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「情報銀行」の命運を占う大企業のヘルスケアサービス

著者: 朽木誠一郎

「情報銀行」の命運を占う大企業のヘルスケアサービス

1876年創業の印刷業界大手・大日本印刷が、約7年にわたり温め続けてきた事業領域が「情報銀行」だ。2022年4月、ついに提供されたヘルスケア分野のサービス「FitStats」。政府が今、推進する情報銀行。そしてそれをヘルスケア分野で提供することについて同社に話を聞いた。

社内なのに「異業種」

将来の産業構造の変化に備え、ビジネスモデルの転換を図る動きは、堅調な大企業にも見られる。その一例が大日本印刷株式会社(以下、DNP)の“印刷以外”の事業領域への進出だ。

多岐に渡るドメインを説明するため、俳優・濱田岳を司会役に起用し、「社内異業種交流」をテーマに社員が対談する同社のCMシリーズを見たことがある人も多いのではないか。たとえば、国内トップクラスの設置台数を持つ証明写真機「キレイ(Ki-Re-i)」はDNPのサービス。CM内でその担当者と対談するのは「5Gフィルムアンテナ」の担当者だ。これだけでも、DNPがすでに「オーソドックスな印刷会社ではない」ということが窺えるだろう。

そんなDNPが2022年4月に開始したのが、ヘルスケア分野における「情報銀行」のサービス「フィットスタッツ(FitStats)」だ。なぜヘルスケアサービスなのか、そもそも情報銀行とは何なのか。何物も同じままではいられない時代の、大企業の生き残り戦略に迫る。

「情報」の価値の高まり

そもそも「情報銀行」という言葉自体、聞き慣れないと思う人もいるだろう。DNPの情報銀行事業推進部部長の齋藤氏はこう説明する。

「情報銀行とは、名前に“銀行”とつくように『生活者から資産を預かり、運用して、利益を返す』サービスです。ここで言う“資産”が情報になります」

行動履歴、購買履歴、経済状況、健康状態などのパーソナルデータは、今「21世紀の石油」とも呼ばれ、注目を集める。齋藤氏は、こうした情報に価値が見出されるようになった理由について、「パーソナルデータが企業のマーケティングや広告の精度を大きく向上させる」と指摘する。DX(デジタルトランスフォーメーション)により、「無駄なく成果を上げる」ことに対して、巨額が動くようになったとも言える。

情報銀行の利点は、これまであちこちに分散し、ときに生活者自身も把握しきらないまま提供してしまっていた情報を、セキュリティが堅牢な(デジタル上の)場所に一元化し、安心して管理・運用できるようになること。企業などにとっても、情報銀行を介してデータを取得することで、正確な顧客分析やニーズに合った商品の提供が可能だ。サードパーティクッキーの規制など、世界的にパーソナルデータの取り扱いに厳しい目が向くようになった中で、ある意味では時流に乗ったものとも言える。

一方で、こうした資産はアップルを含む、いわゆる「GAFA」のような世界的プラットフォーム企業が独占している状況だ。政府もこのことを踏まえ、国内での情報銀行の取り組みを施策として後押ししている。

2016年には「官民データ活用推進基本法」が制定され、パーソナルデータ活用に関する法整備が行われた。2018年には政府から「情報信託機能の認定に係る指針」が発表され、2019年よりこの指針に沿った情報銀行認定制度もスタートしている。

大日本印刷株式会社は、1876年創業の日本の総合印刷会社。現在は印刷・情報技術を基盤に、雑誌や書籍から包装、建材、エレクトロニクス、エネルギー分野、ライフサイエンス分野にも進出する。[URL]https://www.dnp.co.jp

大日本印刷株式会社 ABセンター データ流通事業開発ユニット 情報銀行事業推進部 部長の齋藤元氏。

データ流通事業の確立を目指す

齋藤氏によれば、DNPは国内で機運が高まる前の2014年ごろから情報銀行の仕組みに注目していたという。こうした流れに早い段階から関わり、情報銀行事業の牽引役となってきた。

自社の情報銀行サービスだけでなく、その情報銀行サービスを横展開する情報銀行システムプラットフォームや、情報銀行の事業化を検討する企業に対して、実証実験をスムースに行うためのサービスも展開。プレーヤとしてだけでなく、より上流の事業も手がけ、市場自体を広げようとしている。

