6割はすでにビジネス利用
知的生産性を上げるクラウドメモサービスとして定評のある「エバーノート(Evernote)」。単なる備忘録としての枠を超え、蓄積したメモから自分のアイデアを発展させるのに使えるのが一番の人気の理由だ。いつでもどのデバイスからでもさまざまな形式のメモが記録でき、取ったメモは振り分けられたタグやキーワードを手がかりにすぐに取り出せる。エバーノート社CEOであるフィル・リービン氏が同サービスを「自分の脳の延長」と繰り返し強調するように、すでに自分のデジタル外部記憶として愛用しているユーザも多いはずだ。
ここに興味深いデータがある。サービスインしてから約4年が経過したエバーノートのアクティブユーザを調査したところ、66%が仕事においても利用しており、そのうち15%は会社からの指示によるものだったが、85%は自発的に利用しているのだ(同社調べ)。つまり、ビジネスパーソンへのエバーノートの浸透はすでにかなり進んでいるといってよい。
こうした背景を受けて2012年12月4日に世界7カ国で新たに提供開始されたのが「エバーノートビジネス」である。主にスモールビジネスやグループワークでの情報共有・発見に重きを置いたサービスで、エバーノートジャパンのジェネラルマネージャー・井上健氏は「エバーノートがパーソナルなツールであることには変わりませんが、個人が持つ情報と会社全体で共有する情報の橋渡しを行い、知識や知恵を組織全体で活かすために開発した」と同サービスの狙いを語った。
具体的には会社のアカウントを作成した管理者がメールでユーザを招待すると、ユーザは会社用の「ビジネスノート」を利用できるようになる。iPhoneやiPad、Macなどのクライアントアプリには個人のノートとビジネスノートが合わせて表示される。さまざまな情報を蓄積した個人ノートはそのままに、仕事に関することはビジネスノートに集約する、といった使い方が可能になる。
そして、このビジネスノートはメンバー全員が閲覧可能な「ビジネスライブラリ」へ公開可能だ。例えば、「○○企業の情報」といった資料を公開しておけば、メンバー内で手軽に情報共有することができる。これまでのエバーノートもノートの共有が可能だが、共有したいユーザに対して都度メールを送って招待する必要がある。その点、エバーノートビジネスならば単にビジネスライブラリへ公開するだけでいい。社内規定集や業務マニュアル、オフィス備品一覧など、会社やグループ内で共有すべき情報をビジネスライブラリに登録していくことで、知識や情報をどんどんと蓄積していくことが可能だ。
さらにユニークなのが「関連ノート」という機能だ。ノートを作成したり、WEBを検索したりするたびに、エバーノートから関連性の高いノートを自動的にピックアップしてくれる。自分が過去に作ったノートや同僚が作ったノートなどとの偶然の出会いがあり、知的生産性を高めることができる。
エバーノートビジネスは、ユーザ1人あたり月額900円(ボリュームライセンスのような販売形態はない)。個人ノートは毎月2GBまで、社内全体で共有するビジネスノートは2GB×利用ユーザ数までアップロード可能だ。すでにエバーノートの個人用アカウントを所有している場合はビジネス用アカウントに自動的にアップグレードされる。
現場からの発案で開発
その開発の経緯も興味深い。同社の製品開発のポリシーは「自分たちが使いたいと思うものを自分たちで作る」(Build for Ourselves)というもの。つまり、サービス開始から4年で全世界で300名弱の従業員を擁するまで急拡大した同社が、自社の情報共有のために開発したサービスがエバーノートビジネスなのだ。
「エバーノートでは、入社初日から全力で働かされました(笑)。ベンチャーなので、業務に必要な資料や会社の規定集などが一箇所にまとまっていないわけです。このようなとき、エバーノートビジネスに情報や資料が蓄積してあればとても便利ですよね。また、世界中に広がる他の社員との情報共有にも便利ですし、関連ノートを使うことで、同僚や前プロジェクト担当者が作成した資料なども見つけることができ、個人ならびに社内全体の仕事のアウトプットを高められます」
iPadとの親和性の高さ
エバーノートにいわゆる「競合」と呼ばれるサービスはないと井上氏は語る。
「例えば一般的には機能が似ているとされるオンラインストレージサービスと併用することも可能ですし、むしろ補完的な関係にあるといえるでしょう。ただ、強いていうならばCMSであるWikiやイントラネット、グループウェアの一部を置き換えていくかもしれません」
現在、iPadをビジネス導入する企業が増えているが、エバーノートビジネスを社内共有ツールとして利用するという選択肢も十分あり得る。というのも、大企業であれば独自の情報管理システムやアプリを導入するケースはあるが、中小規模の組織では開発コストの高いものは敬遠されるし、導入に際しても使い方のレクチャーなど多大な労力がかかる。ところが、エバーノートビジネスであれば、すでに個人用のエバーノートの使い方を知っているスタッフがいればよいので導入の敷居が限りなく低い。
また、エバーノートビジネスのデータはクラウドで管理されているため、今後新しいiOSデバイスが登場しても柔軟に対応できることも大きなメリットだ。
さらに、用途がビジネス向けといっても、エバーノートビジネスはコンシューマプロダクトの視点で開発されている。使い方や基本的な機能は通常のエバーノートと共通であるため、一度エバーノートを使ったことがあるユーザならばすんなりと使い始めることができる。これまでのノウハウを引き継いでスタートを切れるという点がほかの企業向け情報共有サービスと大きく異なる点であり、iOSデバイスと連携することで現場から主体的にワークスタイルを変革する機運を高めることにもつながるだろう。
エバーノートジャパン ジェネラルマネージャーの井上健氏。「エバーノートビジネスをどのように使うのかは人それぞれ会社それぞれでいいと思っています。現場からの声で使いやすいツールを選び、自分たちが望むように使っていくことが自然な流れです」
通常のサービスは開始時を100%として、時間経過に伴ってアクティブ率が暫減していく。だが、エバーノートは平均2割、3割で底をうち、4年も利用すると4、5割にまで再上昇している。使い込むことでそのメリットが再認識されるという特異なサービスであることがわかる。
エバーノートビジネスをiPadで表示したところ。参加すると、すでに利用している個人のノートブックに加え、ビジネスノートブックが並列で表示される。誌面ではわかりにくいが、個人のノートブックは茶色、ビジネスノートブックは灰色で表示される。
エバーノートビジネスはMacで表示することも可能だ。「ビジネスライブラリ」では社内で共有すべきビジネスノートブックが一覧表示され一元的に管理できる。社員としての自分が[参加]したビジネスノートブックにはチェックマークが付けられる。
クローム拡張ではグーグルの検索結果に個人のノートとビジネスノートでそれぞれ関連性の高いものが自動的に選ばれて表示される。ここで同僚が作ったビジネスノートも参照可能で、社内での知識の共有がスムーズになる。
ビジネスノートへのノート追加など基本的な操作方法やユーザインターフェイスは、これまでのエバーノートとほとんど共通。そのため、新たに参加した社員へのレクチャーなどの負荷は低く、iPadなどからでもスムーズに利用できる。
管理者はWEBブラウザの「管理コンソール」から一括管理できる。ユーザの追加やノートブックの管理、請求情報など最低限のメニューとなっており非常にシンプルで使いやすい。利用料金もユーザ1名あたり月900円のみというシンプルなプランで、毎月2GBのアップロード容量が利用できる。
文:栗原亮
『Mac Fan』2013年2月号掲載