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Macの未来を担うコプロセッサ「Apple T2」

著者: 今井隆

Macの未来を担うコプロセッサ「Apple T2」

読む前に覚えておきたい用語

SoC(System on a Chip)

CPUなどの演算ユニットに加えて、各種インターフェイスやコントローラも統合したチップのことで、Apple Aシリーズや同Tシリーズ、同SシリーズもSoCの一種。最近のIntelプロセッサの一部(Core mやAtomなど、PCH機能を統合するプロセッサ)も広義ではSoCに分類される。

SMC(System Management Controller)

Intel製プロセッサ搭載Macのステム管理用SoC。システム全体および各ブロックの電源制御、内部温度センサ情報による冷却ファン制御、バッテリの充放電管理、緊急モーションセンサなどを担うコプロセッサで、最近のMacではその中核に組み込み向けARMコアが使われている。

Secure Enclave(セキュアエンクレーブ)

Apple Aチップおよび同Tチップに搭載されているセキュリティチップ、およびセキュリティアーキティクチャの名称。Touch IDやFace IDなどの個人情報(データ)を保護・管理するための仕組みで、類似のものとしてARM Trust ZoneやIntel SGXなどがある。

写真●Apple.com

アップルTチップの生い立ち

最近のMacにはメインプロセッサであるインテル製プロセッサとは別に、アップル製のオリジナルチップが搭載されている。

2016年にリリースされたタッチバーとタッチID搭載のMacBookプロでは、新しいコプロセッサ「アップルT1(Apple T1、以下T1)」が追加された。T1が担う役割は、タッチバーの制御とタッチIDによる指紋認証機能の提供だ。衝撃的だったのは、このT1がiPhoneやiPadの心臓部であるアップルAチップからの派生SoCであったことだ。たとえ一部とはいえiOSデバイスの心臓部がMacに移植されたことは、今後のMacの方向性に大きな一石を投じることになるからだ。

しかし、タッチバーとタッチIDにAチップのサブセット(一部の機能を取り出したもの)を用いることは、アップルにとっては非常に理にかなったアプローチだといえる。タッチバーはその形状や解像度こそ異なるものの、iPhoneやiPadのタッチスクリーンと同様の構成のデバイスであり、タッチIDに至ってはiPhone 5s以降で採用された指紋認証システムと基本的な構造は同じだ。Aチップはアップルが自社開発したSoCであり、これをカスタマイズすることでさまざまなコプロセッサを作ることは同社にとって決して困難なことではない。特にタッチIDの要となるセキュリティチップには、iOSデバイスで培ってきたセキュアエンクレーブの技術がそのまま適用できるメリットがある。

大規模集積回路アップルT2チップ

2017年12月に発売されたiMacプロに初めて搭載された「アップルT2(Apple T2、以下T2)」は、今年7月に発売されたMacBookプロや先日発表されたMacBookエアとMacミニにも搭載されており、T1に加えてさらに多くの機能が詰め込まれている。中でも特徴的なのがSSDコントローラの統合だ。もともとAチップには、SSDストレージであるNANDフラッシュメモリのコントローラが内蔵されているが、T2に内蔵されているコントローラはこれとは一線を画す高パフォーマンスのSSDコントローラとなっている。

アップルは2011年12月にイスラエルの半導体ベンダーアノビットテクノロジーズ(Anobit Technologies)を買収しているが、同社はMSP(Memory Signal Processing)と呼ばれる独自技術を用いたフラッシュメモリコントローラの開発を主力とするファブレス企業で、エンタープライズ市場およびモバイル市場向けのIP(回路情報)技術を提供していた。アップルはこのアノビットの技術者と保有特許を入手し、モバイル向けのIP技術をAチップに、エンタープライズ向けのIP技術をT2に統合したと推測される。

従来のMacではSSDコントローラはSSDモジュール上にNANDフラッシュメモリと一緒に搭載され、これがPCIエクスプレスを介してメインプロセッサに接続されていた。T2はこれに代わってストレージを一元管理することで、ハードウェアアクセラレーションによる256ビットAES暗号化によってストレージ上の全データの保護を、メインプロセッサの負荷を増やすことなく実現している。昨今のITデバイスにおいて半導体ストレージはシステム全体の性能や信頼性を大きく左右するキーデバイスとなりつつあるが、アップルはそこに自社の独自技術を惜しげなく注ぎ込むことで、性能とコストパフォーマンスを高いレベルで両立しているといえるだろう。

