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Appleカルチャーの「奇跡」と「落日」。元Appleのマーケター・河南順一が語る10の裏話。WWDCやMacworld Expo/Tokyoの裏側、そして極秘任務…

著者: 河南順一

Appleカルチャーの「奇跡」と「落日」。元Appleのマーケター・河南順一が語る10の裏話。WWDCやMacworld Expo/Tokyoの裏側、そして極秘任務…

私がAppleに入社したとき、スティーブ・ジョブズはすでに会社を去っていた。

しかし、Appleには独特の活気がみなぎっていた。「カルチャーは戦略を凌駕する」は、経営学者ピーター・ドラッカーの格言とされる。私には、Appleカルチャーは後光めいた輝きを放つ「大聖堂」のように感じられた。そこに足を踏み入れた私に待ち受けていたのは、未知との遭遇の連続だ。

Appleは、ジョン・スカリーのもとで売上を8億ドルから80億ドルへと急成長させた。デスクトップパブリッシング(DTP)に代表される垂直統合型のソリューションでプロ市場を席巻し、HyperCardのようなオーサリングツールで教育分野でシェアを拡大。最新技術でマルチメディアの革新を牽引した。

今回は、筆者がAppleで得た体験と手がけた仕事を、10のエピソードに分けて語っていこう。

河南氏がAppleに入社する経緯は別記事で。以下の画像をクリック/タップでもアクセス可能。

「世界を変える、一人ずつ」。Macintoshに魅了された日本人が、Appleのマーケ・コミュニケーション責任者を担うまで
『「世界を変える、一人ずつ」。Macintoshに魅了された日本人が、Appleのマーケ・コミュニケーション責任者を担うまで』

①“大聖堂の主柱”はエクスペリエンス。Appleデザインの本質

「シンプルさは究極の洗練」は、ダ・ヴィンチの名言である。Apple製品の流麗な造形には、洗練を極めた際立ちがある。しかし、Appleのデザインの本質は、単なる外観の美しさではない。

ハードウェアとソフトウェアをシームレスに融合させて生み出した「エクスペリエンス(UX)」こそがデザインの真骨頂である、と私は考える。それは、人間の能力を増幅する「知的自転車」であり、技術を知らない幼児でさえ、iPadを直感的に操作し、コンテンツを楽しむことを可能にする。

そして、このエクスペリエンスの源泉は、WWDC(ワールドワイド・デベロッパカンファレンス:世界開発者会議)の熱狂の中に湧いていた。




②WWDCの熱気。「Ship it!」活気に満ちたセッション

WWDCへの参加は、私にとって「デベロッパ」という未知の生命体との、いわば”第三種接近遭遇“だった。発想の塊のような開発者とエバンジェリストが一堂に会し、技術と魂をぶつけ合う。テクノロジーという無数のピースを組み上げ、”エクスペリエンス”を支柱とする大聖堂を築こうとする。その熱気に完全にやられた。

最初はただのカオスにしか見えない。その混沌の中に、ある種の秩序、カルチャーが見えてくる。天地創造とは、案外こんなふうに始まったのかもしれない。ふと、そんなことを思った。

私がそれまで勤めていた東海岸の石油会社はスーツ文化だった。それに対し、WWDC参加者は見事に真逆だ。長髪・Tシャツ・スニーカー・ジーンズ。ドレスコードはほぼ自由。3000人以上が詰め込まれたホールでは、セッション前から紙飛行機が飛び交い、波打つウェーブが起き、歓声が渦巻く。まるでテクノロジー版の学園祭だ。

セッションが始まると、会場は一転して薄暗くなる。床にあぐらをかいたり、寝そべったりしながら、ステージを凝視するデベロッパたち。出で立ちも姿勢も自由だが、集中力だけは異様に高い。

そこに、スーツにネクタイ姿のゲストスピーカーが紹介されると、会場には微妙なざわめきと、少しばかりのヤジ。次の瞬間、司会者がおもむろにハサミを取り出し、ネクタイをちょん切る。会場が一気に湧き返る。

新技術の発表はショーのハイライトだ。デモが成功した瞬間、ステージ上のエンジニアと袖で見守る仲間がハイタッチを交わす。そして会場に「Ship it!(すぐ製品にして出せ)」と歓声が上がる。それは、大聖堂に響く賛美の声のようであった。

③「革新の十戒」たるヒューマンインターフェイス・ガイドライン

「神のごとく創造し、王のごとく命令し、奴隷のごとく働け」

ガイ・カワサキ(元Appleのテクノロジー・エバンジェリスト)が著書に冠した、彫刻家ブランクーシの言葉は、ワークライフバランスを重視する現代人には過激に聞こえるだろう。しかし、この壮絶な創造の姿勢が、世界を変えることを信じるデベロッパたちを突き動かし、Apple躍進の原動力となっていた。

