命に関わる医療機器だが、実は医療施設内でしばしば「行方不明」になっていることはあまり知られていない。忙しい医療従事者の業務を密かに圧迫する「探す」時間。これをIoT機器で削減するスタートアップがある。元々のメイン事業は「盗難自転車の追跡サービス」。門外漢だった企業が、医療ビジネスに販路を築いた経緯を聞いた。
自転車からのピボット
株式会社ペダルノートは2014年の創業からしばらく、盗難自転車の追跡サービス??「フォリスタ・サイクル(forista Cycle)」を提供する企業だった。自転車を捜索する機器「ビーコン(ブルートゥースを活用した小型の電波発信機)」とアプリにより、自分の自転車がどこにあるかが瞬時にわかるもので、高価な自転車を常用する愛好家たちの強いニーズを押さえていた。一方でその市場自体は、スタートアップが狙う規模として大きいものではない。
そんな同社は現在、医療業界を新しいターゲットに、スマッシュヒットとも言える成果を収めている。同社が目をつけたのが「医療機器」だ。と言っても、同社が医療機器を作るわけではない。医療機器にビーコンをつけ、病院の中を探す|それが同社の医療機器捜索サービス「フォリスタ・セキュア・アセット(forista SECURE?? Asset)」(以下、アセット)だ。
非医療従事者には本来窺い知れないニーズをいかに見つけ、実用化したのか。??成長する医療領域における展開の経緯について、「『探す』の発想から『探さない』の発想に転換した」という同社代表の小原芳章氏、創業から営業を担う細谷泰生氏に??話を聞いた。
2014年12月創業の株式会社ペダルノート。医療機器管理loT-SaaSシステム「forista SECURE Asset」のほか、盗難自転車追跡サービス「forista Cycle」、ペット捜索サービス「forista Pet」の開発および販売、サポートを行う。【URL】https://pedalnote.jp
医療にも「探す」ニーズ
「きっかけはある医大からの問い合わせだった」と小原氏は振り返る。同社の調査によれば、規模の大きな医療機関では、多いところで7000以上もの医療機器を運用していた。その維持・管理は主に臨床工学技士(CE)という専門職の仕事。実は、ここに同社のビーコンが入り込む余地があった。数千にのぼる医療機器を、非常にアナログな方法で管理しており、また、そこにヒューマンファクター??(人間の行動特性)も絡むためだ。
たとえば、入院する機会などに目に触れやすい、点滴などの流量を管理する輸液ポンプ。病床数の多い病院では輸液ポンプも数百台など多くなる傾向がある。この輸液ポンプは日常的に使われるため、医療施設によっては、各科が手元に“置きっぱなし”にし、適切に返却せずに使い続ける、あるいは隣の科に又貸ししてしまう、といったことが起こる。医療機器はバーコードなどによりシステムで管理されている場合もあるが、未だに台帳などで管理されている場合もある。条件が重なると、CEなど管理者が院内に散在する輸液ポンプの正確な置き場所を把握できないという事態を招きかねない。
国家資格者であるCEであっても、朝、医療機器を探すところから業務が始まるというのは、決して珍しいことではない。「コロナ禍でよく聞くようになった人工呼吸器も『患者さんの元に3時間で届けなければならない中、2時間はCEがどこにあるかを探している』と言われるほどです」(小原氏)。
ここで話が見えたのではないだろうか。そう、ではもし、自転車のように医療機器にビーコンをつけたら。このような無駄な時間を削減できるというわけだ。
実際の医療現場で新しくすることは、各医療機器に、数センチ四方のビーコンをつけることだけ。一定の間隔でレシーバを設置する手間はあるものの、それは細谷氏など同社の専門家が現地に赴いて行い、医療現場の負担は少ない。
また、CEには医療機器の管理に付随する業務も多々ある。その一つがレポートだ。
