eduのみならずAxAWのすべてのメイン会場となる米国テキサス州オースティンのコンベンションセンター。
SxSW
SxSWというイベントをご存じだろうか? そしてこれをどう読むかおわかりになるだろうか?これは「サウスバイサウスウエスト(South by South West)」といい、現在ではネット企業やコミュニティがこぞって参加する世界最大規模なIT業界の「お祭り」である。
SxSWは米国テキサス州オースティン市のダウンタウンをメイン会場に、毎年3月に開催される。この時期のオースティンはまさにSxSW一色となり、街中がこのロゴと世界中からやってくる人たちで埋め尽くされる。特にここ数年のスマートフォンアプリの勃興により、大企業だけではなく、ベンチャー企業や個人までが参加するようになった。もともと音楽の見本市であったSxSWは、映画やゲームなどのエンターテインメントが参入し、「インタラクティブ」と称してのIT関係のイベントも付加されてその規模をどんどん大きくしてきている。
そして昨年から新たにそのラインアップに加わったのが「教育」だ。「SxSWedu」と銘打ったいわば「教育の祭典」。ITなどを用いた新たな教育や学習サービスなどによって世界を革新していこうというスピリットそのものをコンセプトにしている。なので、旧態依然とした教育企業やeラーニング企業はどこにもいない。つまり「新たな教育産業」を構成しようとする人たちが結集する場なのである。
4日間開催されたSxSWeduでは毎日さまざまな発表やパネルディスカッションなどが開催され、熱い議論を交わす人たちで会場はむせ返るような雰囲気だった。全体として目立ったのはやはりモバイルシフトだ。ほとんどのサービスはモバイルをベースにしたサービスやアプリを用意している。これは翻るとこれまでの教室と机という教育におけるアイコンともいえる存在を否定している。それがゆえに教育のアナログさを思想として抱える人たちや、既存のサービスを提供する企業にしてみれば「眼の上のたんこぶ」と映るのかもしれない。
このようなリラックスしたムードでパネルディスカッションは行われるが、それぞれが独自の立場で丁々廃止のやりとりが行われることも。
エデュテックというムーブメント
さて、このSxSWeduに参加していた企業は総称として「エデュテック(edtechもしくはedutech)」と呼んでカテゴライズされている。いわゆるテクノロジーを用いて教育や学習のためのサービスやツールなどを開発する企業や人たちである。その特徴として、徹底的なテクノロジーの活用がある。
エデュテックシーンにいる人は教育業界の外にいた人たちが多い。特にベンチャーにおいてはその傾向が高い。学校の先生や教育企業などの枠の中にいるのではなく、外の世界から見て教育業界の非効率性や不採算性をテクノロジーの力で解決したり、その市場可能性や社会性に魅力を感じた人たちが参入を果たしている。
そしてこのシーンを牽引したのは、iPhone、iPadであることは誰に聞いても納得してもらえる事実だと思う。実際、会場においての企業の展示やプレゼンテーション、パネルディスカッションにおいて彼らのサービスとして紹介されたのはiPhoneやiPadをプラットフォームとしたものであった。少なくとも私が見た中ではほぼ100%であったといってもいい(イベント最終日に行われたビル・ゲイツによるキーノートスピーチは別だが)。
タッチデバイスはその画面サイズに制限があるように思われるが、かえってその制限から生まれる入力方法の多様さはPCからの呪縛を解いた。「タイプとマウス」から指でのタッチ、そして端末の携帯性と各種センサ類は、アイデアと情熱によって新たな学びや教育のスタイルを生産することに大きく寄与している。
そしてiPhoneやiPadなどの端末が付加したのは「見栄え」という要素だ。デザインのクールさやユーザビリティといったこれらの要素はこれまでの教育ツールなどではあまり重要視されてこなかった新たな視点だ。日常性が増えた携帯端末においてはその画面のサイズこそが利用における生命線ともいえる。
機能においてもある一点だけに特化し深堀できる。これまでの学習管理システム(LMS)や学習ツールは総花的すぎたといえる。つまり、すべてをカバーしようとするあまり一つ一つの機能などは浅いものになり、結果的には使いずらかったり、なくてもいいようなものとして認識されてきた。しかし、ここにベンチャーの効用ともいうべき、一部を徹底的に研究し尽くされたサービスやツールが入ってくれば、圧倒的にその効果を発揮するものとなる。
筆者の発表風景。アジアからの正式な招待は我々だけで、しかも内容が内容なだけにかなり注目を集めた。
日本のエデュテック
デジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏専任教授は今回のSxSWeduに参加した数少ない日本人であり、その盛り上がりを粒さに見ていた。
「全体の傾向としては理数系の教育、そしてロジカルシンキングを鍛えるためのサービスが多く、その背景には開催国である米国の教育の現状を反映しているように思います」
米国では現在、公教育に大きな問題を抱えているとよくいわれる。その中でも特に格差社会そのものをテクノロジーやスタートアップの力を使って解決しようとしているという。
「iPadなどの端末の採用が多くの学校でも行われていますし、そこへ政府や財団、ベンチャーキャピタルの資金が大きく流れ込んでおり、いわば『エコシステム』として機能し始めています。米国の場合はエデュテックが社会問題の解決という使命をすでに担っていることに驚かされました」
では日本ではどうなのだろうか。実はすでにエデュテックベンチャーが生まれ始めている。佐藤教授はそのシーンにいち早く着目し、自らそれらのベンチャー企業を紹介するイベント「EdTech JAPAN Pitch Festival」を主催して、日本においてその萌芽を見てきた。日本においてエデュテックはどのような意味を持つのだろうか?
「日本ではエデュテックスタートアップが果たす役割がまだ社会的に認知されていません。それは会社自体というより、大きなエコシステムが存在していないからです。その中で課題設定が醸成されていくように出来上がればいいと思っています」
日本では教育はある意味、外部の人間には足を踏み入れるのが難しい「聖域」である一方、残されたデジタル化がなされていない大きな「市場」でもある。テクノロジーという武器を携えた若きベンチャーが挑むことで、この国に大きな変革を起こす機会を生み出すかもしれない。
文:山脇智志
ニューヨークでの留学、就職、企業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。
『Mac Fan』2013年6月号掲載