Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

在宅医療に欠かせないスタッフ間の情報共有をどう解決するか

著者: Mac Fan編集部

在宅医療に欠かせないスタッフ間の情報共有をどう解決するか

在宅医療で求められる情報の共有

「在宅医療では、これまで病院などの施設で行っていた医療を地域で担います。そこでは関わるメンバーが同じ情報を共有できることが重要になってきます」

そう語るのは、桜新町アーバンクリニックの院長を務める遠矢純一郎氏。在宅医療とは、通院困難な患者の自宅もしくは老人施設などを訪問して行う医療のことだ。高齢化社会となって通院困難な患者が増えてきた今、医療の主戦場ともいえる分野になってきている。

在宅医療では、医師や看護師、さらに薬剤師や介護ヘルパーなど、他職種かつ複数の事業所に所属するスタッフが連携し合いながらチームとなって患者を看ていく。その際、患者の今朝の容体はどうだったのか、どんな治療を行ったのかなど、その患者に関わる情報を関係者全員が共有し、連絡事項をしっかりと伝え合う必要がある。これまでは、患者宅に大学ノートを置き、関係者がそこに書き込むことで情報共有を図っていた。しかし、紙のノートによる情報共有は、いくつかの問題を抱えていた。

まず1点は、患者宅に行かなければそのノートを確認できないという問題だ。患者宅から緊急の電話があったときでも、前の往診以降どのような変化があったのかを確認できないのだ。そしてもう1点は、患者の情報が1つにまとめられないという問題だ。訪問医師は往診時に患者宅のノートに診療内容などを書き込み、医院に帰ってから患者宅のノートに書いた内容と同じことをカルテにも記入する。これは二重の手間がかかってしまう。

こうした問題を解決するため、遠矢医師は患者の情報を共有するためのアプリ「EIR(エイル)」を考案した。書き留めた内容をクラウドに送り、その患者に接する医療スタッフがどこからでも内容を確認できるようにしたのである。

「在宅医療では、宿直体制で24時間緊急のコールに対応できる仕組みを整えていますが、こうした体制では担当以外の患者に対応する必要も出てきます。EIRがあれば、そんなときでも患者がどんな状態だったかを確認でき、事前に準備ができます。状況よっては電話でのケアで済むこともあります」

 

医療に特化した情報共有システム

遠矢氏は、最初は汎用のグループウェアで情報の共有を実現できないかと考えたそうだ。試行錯誤も行ったが、やはり医療に特化した項目形態が必要になってきたという。そんな折、偶然にも看護師の家族にグループウェアを作っている人がいて、その人と相談しながら出来上がったのがEIRなのだ。

EIRでは、体温や血圧、注射や点滴などの治療内容を書き留められるほか、医師が訪問看護施設に対して訪問看護指示書を作成することもできる。iPhoneアプリだけでなくアンドロイド用のアプリも公開されているほか、WEBブラウザを介してPCやフィーチャーフォンからでも内容の確認・入力が可能だ。SSLによる通信、VPNによるセキュア接続などセキュリティ面も配慮されている。

さらに遠矢氏は、EIR上のデータベースを補完するために、医院内で運用している電子カルテの内容をEIRに転送する仕組みも作り上げた。介護ヘルパーなど院外の人も閲覧するというEIRの特性上、転送する情報は取捨選択できるようにもなっている。

実は、同医院とEIRについては、1年前も本誌で取り上げたことがある。そのときはまだ運用が始まったばかりの頃で、EIRの内容を紹介するにとどまった。それから1年、EIRは現場でどのように運用されてきたのだろうか。

 

絵に描いた餅になってはいないか

こうしたツールを使ううえでの懸念事項は、情報を共有すべきメンバー全員が本当に活用できているかどうかということだ。システムを作っても、特定のスタッフだけが活用するのでは意味がない。EIRが迷わずにすぐ活用できるツールだと感じたのか否か、同医院の看護師を務める尾山直子氏に尋ねてみた。

尾山氏は、同医院に入ってまだ1カ月ほど。EIR上に入力することはまだほとんどなく、現状は内容の確認が主だというが、いずれにしても操作に戸惑うことはなかったという。尾山氏はもともとiPhoneユーザでありデバイスに対する馴れはあったのだろうが、少なくともアプリを使ううえでの困難はなかったようだ。

同医院では、EIRの操作マニュアルは作成していないという。看護師長を勤める片山智栄氏は、マニュアルの必要性は得に感じなかったと語った。アカウントの登録など最初のステップは戸惑う可能性があるが、その部分は事務側で対応しているという。

一方、介護ヘルパーなど院外のメンバーも、目立った問題はなく運用できているという。EIRはメールで情報を投稿できるため、活用の敷居はそれほど高くないのだ。同医院では医師と看護師全員にiPhoneを配備しているというが、利用に関しては必ずしもiPhoneは必要ない。確認も携帯電話のWEBブラウザから見ることができる。EIRは緊急の情報にフラグを立てることもでき、見忘れを防ぐ機能もある。

なお、EIRは医療・介護スタッフだけでなく、患者の家族の利用も想定しているが、現状では、まだ患者の家族はあまり利用していないという。この点は今後の課題といえ、よりいっそうの理解と浸透が必要だろう。

 

誰でも医療を変えるキーマンになれる

EIRは同院のみで運用される専用アプリではない。遠矢氏の発案で実現したアプリだが、提供を行っているのは開発・運営会社のエイルであり、同院以外にも各地に活用の輪が広がっている。遠矢氏によれば、薬剤師が中心となってEIRの導入を進めている地域もあるという。

従来は、医師が薬の処方をファクスで薬局に送り、調剤したものを患者宅に届けるという方法をとっていた。これだけではどの薬が必要なのかだけしかわからないが、EIRを使うことで、患者がどんな病状でどんな経過を辿っているのかを薬剤師側でしっかりと理解できる。さらに薬の飲み方に関しても、EIRを通じて患者の家族や介護ヘルパーなどに伝えられるようになる。

医師ではなく薬剤師がインフラ変更の主導者になるというのは意外だが、ITの改革により、これからは誰でもキーマンになれると遠矢氏は締めくくった。

「今まで医師が主導になっていたのは、やはり医師が多くの情報を持っていたという理由が大きいと思います。EIRなどのツールによって情報がフラットになっていくことで、誰もがキーマンになれる。それが医療改革の一つの形だと思います」

343med01.jpgこれまでは、大学ノートを患者宅に置くことで、患者に接するスタッフの情報共有を行っていた。しかしこの場合は患者宅に行くまでは確認ができないうえ、ノートに描いた内容を医院に戻ってカルテに転記するという手間がかかっていた。

343med02.jpg

EIRの仕組みと医療・介護スタッフの相関図。それぞれのスタッフが気づいた点などを迅速に連絡し合い、情報を共有できる。(出典:EIR

343med03a.jpeg343med03b.jpeg

EIRのインターフェイス。カメラを使って画像をアップロードすることも可能だ。iPhone用アプリだが、iPadで使っている人も多いという。アプリ自体の価格は無料。

343med04.jpg

左から、桜新町アーバンクリニック院長の遠矢純一郎氏、同院看護師長の片山智栄氏、看護師の尾山直子氏。同医院では約130人ほどの患者をEIRに登録しているという。

343med05.jpg

EIRはWEBブラウザからログインして内容の確認・情報の記入を行うこともできる。WEBブラウザがあれば、フィーチャーフォンからでも利用できるというわけだ。

『Mac Fan』2012年12月号掲載