命に関わる医療機器は、日々のメンテナンスが必要不可欠。数千の医療機器それぞれについて、たとえば日次、月次、年次のチェックが発生し、それらを記録しなければならない。「アセット」ではビーコンで紐づけた個々の機器をネットワーク上で管理したうえで、そのメンテナンス状況をレポートする機能もある。こうした機能により、従来は数時間かかっていた「探す/記録する」にかかる時間を、10分程度に短縮した事例もあるそうだ。
「最初に問い合わせを頂いたことは非常に幸運でした。そのことをきっかけに、医療現場の話を伺うと、想像以上にアナログな実態があり驚きました。私たちのIoT|SaaS(Software as a Service)が役立つものだと確信し、各所への導入を進めることができました」(細谷氏)
「安く速い」の先へ
すでに大学の医学部付属病院など地域の基幹病院で導入されている「アセット」。勢いを見せる背景にはコストの事情がある。
医療機器をデジタルで管理するようなシステムは、ほかにないわけではない。しかし、医療機器を専門にする事業者がこうしたシステムを構築する場合、ノウハウもないため一からの開発になり、導入に数千万円規模のコストを提示される場合もあると小原氏は明かす。また、期間も年単位など、相応にかかる。
一方、同社はこれまで、自転車やペットを探す技術|それもツール・ド・東北などの大会を通じて研鑽された異なる移動体を1秒単位で大量に受信処理する技術を確立し、横展開してきた。さらに、院内のWi|Fi環境などの既存インフラを活用し、ナースコールなどで利用するスマホやタブレットにアプリを導入して活用することで、価格帯や開発期間を大幅に抑えているという。
そのため同社の取り組みは、医療機関側からすると、いわば異次元のコスト・スピード感に映る。スタートアップとしては安く、速いことは生命線で、コモディティ化しつつある売り込み文句だが、参入する領域を選べば、こうも変わるという好例だろう。
一方で、医療業界ならではの難しさは依然としてある。実際に導入された医療施設でも、「アセット」による医療機器の管理は半分に止め、もう半分は各医療施設の従来の方法により行うといったケースがあるそうだ。「一気に、完全に変えることは、望まれないことも多い」と小原氏。これも、スタートアップ業界とは異なる価値観で、同氏には意外なものだった。しかし、そうした声にも焦らず対応し、無駄を徹底的に削減せよと迫るのではなく、「まずは心のストレスを減らしていきましょう」(小原氏)とアプローチする。これが医療業界に新規参入する上で必要な心構えになっているようだ。
小原氏は創業以来の自転車領域を引き続き大事にしつつ、医療領域への注力も増していく予定であると明かす。自転車やペットを「探す」という事業は、愛好者もおり手堅いが、幅広い範囲をカバーする技術やコストの面の問題もある。それを、医療現場という“イン・ザ・ボックス”の範囲に絞ることで、すでにある対象物を「探さない」ことにシフトし、こうした問題を回避しながら、自社の強みを生かすことに成功したと言える。「『探さない』を当たり前に」という同社の理念は、現実的な要請に応えていることからも秀逸なシフトチェンジであり、参考になる点が多いのではないだろうか。
盗難自転車を捜索するビーコンと、盗難自転車が見つからなかった場合に最大20万円分の見舞金(新しい自転車が購入できる権利)がもらえる「盗難補償」をセットにしたサービス「forista Cycle」。「盗難補償」に加え、「故障補償」「個人賠償補償」までカバー。【URL】https://cycle.forista.jp
「forista SECURE Asset」は医療機器が今、どこにあるのかの所在を24時間365日リアルタイムに確認することができるサービス。iPadなどのタブレットやiPhoneなどのスマホにアプリを入れ、医療従事者が院内を回るラウンドの際に持つことで、医療機器に設置したビーコンの電波を受信することで、医療機器の場所を特定できる。【URL】https://s-asset.forista.jp/asset/
ペダルノートのココがすごい!
□ 病院内の医療機器の所在をビーコンでリアルタイムに管理
□ オンプレ開発の他社と比べて圧倒的なコスト減とスピード感を実現
□自転車やペットを「探す」から院内を「探さない」へとピボット