東神戸病院はベット数166床、外来患者数は平均400人の病院で、内科、外科、皮膚科、整形外科、神経心療内科、小児科のほか、ホスピスとリハビリテーションも行っている。
ベースとなるのはファイルメーカー・プロ
東神戸病院は、兵庫県神戸市の閑静な住宅地に位置しており、地域医療の身近な拠点として住民から支持されている。まだ紙カルテを使っており病院全体のICT推進はこれからといった状況だが、こと医療機器の管理においては、一足先にデジタル化が進んでいる。
2004年、同医院の臨床工学技士である島田尚哉氏は、それまで各部署で個別に管理していた医療機器を1カ所で集中管理し、必要に応じて貸し出す方式に変更した。管理する機器の例としては、正確な点滴を実施するための輸液ポンプなどの機器が挙げられるが、これらの機器は使用の前後に必ず点検が必要となる。また、使用の前後以外にも定期的な点検が必要で、使用履歴や修理履歴、部品交換履歴などの情報はしっかりと管理しなければならない。島田氏は、臨床工学技士としてこうした保守情報の管理を一手に引き受けていた。
同医院では、長い間マイクロソフト・エクセルで作成した紙の帳票でこれらの情報を管理していた。しかしこの方法では、機器を返却する際、紙の束から貸し出し時の記録を探し出さなければならない。また、大量の記録から日常点検が終わっていない医療機器を探し出すのも面倒だった。同医院ではこの煩雑さを解決すべく医療機器管理ソフトの導入も検討したが、専用のものは数百万円もするためなかなか導入に踏み切れずにいた。ちょうどそんなとき、他病院の臨床工学技士が、データベース作成ソフトの「ファイルメーカー・プロ(FileMaker Pro)」で医療機器管理を行っていることを知り、島田氏自身も使ってみることにした。
「楽しかったですよ。触り始めたらなんでもできそうな気がして、いっそ数百万円の市販品を超えるもの作ってしまおうと思いました」と島田氏は当時を振り返る。ファイルメーカー・プロを初めて触るにもかかわらず、スクリプトを埋め込んだ手の込んだデータベースをわずか1週間で作り上げてしまったというのだから驚きだ。こうして出来上がったのが、医療機器管理システム「ロメオ」だ。これにより帳票への記載や転記によるミスがなくなり、日々の点検や定期保守が抜け落ちることもない真の一元管理が可能となった。他院の臨床工学技士にもロメオを配布して使用してもらったところ、非常に好評だったという。
iPadとの出会いによって持ち運びが可能に
とはいえ、ロメオだけであらゆる機器情報が管理できるわけではなかった。例えば人工呼吸器は、保守の記録とは別に、患者一人一人に対してどのような設定で機器を動かすかといった運用時の設定を管理する必要がある。この設定は病室に置かれた人工呼吸器の前で記録・参照しなければならず、PC上で動くデータベースでは限界があった。そのため、ロメオの運用を開始したあとでも、人工呼吸器に関してはこれまでどおり紙の帳票を使って設定チェックを行っていた。
しかし、人工呼吸器の設定内容は、患者のカルテに転記したり、患者の状況を分析する際にPCへも入力する。島田氏は、何度も記入・入力を行う煩雑さを解消したいと思っていた。そんなときに出会ったのがiPadだった。
「iPadを見たとき、人工呼吸器の管理に最適だと思いました。しかし、さすがにiPadアプリを開発するスキルはなく、何かよい方法はないかと思っていたとき、他院の臨床工学技士がiPadとファイルメーカーGoで動く医療機器管理システムを見せてくれたのです」
ファイルメーカーGoは、ファイルメーカー・プロで作ったデータベースをそのままiPadで表示できる無料アプリだ。人工呼吸器の管理システムをファイルメーカーGoで動かせば、病室でも設定の確認や記入ができるようになる、そう感じた島田氏はさっそくiPadの購入を決意。そしてiPadを手に入れると、すぐさま人工呼吸器の設定を管理するためのシステムを作り始めた。
「ファイルメーカー・プロで作成したデータベースを読み込ませるだけですぐに動くのはファイルメーカーGoの優れた点ですが、実際に作ってみると限られた画面上で効率よく入力できるようにレイアウトを工夫しなければならないことに気づきました」と苦労を語る。これまた1週間ほどで人工呼吸器管理システム「人工呼吸器タイム」が完成し、2012年に運用を開始した。
