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楽しんで使い、人を喜ばせることがiPad導入の秘訣

著者: 牧野武文

楽しんで使い、人を喜ばせることがiPad導入の秘訣

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千葉産業代表取締役の千葉紀彦氏。父親である先代社長から事業を継いだが、

経験のあるベテランが退職年齢を迎えるというピンチに。事業継承の切り札

として千葉さんが選んだのがiPadだった。

 

“経験”営業からの転換

千葉産業は、千葉県市原市に本社を構える機械工具部品を販売する社員数22名の中小企業だ。市原市には海岸沿いに京葉コンビナートなどのプラント工場があり、工具、補修部品、消耗部品などの需要が多い。

「定期的に商品を配送することもありますが、圧倒的に多いのは工事関係者からの注文を受けて、それを配達するというケースです。突発的な事故のときなどは、緊急で配達しなければならず、納期管理とスピードが求められます」(同社代表取締役・千葉紀彦氏)

この仕事には経験がモノをいう。なにしろ扱う商品は20万点以上。発注するプラント側はカタログを見て型番で注文するというのが基本だが、やはり喜ばれる営業は“ツーカーでわかる人”。「こないだのアレ、持ってきて!」で通じる人だ。「弊社は社歴が44年になりますが、ここにきて、創立からの経験豊富なベテランが引退するなど世代交代が進んできました。若い社員は商品知識は猛勉強しているものの、お客様のそのようなご要望になかなか応えられません。ただの御用聞き営業で終わってしまう恐れがあります」

このような問題意識を持った千葉氏が思いついたのがタブレット端末だった。「お客様目線の付加価値の高いカタログを作れば、経験のない若い社員でも、提案型の営業ができるのではないかと思いました」。商品カタログをタブレット端末の中に入れるというだけでなく、より付加価値の高いカタログをタブレット端末で作ることにより、この問題を解決できるのではないかと考えたのだ。

ここから千葉氏の猛勉強が始まる。会社で契約をしていた携帯電話はNTTドコモだったので、最初はアンドロイドタブレットを個人的に購入したという。しかし、遅い、動きがひっかかるということを感じて、これでは仕事には使えないと判断。しばらくして東京・銀座にあるアップルストアを訪れてみたところ「ストア内で説明を受けているお客さん、使っているお客さんが笑顔で楽しそうだったんです。これだな!と思いました」。すぐにMacBookエアとiPadミニを購入、使ってみて「これならいける」と感じたという。

それから千葉氏は、iPadを中心としたシステムをどうやって導入したらいいのか調べ始め、役立ちそうなセミナーには軒並み出席した。導入の決め手の一つとなったのが、株式会社ジェナが展開するアプリ開発プラットフォームの「シープ(seap)」だ。アプリ開発の知識なしでも、自社専用のアプリを低価格で作成できるこのソリューションを使えば、コンテンツを用意するだけで社内でさまざまなアプリを簡単に生み出せる。

さらに、この頃から新規に雇用する社員の特技も重要視するようになったそうだ。「元テレビマン、元イラストレーター、元携帯アプリ制作者といった人を採用していきました」。コンテンツ制作専任というわけではなく、事務職や営業職での採用なのだが、コンテンツ制作に役立つ特技を持っている人を優先的に採用していった。実際、シープで作成したアプリを拝見させてもらったが、映像の撮り方、写真の撮り方、イラストなどのクオリティが極めて高く、見ていて満足感がある。よくありがちな「素人が作りました」というレベルとはまったく違うことが一目でわかる。

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iPadは22人全員に支給されている。現在は、シープを使って会社案内などのコンテンツを作り、客先で紹介している。会社の特長を口頭で説明してもなかなか伝わらない。しかし、練られたコンテンツを観てもらうことで伝わりやすくなる。

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シープは法人利用でニーズの高いカタログやプレゼン、アンケート、サイネージなどのさまざまなテンプレートを収録しており、WEBブラウザを利用して手軽にアプリの形でコンテンツを作り込むことができる法人向けクラウドサービスだ。

 

どうせやるなら本気でやる!

