iPhone 15シリーズの登場が世界的な話題になっている。そのリリースと同時に、最新のOS群が9月に提供開始された。最新iOS、iPadOS、watchOSでは「心の健康」や「目の健康」など、医療・ヘルスケアに関する包括的なツールが拡大されている。一方で、それらはAppleが謳うほど“革新的”と言えるのだろうか。その可能性と今の限界に迫る。
「心の健康」にフォーカス
新型iPhone、アップルウォッチ(Apple Watch)の発売に世界が湧いている。今や製品発表会がトップニュースになるアップル製品だが、アップルが導くアップデートの方向性が医療・ヘルスケアに向いていることは、本連載でも繰り返し紹介してきた。
同社が新製品発表会でiPhone、アップルウォッチの新ラインアップを発表したのは9月13日(日本時間)のこと。その発売に先駆けて「iOS 17」「iPadOS 17」「watchOS 10」が9月18日に提供開始された。そして、これらのOSの中でも、やはり医療やヘルスケアに関する新機能の追加が目立っていた。
もっとも特徴的なのが、体だけでなく「心の健康」にもフォーカスしているところ。iOS 17とiPadOS 17の「ヘルスケア」アプリ、およびwatchOS 10の「マインドフルネス」アプリでは、ユーザが自分の心の状態と向き合うことができる。
ユーザはデバイスで自分の気持ちに合ったビジュアルを「非常に快適」から「非常に不快」までの範囲で選択。さらに「旅行」や「家族」など自分の気持ちに大きく影響を及ぼしている関連事項を選択し、記録する。こうした行動は「自分の感情の変化に対する認識を高め、立ち直る力を養い、健康状態を向上させるのに役立ちます」という。
記録した内容は、「ヘルスケア」アプリ内のインタラクティブなグラフで確認、自分の心の状態をより深く理解できる。そこでは自分の感情に影響を及ぼしている要因などのハイライトが表示され、エクササイズ、睡眠、日光の下で過ごした時間、マインドフル時間など、影響を及ぼす可能性がある生活要因と合わせてチェックできるようになった。
医療機関でメンタルヘルスの診断によく用いられる質問票に答えることで、うつ病や不安障害にかかる現在のリスクや、サポートが効果的かどうか知る助けになる機能も追加された。結果のPDFをダウンロードして医師に見せたり、結果の推移を確認したりすることもできる。また、iPadで「ヘルスケア」アプリが利用できるようになったこともトピックだろう。
目の健康、服薬チェック
「目の健康」に関する新機能も面白い。iPhone、iPad、アップルウォッチは、近視のリスクを低減する機能を実装した。アップルは「近視になる子どもの数が年々増えている」と課題感を示し、「毎日80~120分間」「日光の当たる屋外で過ごす」と「近視のリスクが軽減することも明らかになってきました」と説明。
こうした背景により、アップルウォッチの機能として「日光の下で過ごした時間」が環境光センサで測定できるようになった。「近視は子ども時代に発症することが多い」として、ファミリー共有設定により、子どもがiPhoneを持っていなくても、そのデータを保護者がヘルスケア共有でチェックできる。
さらに、「スクリーンタイム」の新しい「画面との距離」機能では、iPadやiPhoneでフェイスID(Face ID)を作動させる場合と同じトゥルー・デプス(TrueDepth)カメラを用いて、デバイスをもっと目から離すよう、子どもに促す。もちろん、大人がコンピュータ機器により眼精疲労になることを避けるためにもいい。
さらに、服薬のフォローアップリマインダーも搭載された。「いつもの薬、ビタミン剤、サプリメントを飲み忘れないよう」に、服用が記録されなかったとき、フォローアップのリマインダーを受け取れる。リマインダーは「重大な通知」として設定することも可能だ。
加えて、WatchOS 10では、「サイクリング」や「ハイキング」などの項目について、各アクティビティのより詳細なデータを取得できるようになっている。
懸念はプライバシーとセキュリティだろう。アップルによれば「ヘルスケア」アプリにある健康とフィットネスのデータは、メディカルIDを除いてすべて暗号化される。個人情報の保護には細心の注意が払われているという。
手首からのみでは限界も
アップルのヘルスケア担当バイスプレジデントであるサンバル・デサイ博士は「私たちは、iPhone、iPad、アップルウォッチでユーザに提供する健康とウェルネスのためのさまざまなツールを包括的に拡大しています」と述べている。
この発言はアップル製品の医療・ヘルスケア分野への進出の今後の方向性を考えるうえで、非常に示唆に富んでいる。というのも、同社がいかに今回のアップデートが革新的かを訴えても、あっと驚くような変化ではなかったというのが正直なところだからだ。
同社はアップルウォッチを医療機器化することで、「心電図」アプリなどにより医療・ヘルスケアのメインストリームにウェアラブル端末を持ち込み、その流れを推し進めた。
一方で、現時点の製品のラインアップでは、手首から取得できる以上の情報は得られない。次なる関心は血糖値モニタの実現だろうが、今ある医療機器の機能を代替するという方向性に留まる。
それこそスマートグラスなどとの連係強化により、人体の別の“出力端子”を活用できない限り、医療・ヘルスケア分野での進化は、一旦の頭打ちを迎えつつある。その結果、「心の健康」「目の健康」といった医療・ヘルスケアの辺縁を広げる方向性=包括的に拡大、という発言に至ったとも受け取れる。
こうした分野で本当の意味での革新を起こすためには、まったく新しいデバイスが必要になる。いちアップル製品のユーザとしてだけでなく、健康という観点からも、その日を心待ちにしたい。
?記録が開始されると、「感情」と「気分」の2パターンが用意されていることがわかる。「感情」はその時点でどのように感じているか、「気分」は1日をとおしてどのような気分だったかを記録可能。次の画面では、「非常に不快」から「非常に快適」まで、スライダで感情を選択できる。