ノバルティスは、スイス・バーゼルに拠点を置く、世界140カ国に展開するヘルスケアのグローバル企業。日本をはじめ、ワールドワイドで2万5000台のiPadを利用する予定だという。
機動性を高めてMRが医師に会う時間を増やす
ノバルティスファーマは、世界140カ国に展開するスイスのヘルスケア企業ノバルティスの医薬品部門の日本法人。医薬品の開発・製造販売を行っている。同社は、今年の1月から約2300人いる医薬情報担当者(MR=MedicalRepresentative)の、ほぼすべての業務をiPadで行う体制に切り替えた。MR業務に関しては、基本的にPCをなくしていく(現在は移行措置として5人1台の共有PCを残している)。
これはノバルティスのワールドワイドな方針で、最終的には世界で2万5000台のiPadが使われる予定だという。「今はまだ移行期なので、いくつかPCが必要な業務が残っていますが、ほとんどはiPadでできるようになっています」と、iPad導入のプロジェクトリーダーを務める生沼洋二氏は語る。
「MR」は、医師や薬剤師などの医療従事者に、自社の医薬品やその関連情報を伝えるとともに、医療現場から有効性や安全性に関する情報を収集し、医薬品の適正な使用を図ることを主な業務としている。一方、MRの訪問相手である医療従事者は、医薬品を正しく使用するために正確で質の高い製品情報や安全性情報、最新の学術情報を求めている。このためMRの活動は、いかにして医師とコンタクトを取り、かつ効果的に情報を伝えられるかが勝負になる。
iPad導入の目的は、まずiPadの機動性を活かしてMRが医師に会う時間を増やすこと、そして医師にとって、よりわかりやすく魅力的なコンテンツを提供することにある。「従来のMRには、さまざまな内勤業務がありましたが、本来、MRの仕事とは、医療従事者に会って話をすることです」と生沼氏。同社では、オフィスのPCを使わずに自分のiPadで効率よく内勤業務がこなせるよう、社内システムを変更した。iPadの軽さと機動性の高さは、現場のMRにも好評のようだ。PCでは外出先でメールを読むだけでも時間がかかっていたが、iPadではすぐに読むことができる。1回にすればほんの数分の違いだが、2300人のMRが1日に何度もメールを読むことを考えると、時間削減の効果は大きい。もう1つの目的は、医師にとってよりわかりやすく、魅力的なプレゼンテーションコンテンツの提供だ。
MRのプレゼンが医療従事者に情報提供する際には、ルールを順守し本社が作成した資料を使う。資料の内容にきちんとした根拠があることはもちろん、コンプライアンス上のチェックもクリアする必要があるからだ。製薬会社にとって、クオリティが高くわかりやすい資料を使った情報提供活動が重要なポイントとなっている。
Veeva Systems社の「iRep」は、MRに特化した機能を持つCRMツールとして、同社のほかさまざまな製薬会社で導入されている。
顧客訪問のスケジュール管理などもiRep上で行う。そのほか、プレゼンテーション機能を使って資料を見せたり、顧客の反応などといった情報をまとめて管理する機能もある
MR向けのCRMツールでプレゼンの効果を分析
MR業務改革のキーとなるのが、iPadにインストールされている「iRep」というCRM(顧客関係管理)アプリだ。iRepには、顧客情報の管理機能に加えて、プレゼンテーション機能が内蔵されており、HTML5や動画などを駆使したインタラクティブなプレゼンが行える。さらに、このアプリではプレゼンテーションの反応を記録しておくことも可能だ。
「iRep を使うのは、どの医師にどのコンテンツをどんなルートで見せたか、そして各情報に対してどんな反応があったかをキャプチャすることが目的です。こうしたデータを蓄積、分析することで、地域性の違いや医師の状況などが把握できます。それに基づいてコンテンツに改良を加えたり、地域や医師の医師のニーズに合わせたコンテンツを展開していくことを狙っています」(生沼氏)
これは、マーケティングの世界ではCLM(ClosedLoopMarketing)と呼ばれる手法。現場で収集したデータを整理、分析し、コンテンツやMR活動にフィードバックし続けることで、顧客満足度を向上させていく。「iPadを採用した大きな理由の一つが、CLMが使えるiRep が対応していたことです」と生沼氏。
現在はまだシステムの運用を始めて間もないため、具体的な成果を語る段階にないが、将来的には、データの多角的な分析によって、どこを訪問するのが効果的かなどMR活動全体を支援できるようにしたいとのことだ。
同社のプレゼン資料の例。高画質な画面でインパクトのある資料を見せ、効果的なプレゼンができるのはiPadならでは。こうした資料の表示もiRep上で行う。
モバイルアイアンは、モバイルデバイスの紛失・盗難時などにリモートワイプやロックを実行したり、Wi-FiやVPNなどのプロファイルを配布することができるデバイス管理システムだ。
セキュリティの確保には難しさもある
iPadの導入で苦労している点は、
主にセキュリティの確保と端末の管理だという。「PCの場合はシステム部ですべてを管理することができますが、基本的にコンシューマー製品であるiPadでは、どうしても管理しきれない部分が残ってしまいます」と、iPadシステムの開発を担当する呉榮鏗(ウ ー ケン)氏。
これに関しては、端末の状態を監視する「モバイルアイアン(MobileIron)MDM」というデバイス管理システムの導入と、そのシステムによるVPNの設定、ユーザへのセキュリティ教育で対応している。その一方で、一部のアプリを除き、業務で使うことを前提にユーザが自分でアプリをインストールすることも認めている。例えば、キーノートが使いたければ、自分でアップストアから購入しても構わない。「ユーザが興味を持って使うことで、より早くiPadに慣れてもらえると考え、必要以上に厳しい制限はしていません」(生沼氏)。
そのほか、iPadからレーザプリンタへの出力など、解決しなければならないシステム上の課題はいくつか残っている。ただ、iPadのような新しいデバイスを活かすには、従来のやり方に固執しないほうがよいという。「PCと比べて業務に制限はありますが、iPadの機能を活かして、これまでの仕事のやり方を変えていってほしいと思っています」(呉氏)また、ノバルティスファーマでは、アップストアでも医師や患者向けのアプリを提供している。今後も、デジタル時代に合わせた、新しい情報提供のあり方を開拓していきたいとのことだ。
同社では、マイクロソフトの提供するドキュメント共有システム「シェアポイント(Sharepoint)」を利用している。そしてiPadからシェアポイント上の文書にアクセスするために「SharePlus」というアプリを利用しているという。シェアポイントへのアクセスもVPNを経由して行う。
同社情報システム事業部・マーケティング情報システム推進部の生沼洋二氏(右)と、コーポレートサービス部の呉榮鏗氏(左)。
『Mac Fan』2013年9月号掲載