タイトルや見出しを考えるのが、あまり得意ではない。編集者の仕事のひとつなので毎日のように作っているのだが、毎回苦労している。記事のタイトルや見出しなど、これまで数え切れないほど作ってきた。それでも翌日には気に入らなくなって考え直したりと、試行錯誤が多い。伝えたい意味と誤解のない説明を込めつつ、興味を引く言葉を短くまとめるのは、本来難しいことなのだ。
そんな難易度の高いはずの短いタイトルやキャッチフレーズが、数限りなく雑多に並んでいるのが今のネット社会だ。その原因は、つまるところ故スティーブ・ジョブズにある。などと書くと、それこそ安っぽい記事のキャッチフレーズのようだが、ウソではない。この状況は、彼がiPhoneなぞ作ってしまったことによるものだ。
iPhone、すなわちスマートフォンの登場により、世の中は変貌した。店の中でも電車の中でも、人々は紙メディアではなく小さなディスプレイに釘付けだ。以前はPCのディスプレイだった情報収集のビューワがスマホに変わったことにより、各ニュースメディアなどの記事の表示方法も変化した。
スマホによるメディアの変化は大きい。個人的に気になるのは、各メディアのブランドの弱体化だ。メディアの見え方は以前に比べてフラット化され、たとえばヤフーニュースでは、週刊誌の記事も新聞社の記事もほぼ同列に並ぶ。それぞれ記事に対するスタンスが異なるうえに、記事掲載の目的も異なる。一次情報も二次情報もごちゃ混ぜだ。しかし、見る側はその区別ができない。
かつては雑誌の表紙や新聞の一面がその役目を果たし、読者はメディアのスタンスを理解したうえで選んで読んでいた。ところが今は、ヤフーニュースなりLINEニュースなりで目に留まった記事を読む。ニュースソースを気にして読み分ける人もいると思うが、多くの読者にとってそれは「ヤフーニュースに出てた記事」でしかない。歴史ある情報メディアであっても、ゴシップネタを扱う雑誌や、果ては執筆者すらわからないブログメディアまでが競合となる。
そんな中、スマホの小さな画面で記事を選ばせるため、リンクとなる見出しの重要性が上がった。上がったにもかかわらず、文字数は少ない。十数文字の言葉で勝負しなければならず、その集客合戦は熾烈だ。人の感情を逆なでしてアクセスを稼ぐ、いわゆる“釣りタイトル”も乱発される。ブランドで選ばれなくなったメディアは、集客のための工夫を同じ土俵でやらざるを得ない。そこにはさまざまな手法があるが、目的が「情報の質」ではなく「集客」になったとき、メディアとしてのたがが外れてしまうことがあるように思う。
具体的な話は避けるが、スマホ向けの短い文字数の制限に妥協し、あえて誤解を招くような言葉遣いをしているものを散見する。誰が書いたにせよプロの仕事だ。そこには「嘘でなければいい」という思いが透けて見えてしまう。
それがいい結果につながっているのかわからないが、状況は悪化する一方だ。本来情報メディアは、情報の早さや正確さ、質で勝負して集客すべきである。“引き”を強くしたい気持ちはわかるが、メディアの矜持も忘れてほしくない。
最近は見かけなくなったように思うが、駅の売店やコンビニで売られているスポーツ新聞には、その折り方や文字の隠れ方まで計算して、「○○氏、結婚」の先の「か?」だけが隠れるという芸術的なまでの、半ば詐欺のような見出しもあった。そこにはメディアの顔が見えていたことも重要だったように思う。それを見た人は、騙されたと怒ることもなく、「さすが○スポ」と、むしろ褒めていたのだから。
写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)
編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。