人工呼吸器は患者を助けてくれる医療機器である一方、患者にとって異物でもある。使用することで肺炎が発症することもあるため、なるべく早く自発呼吸に切り替えたい。そしてその手伝いをするのも、臨床工学技士の重要な業務だ。iPadと「人工呼吸器タイム」によって患者の状態が観察できる場所で記録することは、患者の早期回復の手助けにもつながるという。
通常はこうしたシステムを作るとき、大概なんらかの管理サーバを介したシステムとなるが、Wi-Fiネットワークなどインフラからの構築となるため非常に高コストとなる。対して同医院のケースは、iPadを母艦となるマシンと接続してiTunesでデータを同期する仕組み。管理サーバやWi-Fiを介さないことで、低コストでシステムを実現した。この事例を見ると、ひょっとすると我々は無駄にシステムを複雑にしているのではないかとさえ思えてくる。
「今後は人工呼吸器タイムに医師の監修を取り入れてさらに進化させる予定」だと島田氏は語る。また、褥瘡(じょくそう。患者が同じ体勢で横になり続けることで体の一部が壊死すること)予防といった看護師向けのデータベースや、自分の状態を記録してもらうマイカルテのスマートフォン版など患者向けのデータベース作りにもトライするという。島田氏による「DIY(Do It Yourself)」で小回りの利く医療改革は、今後もますます進んでいきそうだ。
安全管理推進室(ME機器管理室) 臨床工学技士・看護師の島田尚哉氏。もともと看護師として入職したが、臨床工学技士の国家資格を取得し現在の業務を行っている。島田氏の看護師という側面が、患者視点での人工呼吸器の取り組みを実現したのだといえる。
ファイルメーカー・プロを使用して作成した医療機器管理システム「ロメオ」のメイン画面。使用履歴、修理履歴、部品交換履歴などが一目でチェックできる。
「ロメオ」は、ミスなく簡単に貸し出し機の登録ができるようバーコードリーダとセットで使用される。Wi-Fiなどのシステムは組んでおらずスタンドアロンで動作する。ちなみにディスプレイ右側の取っ手のある箱が輸液ポンプだ。
写真左側の機械が人工呼吸器。人工呼吸器がちゃんと動作しているか、各種設定が正しいか、また患者さんの状態を前回訪問時の状態と比較して設定に見合った結果が出ているかの観察を行い、さらに痰がからんでいる場合には吸痰も行う。
「人工呼吸器タイム」の基本画面。患者の側で立ったまま入力するのが基本姿勢なので、ほとんどの入力は片手で行えるよう、入力欄をタップすると表示される選択肢から選ぶ方式となっている。患者の氏名などは母艦PCにつないだ際に取得する仕様で、ネットワークのない環境で使用できる。
現代の医療の現場においてカメラのもたらす恩恵はとても大きい。通常のデジタルカメラだけではあとで整理するときにデータを取り違えてしまう危険があるが、iPadのカメラであればデータベースに直接写真を取り込める利点がある。人工呼吸器タイムでは、画面の表示や患者の状態変化などどんなことでも写真で記録できる。
人工呼吸器を使用している患者さんは非常に密な看護が必要となる。「人工呼吸器タイム」には人工呼吸器を使用している全患者の状態を把握できるので、RST面でも有用だ(Resperatory Support Team=患者さんが早期に人工呼吸器を外せるよう病院で組織する専門チーム。客観的データに基づいて医療スタッフをサポートする)。
iPadを使用して病棟で入力したデータは病室から戻ったあとiTunesを介して母艦PCのファイルメーカー・プロに取り込める。ここで収集したデータは医師と共有してさまざまな決定を行う材料となる。人工呼吸器タイムは医師に報告するためのレポート作成機能があり、プリントアウトして直接患者さんの紙カルテに貼り付けている。アナログな方法だが共有の手段としてはもっとも強力だ。
『Mac Fan』2013年8月号掲載
※記事と連動して、記事で紹介したFileMakerデータベースファイル「人工呼吸器タイム」を公開します。使用上の注意をご確認のうえ、ダウンロードしてご利用ください。