「導入するうえで一番気になったのはセキュリティでした」。さまざまなセミナーに出席して、セキュリティだけは万全にしておかないと取り返しのつかないことになると感じたという。マルウェア被害による業務停止や客先の情報が漏れることなどがあったら、会社が吹き飛びかねない大惨事になるからだ。

そのため、本社とショールームを兼ねた店舗には専用線を引き、ファイアウォールなど万全の態勢を整えた。その構成図を見たが、それはまるで大企業が備えているような万全な作り。「特にセキュリティに費用がかかり、それに併せて販売店舗もショールーム風に大幅改装したため、トータルではかなりの費用がかかりました」。おおよその額を聞いたが、社員数22名の中小企業としては、かなり思い切った投資額だ。「やるのであれば本気でやらなければだめ。本気じゃなければ周りは動きません」。

千葉産業では従来から、独自開発の基幹業務システムを活用してきた。しかし伝票は手書きのままでこれをパソコンにいちいち入力していたのだという。「今回、基幹業務システムを作り直すと同時に商材のデータベースシステムも開発し、ファイルメーカーGoでiPadと連携させます」。客先で注文を受けたら、それをiPadに入力、そのまま基幹業務システムに反映されるようにする。「こうすれば商品の購入履歴がさまざまな角度から分析できます。経験の少ない社員でも、そろそろあの商品が必要になるはずだということがデータとしてわかり、攻めの営業ができるようになります」。

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千葉産業では、コンテンツを作成するのに関係する企業、人材の辞典を作成中で、「ナレッジブック」として地元向けに公開する予定。自社だけでなく、市原市の企業すべてがIT化できるようにという地元貢献の一環だ。

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スタッフ紹介コンテンツ。顔写真が入っているだけでなく、ゲームのキャラクターのように各人のITレベルがグラフで表示されている。このあたりの見せ方のアイデアはスタッフからどんどん出てくるという。

 

リーダーの本気度が導入成否の鍵

IT化が遅れ、今でもベテラン営業マンの経験がものをいう世界はたくさんあるだろう。そしてベテランたちが引退をする年齢になってパソコンによるIT化を試みたが、ベテランたちからの評判が芳しくないという話はよく聞く。「操作が面倒」「なぜ方法を変える必要があるのか」などの声が上がる。

しかし千葉産業では、その点を見越して準備を進めていた。社内講習会がその一つだ。IT化を牽引するチームの社員が講師を務め、パソコンやiPadの基礎、便利な使い方などをレクチャーしている。「ITの知識のある若手社員が、ベテラン社員に操作方法を教えるなど、普段とは逆の光景が見られます」。さらに千葉氏が社内講習に力を入れているのには理由がある。それは、この講習会を地域にも開放したいと考えているからだ。「地元にもこの楽しさを伝えたい。地域密着中小企業というのは地域に貢献してこそ存在する意味があるんです」。

同社のIT化は、今年から始まったばかりで、まだ具体的な成果を語る段階ではない。しかし、同社の事例から学べることは「やるのであれば徹底的に」ということだ。事前に徹底的に調べる。導入するなら中途半端なことはせず、思い切った投資をして徹底的に使いこなす。このリーダーの“本気度”に社員はついていくことになり、成功を呼びこむことになる。

大事なのは「iPadを楽しんで利用すること」だと千葉氏はいう。社員全員に配布したiPadにはMDMサービスを導入することで社員のセキュリティ面での不安を払拭し、自宅に持ち帰るなど自由に使ってもらっている。家で子どもと遊ぶこともあるし、友人とiPad談義で盛り上がることもあるという。「本人が楽しく使えなければ、満足いくアプリのコンテンツが作れるわけがないですし、営業もうまくいかないでしょう」。

千葉氏の目標は遠大だ。社内のIT化だけでなく、社員の家族、地域の人々にもiPadの楽しさを伝えようとしている。アップルストアでiPadを使っている人の笑顔が決め手になったという導入は、リーダーの直感と決意に後押しされるカタチで、会社のみならず周囲を変えつつある。

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千葉産業の仕事内容を紹介したコンテンツ。図は油圧ホースで、注文の長さにカットしたあと、口金を取り付ける。ところが、この口金の取付が甘いと、大きな事故につながるため、どのように作業を行っているかを紹介している。顧客に口頭や文字で伝えるよりも、映像で見せたほうが伝わりやすくなるからだ。

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いいアイデアなのがこのアンケート。客先に自社のイメージを評価してもらう。iPadなので入力するお客様は、どの項目をタップしたか見られずに済むため、リアルな自社の評価を知ることができる。

『Mac Fan』2013年9月号掲載