開発者たちを導くのは、Appleの「ヒューマンインターフェイス・ガイドライン」(HIG)だ。直感的な使いやすさを10の原則に体系化した指針は、創造者に授けられた「革新の十戒」と言えよう。モーセが民を約束の地へと導いたように、トグナチーニの十戒が、テクノロジーという荒野を進む人類の道標となっている。

Appleの「ヒューマンインターフェイス・ガイドライン」(HIG)
Appleの「ヒューマンインターフェイス・ガイドライン」(HIG)。




④悪夢を恐れ、「デモ神」へ祈り。WWDCのプレゼンの裏側で

WWDCに参加すると、誰もが「デモ神」の洗礼を受ける。デモはプレゼンの醍醐味だ。新技術や新製品の真価は、百聞は一見にしかず。登壇者は、デモを何時間も、時には数日かけて準備とリハーサルをする。しかし、開発中の試作版は常に不安定だ。万全の準備と手順で臨んでも、マシンの機嫌を損ねれば一瞬で本番が台無しになる。

Appleでプレゼンテーションのトレーニングというものはなかった。私も受けたことがない。しかし、新技術を“ギミック”として使うスタイルが、自然と身に付いていく。プレゼンがクライマックスに近づくと、緊張は極限に達する。デモを起動するキーを打つ瞬間、あくまで自然な表情で平静を装いながら、心にデモ神への祈りを念じ、その一打に自分を賭ける。

デモが成功して観客のため息が漏れる、その瞬間、内心では高揚に包まれている。しかし、それを表に出してはならない。さりげなさを崩さず、「Ship it!」の歓声を背に静かにステージを降りる。それは、ある種の恍惚だった。

一方、考えたくもないが、実際に「デモが起動しない」という悪夢が起きることもある。私も何度か経験した。だからこそ、プレゼンターは「デモ神」の加護にすがるのだ。

それはAppleカルチャーを鍛える、避けて通れない「苦行」でもある。

⑤「約束の地」日本。Macworld Expo/Tokyoの起ち上げ

1990年代、日本市場の重要性が高まる中、私の役割はマーケティングへと広がっていった。日本市場向けのMacintoshソリューションを強化するため、Macworld Expo/Tokyoの企画運営を担い、サンフランシスコでの「ジャパンマーケットフォーラム」では、自ら登壇し、海外デベロッパに日本市場への参入を呼びかけた。

アメリカで見つけた先進的なソリューション日本に持ち込もうと動き回り、WWDC会場ではジャパンブースを設置。日本向け開発のポイントや市場の可能性を直接伝えた。さらに、有望なアプリケーションが日本語化できるよう、日本のデベロッパとの提携の橋渡しも行った。

WWDC、Macworld EXPO、Japan Market Forumのロゴ。そしてApple IDカード。
WWDC、Macworld EXPO、Japan Market Forumのロゴ。そしてApple IDカード。




⑥Appleカルチャーを支える伝道師。二人の印象的なエバンジェリスト

Appleにはエバンジェリストという肩書きを持つ社員がいた。多くはコンピュータサイエンスとMBAの学位を持ち、Macintosh向けのアプリケーションや周辺機器を積極的に開発するデベロッパを発掘し、支援し、各市場でのソリューションを広げていく、「伝道師」であった。

印象深い人物の一人が、教育市場担当のフィリップ・イバニエだ。

フィリップ・イバニエ

彼は、開発者ヒックマンが3歳の息子のために作っていたお絵描きソフトに目を留め、その開発を支援した。たびたび彼の家に赴き、技術的な助言を与え、ときには席を替わって自らコーディングすることもあった。そうして生まれたのが、ほかとは一線を画すカラー対応の楽しいお絵描きソフト「KidPix」である。

このソフトは、低価格のカラーマシンであるMacintosh LCのキラーアプリとなり、Macworld Expo/Tokyoの基調講演では、ジョン・スカリーとフィリップ自身がデモを行った。

もう一人、忘れがたい存在がスザンヌ・フォレンザだ。

スザンヌ・フォレンザ

彼女は映画業界に人脈を広げ、映画やドラマにApple製品を登場させる仕掛け人となった。その後、デベロッパグループからマーケティングへと移り、「バズ・マーケティング」を担う存在となる。

多くの企業が巨額の費用を投じてプロダクト・プレースメントで自社製品を銀幕に露出しようとする中、スザンヌは一貫して無償で、Appleブランドを物語の核心に滑り込ませた。彼女が最新のMacを提供すると、制作者は喜び、Macに重要な配役を与える。彼ら自身が、Macの信奉者だったのだ。

彼女の在籍中に、『ミッション・インポッシブル』や『フォレスト・ガンプ』をはじめとする1500以上の作品で、MacやAppleロゴがストーリーに華を添えた。Appleカルチャーが、作品のクールで洗練されたイメージを形作る、重要な要素となっていたのだ。

