iMessageを利用して、企業と顧客がチャット形式で対話できるAppleの「Business Chat」。米国をはじめとする欧米各国で提供されていたが、日本初の導入企業となったのが、auを展開するKDDIだ。Business Chatは、同社にどんなメリットをもたらすのか。担当者に話を聞いた。
潜在顧客との接点を生む
「ビジネスチャット(Business Chat)」は、企業と顧客が「アイメッセージ(iMessage)」を使って対話できるサービスだ。ユーザからの問い合わせや購入相談などの1つのチャネルとして利用される。KDDIは以前からauブランドのサポートに電話、メール、チャットのチャネルを用意していたが、今年10月からビジネスチャットの利用もスタートした。これは、日本でビジネスチャットを導入した最初の事例となる。
顧客との接点を重視するauは、いち早く独自のチャットサポートを導入してきた。2015年には、au公式WEBサイト内でのチャットサポートを開始。ページの端に[チャットで質問]というタグを表示し、そこからチャット形式で素早く問い合わせをできるようにした。しかし、このチャットでの会話は一時限りのものなので、サイトを離脱するとチャットの回線が途切れてしまうという問題があった。
そこで、auは公式アプリ「My au」の中でもチャットサポートを利用できるトライアルを開始。こちらは現在、「My au」アプリユーザが順次利用できる状態になっており、先のWEBチャットと同様に質問を投げると素早く回答が返ってくる。アプリ内に履歴が残るため、時間が経っても再び相談することが可能だ。ただし、これは「My au」アプリで利用するものなので、当然ながらauと契約をしている顧客しか利用できない。
そんな中、今回導入したビジネスチャットはiOSユーザであれば誰でも利用できる。auと契約していなくても、「ほかのキャリアからauに乗り換えると料金はどれくらい?」などの問い合わせが可能になったのだ。初めて利用するには、サファリでau公式サイトを開き、各ページ下部に配置された[メッセージで問い合わせ]をタップするだけ。ビジネスチャットがどれほど便利なものなのか、ぜひ体験してみてほしい。
auのBusiness Chatは、iOSユーザであれば誰でも利用できる。au公式サイトにあるボタンをタップすることで「メッセージ」アプリにジャンプ、そのまま問い合わせが可能だ。深夜でも問い合わせは送れるが、対応は営業時間内のみ。
日常的な手段でサポートを
導入後のビジネスチャットの顧客満足度は、かなり高い数字だという。大きいのは、サポートに至るまでの導線が変わったことだ。従来のメールや電話によるサポートの場合は、顧客側に質問したい内容が生まれたら、公式サイトの問い合わせページに行き、必要な情報を入力したり、電話をかけたりという面倒な手順が必要だった。ところが、ビジネスチャットはまるで友人とやりとりをするように、気軽にメッセージを送るだけでサポートを受けられるのだ。
「『My au』アプリでのチャットサポートは、契約状況などの詳しい質問にも対応できるので大変便利なのですが、アプリを入れていないお客様はチャットサポートが利用できないという課題がありました。一方、ビジネスチャットは誰でもすぐに利用できます。『メッセージ』アプリという日常的に使っている手段で、手軽にサポートが受けられるようにしたかったのです」(KDDI商品・CS統括本部 小澤敏道氏)
レスポンスが早く感じる
また、ビジネスチャットを利用したユーザからは「レスポンスが早い」という声が多いという。
「実は、WEBのチャット、『My au』アプリのチャット、ビジネスチャットは同じサポートセンターで対応をしています。ですから、レスポンスタイムはほとんど変わらないのです。ところが、ビジネスチャットの場合は『メッセージ』アプリを使うので、返信に気づきやすくなり、結果的に問題解決までの時間が早くなります」(KDDIカスタマーサービス本部 早瀬美樹氏)
一般的に、バッジ通知でのメールの開封率は20~30%、SNSの開封率は30~40%、SMSの開封率は80%ともいわれる。SMSは友人知人とやりとりをすることが多いメディアで、広告などのジャンクメッセージも少ない。バッジだけでなくバナーやサウンドなどの通知設定をしている人が多いため、気づくのも早く、開封率も高くなる。ビジネスチャットはユーザと接点の多いツールを利用することで、問題解決までの時間を短くし、それが顧客満足につながっているのだ。
業務負担も大幅に軽減
サポートセンターの環境も大きく変わったという。従来の電話サポートでは、インカムをつけたコミュニケーターがずらりと並び、音声で問い合わせに対応する。当然、ほかのコミュニケーターも電話で対応しているため、室内は話し声に満ちている。しかも、言葉は一度口を離れたら二度と戻ることはない。顧客に不快感を感じさせないように、言葉遣いや態度にも注意する必要がある。相当の集中力が要求される仕事だ。それがチャットになると、コミュニケーターのストレスが大きく軽減されるという。
「チャットブースでは音楽を流していて、コミュニケーターもリラックスして業務に取り組んでいます。また、必要なときはマネージャーに横に来てもらい、相談をしながら返答できることも大きなポイントです」(早瀬氏)
コミュニケーター1人では判断がつかない質問を受けた場合、上司に指示を仰ぐ必要がある。電話の場合は顧客を待たせた状態になるので、時間との勝負だ。しかしチャットであれば、顧客とのチャットを続けながら上司に相談できる。しかも、リターンキーを押すまで内容は送信されないので、送信前に再度内容を確認できる。心理的なストレスは、電話に比べて大きく軽減されるのだ。
現在のところ、1人のコミュニケーターが処理できる件数は、電話とチャットでほぼ同程度だという。これはチャットの場合、いつ顧客の質問が終わったかが見極めづらいためだ。コミュニケーターが顧客からの問い合わせが終わったと感じても、顧客側はそうは感じていなかったり、あるいは別の質問を続けてすることもある。そこを考慮し、質問が終わっても、一定時間アイドルタイムを作って回線を保持するようにしているのだ。このため、現時点での処理件数は電話とほぼ同じになってしまうが、いずれサポート終了の見極めが正確になれば、3倍程度まで処理能力を高められるという。
ただし、auとしては効率追求やコスト削減の方向は目指していない。生まれた余裕は接客品質を向上させ、顧客の満足度を上げる方向に投じていく。なぜなら、auにとって、カスタマーサービスが重要な戦略の1つになっているからだ。
差別化戦略の大きな武器に
auでは、顧客のスマートフォン生活を広く支えることを大切にしている。特にiOSデバイスは、どのキャリアを使っても本体のユーザ体験は変わらず、回線についても大手キャリアであれば大きな違いはない状態で、差別化が極めて難しい。auとしては、アップルケアの4年間提供やビジネスチャットなどのサービスで差別化していく戦略だ。
「理想は、お客様がどのチャネルでサポートを受けても、その情報をau内部で共有できる状態です。チャットで質問した内容を店頭でまた説明することなく、すぐに必要なサービスが受けられる。それが私たちが目指す形です」(小澤氏)
iPhoneもテクノロジー的に成熟してきて、機種変更のサイクルが長くなることは明らか。以前のように、機種変更のたびに割引を目的にキャリアを変えるということも少なくなるだろう。その中では、カスタマーサービスを充実させることで「長期利用の顧客を増やす」戦略が重要になってくる。そのサービス品質を高める武器として、ビジネスチャットは大きな力となるはずだ。