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「世界を変える、一人ずつ」。Macintoshに魅了された日本人が、Appleのマーケ・コミュニケーション責任者を担うまで

著者: 河南順一

「世界を変える、一人ずつ」。Macintoshに魅了された日本人が、Appleのマーケ・コミュニケーション責任者を担うまで

1990年代、どん底から世界的企業へと復活を遂げたApple。スティーブ・ジョブズはその象徴的な存在だ。しかしジョブズといえど、たった一人で世界を変えたわけではない。当時、Apple Japanでマーケティング・コミュニケーションに従事した河南順一氏が語る、あの頃。

本記事では、河南氏がAppleに入社する経緯、そして当時のAppleの状況を振り返る。

Apple IIcがもたらしたパラダイム。二人のスティーブが生み出した特別な光

2026年、Appleは創業50周年を迎える。これを祝う用意があるとティム・クックCEOが社員に語ったと、Bloombergの記者が書いている。世界を変えたAppleは、私が在籍した12年間とその前後も含めた人生で、常に大きな位置を占めてきた。その50周年は、Appleを退社してユーザの一人となった今の私にとっても感慨深い。心から祝いたい。

1980年代末に私が石油会社で営業マーケティングに従事していたとき、ビジネスシーンではメインフレームが情報システムの牙城を築いていた。学生時代に経営管理の授業でコンピュータを使い、仕事でも活用するようになるにつれて、コンピューティングがもたらす可能性への関心は加速度的に広がっていった。

とりわけ、二人のスティーブが小さなガレージで誕生させたAppleの理念と製品は、特異な光を放っていた。小さなパソコンで世界はどう変わるのだろう? 自身で体験し探究したいという思いが募り、我が家にApple IIcがやってきた。私の人生における新パラダイム創世記の第一章だ。

Apple IIc
当時日本で展開されたApple IIcのカタログをスキャンしたもの。




宗教にも例えられたMacintosh。1980年代中期、Appleカルチャーの創成期

石油会社で営業から情報システム部へ異動となり、Macintosh 512Kに買い替えた。私は文字どおりのMac Fanとなった。GUIを実装したMacは、新しいテクノロジーの潮流を牽引するイノベーターと、ガジェット好きのGeek(ギーク:オタク)の心を掴んだ。私はどちらでもなく、Macintoshという名前の響きに新たなライフスタイルの気配を感じたただのフォロワーに過ぎなかった。

Macintoshは、掲げられた「世界を変える、一人ずつ」というスローガンと、それを信奉する熱狂的なユーザの存在ゆえに、宗教にたとえられることが多かった。その熱情には、一般の宗教さえも見習うべきほどの“熱量”があった。その空気にほだされ、Geekの域を超えて、エバンジェリスト(福音伝道師)と呼ばれるコアなファンが生まれたほどだ。Appleカルチャー誕生と、それにまつわる象徴的な現象である。

Macを使っていると、熱情が自分の中で膨らみ、新しい発想が湧いてくる。新しいツールを使って仕事をすると、創造性が刺激され従来とは違ったアプローチと完成度で仕事をやってのけることができた。まさにAppleがMacの広告で使った「知的自転車」だ。テクノロジーは、人の創造性と能力を増幅する。従来の手法よりはるかに速く目的地に達して、さらに大きな成果を生み出す。

これらのコアファンたちが、開発者やAppleのエンジニアたちとともにユーザグループを組織していった。そのうねりは広がり、人から人へと伝わりながら、一人ひとりが世界を変える原動力となっていった。

Macintosh 512Kとユーザグループ
Macintosh 512Kのカタログをスキャンしたもの。多様なユーザを映し出した写真が印象的だ。

Macintoshという不思議なツール。人の想像力と能力を増やし、前進させる

エバンジェリストは、その名のとおり会社や学校でMacintoshの福音を述べ伝えた。私も自分のMacをキャリングバッグに入れて会社に持ち込み、MacDrawなどの作図ソフトでシステム構築の企画書を作って提出するなど、フル活用していた。それまで手書きや専用端末に頼っていた作業が、自分の机の上で完結するようになったのだ。

Appleが1980年代後期に流したCMに「The Power to Be Your Best」シリーズがある。代表的な「The War Room」に描かれた光景は、まさにそのままだった。Macは人の創造力と能力を増幅し、人間を前進させるツールなのだと実感したものだ。

The Power to Be Your Best

Macユーザにひらめく発想は、示現とも呼べる異次元からの促しであった。「この力は、いったいどこから生まれ、降りてくるのだろうか?」私が常に抱いた疑問だ。

1990年代はパソコン通信や電子会議システムの成長期。私も、東京でジェフ・シェパードが主催するTWICSというDEC VAXベースの電子会議システムに参加していた。日本語はまだ使えなかったが、東大の公文俊平氏など、日本のネット時代を牽引する重鎮がメンバーとして名を連ねていた。オフ会がたびたび開催され、私も参加していた。

さて、このTWICSへの参加をきっかけに、私はAppleに入社することとなる。

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