T2はこのほかにも、SMC、イメージ信号プロセッサ、オーディオコントローラなど、従来は個々のチップで提供されていた機能を統合している。これによってMacは、メインプロセッサとサンダーボルトコントローラ、GPU、メインメモリ、NANDフラッシュメモリなどの大規模集積回路を除き、それ以外の大半の機能をT2に集約することができた。このことはロジックボードの部品点数削減とコストダウン、生産性や信頼性の向上など、さまざまなメリットをMacにもたらしている。

アップルTチップの向かう未来

このように大規模な機能集約を果たしたT2だが、Aチップにはこれ以外にもまだMacにとっても魅力的な機能が残されており、これらが将来のTチップに搭載される可能性が高い。たとえば先日リリースされたiPadプロが搭載するA12Xバイオニックに内蔵されているGPUは、ギークベンチ(GeekBench)のメタルベンチマークではMacBookやMacBookエアの「HD Graphics」を大きく上回っており、MacBookプロ13インチモデルの「IRIS Graphics」をも凌駕する性能を示している。A12Xバイオニックが7コアのGPUを搭載することからもわかるとおり、AチップのGPUはスケーラブルにそのコア数を増減できると推測され、より高いグラフィックス性能を実現することはさほど難しくないと思われる。さらに強化されたTチップのGPUをメイングラフィックスに使えば、メインメモリをプロセッサと共用せざるを得ないインテルの統合型GPUとは異なりTチップの内蔵メモリをビデオメモリ専用に割り当てることが可能だ。結果としてグラフィックス処理をTチップにオフロードすることでメインプロセッサの性能も同時に向上することができ、独立型GPUを搭載しないMacの性能を大幅に底上げすることができる。

また、A12バイオニックのニューラルエンジンをTチップに統合すれば、高性能なAIアクセラレータとして動作させることができる。フェイスIDがMacに搭載されるかはさておき、少なくともコアMLを利用するソフトにとってニューラルエンジンのMacへの搭載は大きなメリットとなるだろう。

そして、最後の砦となるMacのメインプロセッサだが、現時点ではまだインテルからAチップに置き換わるには至っていない。現実にはソフトウェアなどのバイナリコードの相違から、すぐに置き換わるとは考えにくい。しかし、Aチップの性能は着実に向上しており、インテルのモバイルプロセッサに匹敵レベルに達しているだけでなく、エネルギー効率の点からは大きな差をつけている。このままTチップの進化が続けば、いずれMacもiOSデバイス同様にアップル製チップにそのすべてをゆだねる日が来るかも知れない。

MacBook Proに搭載されたApple T1

Apple Tチップの先駆けとなるApple T1は、2016年に登場したMacBook ProのTouch Bar搭載モデルに採用され、Touch Barの制御とTouch IDの認証に使用されている。2018年にリリースされたMacBookシリーズはすべてApple T2を標準搭載している。 写真●iFixit.com

iMac Proに搭載されたApple T2

2017年に登場したiMac Proに初搭載されたApple T2はメインチップのすぐそばに配置されている。ハードウェア暗号化機能を備えたSSDコントローラを含む多くの機能が統合された結果、1GバイトものSDRAMを内蔵する大規模なSoCとなっている。 写真●iFixit.com

Apple TチップとAチップの比較

Apple T1および同T2と、iPhoneやiPadなどのiOSデバイスに搭載されるApple Aチップの機能比較。Apple T2ではその機能の用途こそ異なるものの、搭載されている機能自体に関してはApple Aチップとほとんど差がないことがわかる。

iMac ProのSSDモジュール

iMac Proに搭載されているSSDモジュールには驚くべきことにSSDコントローラが搭載されておらず、NANDフラッシュメモリのみを搭載するモジュールとなっている。これはApple T2がSSDコントローラ機能を有しているためで、従来のSSDモジュールとの互換性はまったくない。写真●iFixit.com