なぜ「情報銀行」という未知の分野に手を出すのか。外野からするとそう感じてしまうが、同社のコアになる価値と関係ない事業ではないと齋藤氏は語る。

「大日本印刷という社名からも、一般的にオーソドックスな印刷事業をイメージされるかと思いますが、そもそも印刷とはどのような事業かと考えると、『情報を預かり、厳重に管理し、適切に届ける』というもの。紙に始まり、現在はデジタルと併せ、弊社は一貫して情報コミュニケーション事業に取り組んでおり、そのため、セキュリティの面でも強みを持っています」

また、印刷そのものの精緻な技術は、他部署の事業として、微細加工技術の再生医療への応用や、高機能なバイオフィルム製品の開発など、医療やヘルスケア領域にも活きている。

そんなDNPが、7年にわたる検討を経て、自社初の情報銀行サービスとして開始したのが、冒頭で紹介したヘルスケアデータ利活用サービス 「フィットスタッツ」だ。

ヘルスケア領域を選んだ理由は「さまざまな分野の情報銀行を検討した」結果、「昨今のニーズの高まりに加え、センシティブではあるものの、情報銀行という仕組みだからこそデータを安全に管理・運用する価値を提供できる」ためとした(齋藤氏)。

「FiNC」アプリ内で展開

フィットスタッツの特徴は、2021年に業務提携した株式会社フィンクテクノロジーズ(FiNC Technologies)との協業によって開発され、フィンクのヘルスケア・フィットネスアプリ内で展開される、いわば“アプリ内サービス”である点だ。

BtoBの業界では厚い信頼を得るDNPだが、ことBtoCのビジネスでは、知名度が高いとは言えない。だからこそ、累計1100万ダウンロードという実績のある「FiNC」アプリ内で展開することは魅力的だった|齋藤氏はそう振り返る。

フィットスタッツでは、生活者は自分の属性や趣味・趣向に関するデータを登録し、食事・睡眠・運動などのライフログデータを「FiNC」アプリから連係。こうしたヘルスケアデータをもとに、各生活者の健康状態がスコアリングされる。また、専門家監修の食事・運動・睡眠・カラダ・メンタルのプログラムも提供される。

こうしたプログラムに参加することで健康増進につなげられるだけでなく、ヘルスケアデータを提供し、サービスから配信される多彩な情報(オファー)を確認することで、フィットスタッツ独自のポイントを獲得。貯まったポイントは、フィンクのECサイト「フィンク・モール(FiNC MALL)」やDNPが運営するハイブリッド型総合書店「honto」、ポイントサイト「エルネ」で使えるクーポンに交換できる、という流れだ。

他方、情報銀行という仕組みにおいては、“ユーザ”は生活者だけではない。ヘルスケアデータを活用したい企業もまたユーザとして、このプラットフォームを利用する。具体的には、生活者の同意のもとで得たデータから生活者を分析し、マーケティングデータを得られるだけでなく、生活者への直接のアンケートも可能になる。

フィットスタッツは、2023年度に生活者向けサービスの改善や企業への提供データ項目の増強を目指す。DNPが期待するように、ニーズの高いヘルスケア分野で、けん引役がどんな結果を収めるか。日本の「情報銀行」の取り組みの資金石であることは間違いない。

FiNC

【開発】FINC TECHNOLOGIES INC.

【価格】無料(App内課金あり)

【場所】App Store>ヘルスケア/フィットネス

「FitStats」では、生活者のヘルスケアデータを独自のアルゴリズムで数値化し、健康状態を可視化。サービス内の行動に応じたポイントを得られる。データは生活者が許可した企業に公開され、個人に合った情報提供に活用。生活者と企業の安全・安心な双方向コミュニケーションを実現する。ヘルスケア・フィットネスアプリ「FiNC」内から、誰でも無料で利用できる。 [URL]https://fitstats.jp

健康状態を知るための生活習慣に関するアンケート。「食事」「運動」「睡眠」「カラダ」「メンタル」の5項目について回答すると、健康状態のスコア「ライフスタッツ」が算出される。

ヘルスケア分野の専門家が監修した、健康増進を支援するプログラム。プログラムに参加すると、多様なミッションが自動で配信される。配信されるアクションを達成するとライフスタッツが上がる。

生活者は登録したパーソナルデータを自身の意思で公開する企業を選択する。データを公開することで、自身の登録状況にマッチした、多彩なオファーやアンケートオファーと、行動に応じたポイントを得られる。

FitStatsのココがすごい!

□生活者が提供したデータを運用して利益を還元する「情報銀行」

□1100万超のダウンロード数を誇る「FiNC」アプリ内で独自機能を展開

□大企業が準備に7年をかけてついにスタートした新領域への挑戦