今、ウェルビーイング(従業員の心身の健康や社会的な幸福感)がもたらす影響についての研究・調査が盛んに行われている。そんな環境のなか、Apple Watch を活用して社員のウェルビーイング向上を図ろうとするのが日清食品グループだ。同社では希望する社員にApple Watchを貸与し、従業員の心身の健康をサポートしている。
企業の成長は従業員の健康から
日清食品グループは、チキンラーメンやカップヌードルといった代表的なプロダクトをはじめ、チルド・冷凍食品、飲料、菓子などを国内外に展開する食品メーカーだ。2018年、同グループは重要な経営課題に「全従業員の健康維持と能力の最大限の発揮」を位置づけ、「日清食品グループ健康経営宣言」を策定した。この宣言に基づいて「従業員の『ウェルビーイング』と高いパフォーマンスの同時達成」をビジョンに掲げている。ウェルビーイングとは「従業員の心身の健康や社会的な幸福感」を指しており、これを実現するためにさまざまな施策を進めている最中だ。
2022年4月、同グループの中核を担う事業会社である日清食品株式会社では、従業員のウェルビーイング推進を加速させるために「ウェルビーイング推進部」を新設した。同推進部でウェルビーイング企画室の室長を務める箕原毅氏はこう話してくれた。
「新たな組織の立ち上げにあたって“カラダの健康”“ココロの健康”“成長実感”という3つを充実させることが、日清食品で働くうえでのウェルビーイングであると定義しました。それぞれの要素はもともと日清食品のなかで大切にしていたものではありますが、我々はこれらをより充実させることを目指しており、組織の生産性を高めることをミッションとしています」
同グループは、日本各地の拠点に多くの従業員を抱えており、施策を効率的に進めるためにはデジタル技術の活用が不可欠となる。日清食品株式会社の場合は、オフィス勤務の従業員を対象にすでにiPhoneを貸与している状況であったため、データを連係させて日々の活動量やヘルスケア情報を集約できるデバイスとしてアップルウォッチに注目した。
「従業員にアップルウォッチを貸与するにあたり、我々ウェルビーイング推進部が展開する健康増進プログラムに参加することを条件に設けました。デバイスの管理やアプリケーションの利用は従業員それぞれに任せており、自由に活用してもらっています。また、我々のような管理者が閲覧するデータは日々の活動量や心電図など一部に限定しています」(箕原)
市場では多くのヘルスケアデバイスが展開されている。そのなかで同社がアップルウォッチを選んだ理由は、先述のiPhoneの普及状況に加え、データ管理の安全性やセンサ精度の高さも影響を与えたという。
「現在、我々はアップルウォッチで測定した心電図データから、日々の『プレゼンティーイズム』を数値化することに取り組んでいます。プレゼンティーイズムとは、健康問題を抱えながら仕事をしている状態のことです。現在は年に一度のアンケートで測定しているのですが、日々の状態を把握できないですし、主観に左右される面があります。これらの問題を解決すべく、アップルウォッチで計測した心電図データをもとに慶應義塾大学との共同研究を進めています」(箕原)
運動の習慣化を図る
日清食品では、適切な食事と運動に支えられた“カラダの健康”と、過剰なストレスがなく働ける“ココロの健康”、そしてエンゲージメントが高い状態で仕事に取り組むことで得られる“成長実感” といった3つを充実させることが、ウェルビーイングを実現するための要素と位置づけている。そのうち、カラダの健康の実現には良質な運動・睡眠・食事が重要な要素で、ココロの健康にはメンタル不調の予防が欠かせない。この2つの課題を解決するためにアップルウォッチを活用しているというわけだ。
現在はアップルウォッチを活用した2つのプログラムを進行中で、1つは前述したプレゼンティーイズム測定に関する研究。そしてもう1つが、従業員の運動を習慣化させる取り組みだ。
これを実現するため、従業員に配付しているiPhoneとアップルウォッチに「ウェルネス・エール(Wellness Aile)」アプリを導入している。これを利用することで、アップルウォッチによって「ムーブ」「エクササイズ」「スタンド」といった主要な3つのアクティビティを取得し、手元のiPhoneから自分の状況を確認できるのが特徴だ。同室の主任である中橋悠氏は、導入時の第一印象をこう話してくれた。
