろん、同社の提供する各サービスが機能的に優れていることは間違いないが、それだけではここまで大きな躍進は遂げられなかっただろう。現在セールスフォースが多くのユーザに受け入れられているのは「カスタマーファースト」の視点に立ち、時代の要請を的確に捉えたサービスをいち早く作り上げることに注力してきた結果だ。
その象徴ともいえるのが、2013年11月に発表された新しいプラットフォーム「セールスフォース1(Salesforce1)」である。同社は他社に先駆けてスマートデバイス重視の対応を行ってきたが、セールスフォース1のリリースでその考え方がより強くなったといえる。同社マーケティング本部・プロダクトマーケティング・シニアマネージャーの田崎純一郎氏は次のように話す。
「従来のビジネス向けサービスはPCのブラウザで利用されることが前提でした。しかし、スマートデバイスに代表されるように現在はインターネットに接続する端末が多様になっています。こうした新しい端末からインターネットにつながることで『企業と顧客の関係性』は変わりつつあります。それを受けて提供開始したのが、セールスフォース1なのです」
世界でもっとも使われる営業支援・顧客管理サービスのセールス・クラウド。商談や営業活動などを成功させるために必要なデータをいつでも、どこでも参照できるのが特徴だ。WEBブラウザだけでなく、iOSアプリでは"フィードファースト"を重視したユーザインターフェイスだ。
モバイルアプリの必要性
セールスフォース1は同社の各クラウドサービス(セールス、サービス、マーケティングなど) と連携する業務用WEBアプリを簡単に作成できるクラウドサービスだ。企業において業務ソフト/サービスのスマートデバイス対応が極めて重要だと考えられている一方で、現時点では対応済みのものはまだそれほど多くない。セールスフォースの調査によると、企業の約60%は顧客・従業員向けモバイルアプリの必要性を感じているものの、実際にアプリをリリースできているのは30%程度にとどまるという。
「クラウド」「ソーシャル」「モバイル」「つながる」というキーワードがビジネスにおける昨今の重要課題だが、それを実現するスマートデバイス上で動くアプリ開発に多くの企業が対応できていないのが現状なのだ。
セールスフォース1では各クラウドサービスと連携するAPIがあらかじめ用意されており、ユーザはWEBブラウザ上でドラッグ&ドロップ操作だけでセールス用の顧客向けアプリや、従業員向けの在庫管理アプリ、ソーシャルネットワークアプリなど実に多種多様なカスタムアプリを開発できる。すでに400万を超えるアプリが作成されており、「最近の面白い事例でいえば、WEBサイト制作会社のマーキュリーがあります。同社では「社員のモチベーションを上げるため、ROS(Return on Salary)を計測するアプリを作りました。各社員が自分の給与分の働きをしているかどうかがわかるアプリです」。
こうして作成したアプリは同社が展開するマーケットプレイス「アップ・エクスチェンジ(AppExchange)」で公開・販売することもできる。「郵便番号検索」や「ドロップボックス連携」「タイムカード」などサードベンダーなどによって開発された2107本のアプリが公開されており、自社で開発する手間なく既存の環境にインストールして利用できる。
3つの"ファースト"が製品キーワード。これらを組み合わせて誕生したのがセールスフォース1だ。
2005年からセールスフォースが用意している「アップ・エクスチェンジ」。サードベンダーなどによって開発されたアプリケーションを公開している。
デバイスの裏には顧客がいる
セールスフォース1は、3つのキーワードを重視して開発された。それは「モバイルファースト」「APIファースト」「フィードファースト」という3つの“ファースト”だ。
モバイルファーストは、モバイル(スマートデバイス)での利用前提に作成されていること。APIファーストとは、アプリがさまざまなものと連携できるようにアプリ開発用のAPIを豊富に揃えていること。そして、それによって「フィードファースト」(情報を素早く届けること)を実現すること。
「多くの人は現在、SNSのフィードで素早く情報取得・情報共有をしていますよね。一方、ビジネスの現場はどうでしょうか。相変わらずメールやオフィスファイルを利用しています。ビジネスで重要なことは『必要な情報を届ける』ことであり、その観点に立てばSNSのように即座に伝えること(フィードファースト)を重視すべきなのです」
その考えを反映するのが、各CRMサービスやカスタムアプリ、アップエクスチェンジのアプリを一覧表示できるiPhone&iPad専用アプリだ。開発にあたってはSNSアプリのユーザインターフェースやゲーミフィケーションの考え方が採用されており、ビジネス用途ながらもコンシューマー向けのアプリのように「行動がすぐに起こせる」直感的な仕様になっている。
そしてユーザごとに「カスタムアクション」としてトップ画面を変更できる。営業向けには「顧客データベース」や「サポート社員」との連携アプリだけ、人事向けには「休暇申請」や「人材募集」のアプリだけといった具合に、自分に必要な情報を即座に受け取り、行動に結び付けられるように工夫されているのだ。
セールスフォース1発表イベントで、同社CEOのマーク・ベニオフ氏は「常に『顧客だけのこと』を考えている」と発言した。コンシューマー/ビジネス問わず、常にエンドユーザを第一義に捉えた製品開発を行うアップルと何か似通うものがある。「BtoCという概念はもはや古いものです。企業にとってはスマートデバイスがデータを生み出しているように見えるかもしれませんが、すべてのデバイスの裏側には必ず顧客がいます。そんな時代においては、コンシューマーが顧客に変わるのです」とベニオフ氏。
ネット、ソーシャル、モバイルの普及は新たな購買層を生み出し、企業と顧客の関係を大きく変化させた。そんな今日の世界において、3つの“ファースト”を実現するモバイルアプリにこそ本当のチカラが求めれるのだろう。
セールスフォース1では、WEBブラウザ上からドラッグ&ドロップなどの簡単操作で多機能なモバイルアプリを作成できる。ブラウザ上で作業した内容はすぐにiPhone&iPadアプリ上に反映される。
行動をすぐに起こせるようにするにはユーザインターフェイスが重要だ。多くのメニューを表示するのではなく、ユーザごとに必要なアプリしか表示させない。そして、目を惹くアイコンの存在も重要となる。 |
セールスフォースの田崎純一郎氏。「現在はわずか20%程度ですが、2017年には業務アプリケーションの90%がモバイル化するといわれています。弊社ではiPadが登場した頃からいち早くサービスの対応を図ってきました」。 |
『Mac Fan』2014年2月号掲載