映画『フォレスト・ガンプ』よりApple株主のシーン。

⑦与えられた極秘任務。クパチーノから川崎への隠密行

その後、私はプロダクトマーケティングに異動となり、OSを含むソフトウェア製品をはじめ、プリンタ、外部ディスプレイ、サーバ、周辺機器、アクセサリ等、諸々の製品群を任された。CPU製品(コンピュータ本体)以外のほぼすべてを扱うグループの責任者である。

そんな中、極秘任務も担当した。1992年、富士通がリリースした世界ではじめてCD-ROMドライブを標準搭載したパソコン・FM TOWNSへの、QuickTimeライセンス供与だ。ネットがまだ黎明期だった当時、QuickTimeのソースコードをCD-ROMに収めて運ぶことになった。

スクープを狙う記者の尾行を警戒しながら、私は聖遺物でも運ぶようにクパチーノ本社から川崎の研究所へ。緊張で脂汗が滲む、スパイ映画さながらの隠密行であった。




⑧「漢字Talk7.1」の革新と試練。熱狂的な信奉者

「漢字Talk7.1」が多言語処理を可能にするWorldScriptに対応すると、日本語OSも最新の環境を実装。漢字Talk 7.1はQuickTimeを統合し、TrueTypeフォントを標準搭載した画期的なリリースだった。

しかし、革新には試練がつきものだ。従来の枠組みを変えるには、覚悟が必要となる。

出荷されるや否や、連日クレームの電話が入り、「社長を出せ!」コールが殺到した。丸数字や記号などの特殊文字が文字化けし、異なるOS環境では読めなくなってしまったのだ。

これらは、標準化されていない領域に各社が独自の「外字」を定義したことで生じた、文字コードの不一致が原因であった。Appleの開発部隊は、文字領域を整理し、Unicode上の特定の領域へ割り当てて対処した。

ユーザや開発者は、「Appleは大好きだがAppleの日本法人は敵だ」と糾弾の声を上げた。熱狂的な信奉者はAppleの財産だが、ときに脅威にもなりうる。かくして、愛されるブランドに身を置く社員は、研磨され、打たれ強くなっていくのだ。

苦悩のイメージング製品。Appleカルチャーからの乖離

Appleの技術の革新性をギミックとして使い、聴衆に感嘆のため息を漏らさせる私のプレゼンは好評で、私はいつしか悦に入るようになっていた。

一方で、プリンタなどのイメージング製品には苦悩した。

当時、競合ひしめくプリンタ市場で、泥沼の価格競争が繰り広げられていたのだ。結局、本社の会議でたどりついた戦略は、最大のシェアを持つヒューレット・パッカード(HP)の二番煎じであった。

プリンタ本体で利益は出なくとも市場シェアを拡大し、消耗品で利益を回収するというものだ。

「世界を変える…」Appleの標語がお題目に聞こえる、上滑りのプレゼンに終始した。

二番煎じ戦略はほかの製品群も同様で、果ては、あろうことかOSの外部供与に踏み切ることとなる。そして、自らMacのクローン市場を解禁するという禁じ手にまで手を出すことになっていた。Appleカルチャーからの乖離が始まっていた。

バベルの塔の崩壊。COOの言葉に落胆したあの日

Appleの利益率は急落。そして1993年、経営陣と取締役会の対立により、ジョン・スカリーはCEOの座を追われた。

迷走を深めるAppleの経営は、後任のマイケル・スピンドラーからギル・アメリオへと引き継がれ、一気に死のスパイラルへと滑り落ちていくのである。クローン戦略を進めたCOOのマルコ・ランディが来日したとき、社内でタウンホール会議が開催された。質疑応答の時間となり、私は手を挙げた。

「一生懸命Macintoshを売る一方で、クローン戦略が社内で競合を引き起こしている。一体、Appleは何を目指しているのか?」

ランディの回答はこうだった。

「互いに切磋琢磨することで、Appleが強くなるのだ」

説得力もなく、ビジョンも見えない。その場しのぎのコメントに愕然としたことを覚えている。かつては輝きを放っていた大聖堂は、乱立する事業部のあいだで言葉が通じなくなり、一貫性を失い、不信感と失意が渦巻く「バベルの塔」へと変貌していた。混迷を極めたAppleを、ユーザ、デベロッパ、投資家、アナリストは見限り、Appleは奈落の底へと転落していったのである。

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編集:Mac Fan編集部
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著者プロフィール

河南順一

河南順一

Apple、マクドナルドでマーケティングとコミュニケーションを担当。厳しい経営環境下、Appleでは“Think different”のブランド戦略に参画し、マクドナルドではCEOコミュニケーションの刷新を主導。同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て、株式会社マーコムシナジー源代表取締役。著書『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)。

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