「運動したほうがいいと頭ではわかっていても、きっかけがないと行動につながりません。ウェルネス・エールで自分の運動量が可視化されたことで、『私はこんなに動いていないんだ!』という現実に驚かされました」
さらに、同アプリには運動量を増やすためのインセンティブや、チーム制のランキング機能などが搭載されている。
「目標の達成度に応じてアプリ内で使えるコインが付与され、貯まったコインはインセンティブと交換できます。当初はギフトカードのみを用意していたのですが、現在は社会貢献につながるメニューも加えており、国連WFP(世界食糧計画)への寄付も選択可能です」(箕原)
チーム編成は所属する部署単位が基本で、同じチームに所属するメンバーの記録を見ることができる。また、全体のランキング機能もあり、参加メンバーそれぞれの成績を見られる仕組みとなっている。こうすることで、「今月、マーケティング部の○○チームはたくさん歩いているな」とモチベーションが芽生えることもあるそうだ。
また、定期的に同アプリを使ったイベント企画も実施しており、直近では通常の部署単位でなく年代ごとにチームを分けたという。そのチーム単位で結果を競い合ったことで、社内ネットワークの広がりや、コミュニケーションの活性化にもつながった。
改善の成果をデータで確認
運動習慣化のプログラムに参加したメンバーの活動データはウェルビーイング推進部で集計され、その成果が分析されている。たとえば、前述のイベント実施期間の運動量の変化を調べると、アクティビティリングの完成数や1日の消費カロリー数の平均値は、イベント実施前と比較して30%増加した。さらに平均値の向上にとどまらず、イベント実施前に活動量がもっとも低かった参加者群の消費カロリー数が3~5倍に増加するといった結果も確認されたという。
また、同アプリを導入して3カ月後に行ったアンケート調査では、「運動習慣がついたので利用を継続したい」「『アクテビティ』アプリのリングを完成させることが達成感につながっている」といったコメントが寄せられ、回答者の70%が日常の行動や健康状態にポジティブな変化を感じられたという。さらに、30%には「アイデアが浮かぶ」「やる気が出る」といった仕事への好影響が現れた。
「ウェルビーイングは“状態”を表す言葉なので、定性的なイメージとして捉えられることが多いと思います。しかし日清食品では、これを“イメージ”ではなく“データ”として客観的に数値で捉えることに挑戦しており、そこにアップルウォッチを活用していきたいと考えています」(箕原)
今後の展望として、箕原氏はワークエンゲージメントなど、ほかのデータとの相関分析を進めたいと抱負を述べる。
「今後は、仕事の生産性に対する効果の分析を進めたいと考えています。そのために、アップルウォッチの利用率を現在の約70%以上に高めたいですね。また我々の事業領域である『食』に関連するところでいうと、アップルウォッチに血糖値測定機能が搭載されたら面白いことができそうだとも思っています」(箕原)
ウェルビーイングを数値化するのは非常に難しい。しかし同グループでは、Apple Watchを活用して心電図やアクテビティに関するデータを取得することで、定性的なイメージではなくデータとして客観的に捉えようとチャレンジしている。
Well-being事業部で企画室長を務める箕原毅氏と主任の中橋悠氏。「“カラダの健康”“ココロの健康”“成長実感”という3つを充実させることが、日清食品で働くうえでのウェルビーイング(肉体、精神、社会的幸福が満たされた状態)と定義しました」(箕原)
日清食品では、運動量のアップを促す社内イベントを実施している。2023年2月から2週間実施されたイベントでは、Apple Watchのアクティビティリングを完成させた数が1人あたり平均10%向上するなどの効果が確認された。
Wellness Aile
【開発】Wellness Aile
【価格】無料(別途、法人契約が必要)
運動の習慣化を促すために採用したアプリが「Wellness Aile」だ。これをApple Watchと連係させることで、日々の活動量やチームでの達成度に応じてコイン(アプリ内で利用できる仮想ポイント)を集めて各種インセンティブと交換できる。
日清食品のココがすごい!
□従業員の健康と成果を両立するため「Well-being推進部」を新設
□iOS/watchOS向けアプリで従業員の運動習慣に貢献
□Apple Watchの心電図データから従業員の健康状態を数値化