目次
- “未完成”だから面白い。ChatGPTを統合した新時代のブラウザ「Atlas」
- Firefox、そしてChrome。ブラウザ開発の歴史を歩んだ技術者がAtlasの開発をリード
- Chromiumベースながら独自UIで自由度を確保。実現したmacOSネイティブの操作感
- 検索・URLボックスがない理由。Atlasの基本は、検索ではなくチャットによる指示
- Atlasの使い方。Webページを読みながら、サイドバーでChatGPTの併用が可能
- 文脈を記憶する「メモリ」と自律操作する「エージェント」。AIブラウジングの体験を深める機能
- 先進的で便利だが慎重さも必要。「メモリ」と「エージェント」の現在地
- ブラウザは「ページを表示するレンダラー」から「AIランタイム」へ。Webの“設計”に起こる変化
- 「オンデバイス vs Webサービス」論争の再来。パーソナルAI時代の選択
OpenAIは2025年10月21日、同社初のWebブラウザ「Atlas」をリリース。”AIブラウザの本命登場”として大きな注目を集めています。なお、この記事を書いている11月中旬時点で、提供されているのはMac版のみです。

私は、リリース直後からAtlasをメインブラウザとして使い始めました。つまり、約3週間にわたって使い込んだことになります。その結果、第一印象では見えなかったAtlasの本質や、OpenAIの狙いが浮かび上がってきました。
“未完成”だから面白い。ChatGPTを統合した新時代のブラウザ「Atlas」
初代Atlasは「シンプルで使いやすいブラウザ」です。普段からブラウザを使っている人なら、すぐに使い始められるでしょう。しかし同時に、自由度が非常に高く、どのように活用するかはユーザ次第であり、「使いこなしの奥が深いブラウザ」でもあります。
また、発表時にOpenAIのサム・アルトマンCEOが強調していたように、正式版とはいえ「最初のリリース」にすぎません。試験的に提供されている機能も多く、使用にあたって注意すべき点や、それに伴うリスクも少なくありません。その意味では「ユーザを選ぶブラウザ」とも言えます。
そして「OpenAIの野心を秘めたブラウザ」でもあります。Atlasは「Chrome対抗」や「Chromeキラー」といった文脈で語られがちですが、OpenAIが描くAIブラウジングの構想が順調に進展すれば、Googleよりむしろ、Appleとの間でより大きな対立が生じる可能性を感じています。
Firefox、そしてChrome。ブラウザ開発の歴史を歩んだ技術者がAtlasの開発をリード
Atlasの開発には技術リード/エンジニアとして、ダーリン・フィッシャー氏が参画しています。Netscape時代の経験を経てMozilla Firefoxの開発に深く関わり、その後Google Chromeのデザイン・開発をリードしたブラウザ開発のベテランです。
フィッシャー氏は、従来のブラウザにおける「タブが無秩序に増えるユーザインターフェイス(UI)」や、「検索・広告モデルの制約によってブラウザの進化が妨げられる現状」に不満を感じ、Googleを退社しました。そして、ブラウザ体験を再設計する道を模索する中で、「ブラウザ体験をAIとの対話や協働へとシフトさせる」というOpenAIの構想に共感し、Atlasの開発に加わったといいます。アルトマン氏らは同氏に、「より多くの人々にChatGPTを届け、それを体験の中核に据えること」を求めたそうです。

Chromiumベースながら独自UIで自由度を確保。実現したmacOSネイティブの操作感
Atlasは、Google主導のオープンソースブラウザプロジェクト「Chromium」を採用しています。Chromiumはブラウザ開発を容易にしますが、その構造や設計に制約されるのが課題です。巨大で複雑なコードベースゆえ、UIや挙動を大きく改変すると更新への追随が難しくなるからです。
そこで開発チームは、レンダリング部分にChromiumを利用し、UIをSwiftで独自に構築しました。Chromium側にはほとんど手を加えないためアップデートへの追随が容易な一方、UI/UXは自由に設計可能です。このアプローチにより、MacユーザはChromiumのレンダリング性能とmacOSネイティブの操作感の両方を得られます。

ただし、Atlasが現時点で提供するUIは従来のブラウザと変わらず、タブやブックマークはそのまま残されています。Atlasには「スクロールタブ」というタブ増加問題の対策となる独自機能が搭載されていますが、デフォルトは「クラシックタブ」のままです。

もし「スクロールタブ」をユーザに押し付ければ、従来型のブラウザに慣れたユーザが少なからず脱落するでしょう。発表時にアルトマン氏が「基本性能に優れたブラウザ」であることを強調したように、Atlasは独自のUI/UXを盛り込める設計ではあるものの、現時点では“尖った”ブラウザにして混乱させるのを避け、従来型ブラウザのユーザが容易に移行できるアプローチが取られています。
検索・URLボックスがない理由。Atlasの基本は、検索ではなくチャットによる指示
では、Atlasの初代バージョンの狙いは何か。それは「AIチャット(ChatGPT)を起点としたブラウザ利用」へのシフトです。
Atlasで新規タブを開くと、ホーム画面の中央にChatGPTの入力ボックスが現れます。従来のブラウザのメイン機能である、検索・URLボックスは表示されません。検索バーがあると従来のように検索してしまうため、まずチャットを意識してもらうデザインを採っており、開発チームはこのデザインを「ワンボックス」と呼んでいます。
検索・URLバーを完全に排除する案も検討されたそうですが、テストの結果、混乱するユーザが多く見られたため、現在はポインタをホバリングさせると表示される仕組みになっています。

Atlasの使い方。Webページを読みながら、サイドバーでChatGPTの併用が可能
Atlasの基本的な使い方は、「ブラウザでやりたいこと」をそのままチャットで指示するだけです。
たとえば「今後登場するApple製品の情報を知りたい」として、従来のブラウザでは、検索キーワードを考えて入力し、表示された検索結果から適切なページを選んで複数開き、それらを読んで情報を集める必要がありました。
ChatGPTが統合されているAtlasでは、「次に登場しそうなApple製品は?」と直接聞くだけで、AIがジャーナリストやアナリストの分析、うわさ報道などをネットで調べ、出典付きでまとめて提示してくれます。
さらに、結果に含まれるリンクをクリックしてページを開くと、画面右側にサイドバーが展開。そこでチャットを継続できます。Webページを読みながら、専門用語の解説や翻訳を依頼したり、内容について質問したりと常にChatGPTを利用可能です。

また、情報収集にとどまらず、「1日以上経過したタブを閉じて」といったタブ整理や、YouTubeのインタビュー動画から質問だけを抽出してもらうなど、従来は面倒だった作業をチャットで簡単に依頼できます。
文脈を記憶する「メモリ」と自律操作する「エージェント」。AIブラウジングの体験を深める機能
Atlasでは、AIブラウジングの体験をさらに2段階深めることができます。
- ChatGPT統合:AIが開いているタブを閲覧・理解し、それに基づいた対話が可能。
- メモリ(オプション):パーソナルなAIブラウジングを提供。
- エージェント(プレビュー):Atlasが自律的に操作・行動する。
「メモリ」:検索履歴や行動などをもとにパーソナライズ
メモリには、ユーザの指示や好み、設定などを保存してチャットに活用する「ChatGPTのメモリ」と、閲覧内容・タブ構成・調査テーマなどブラウジングの文脈を保持する「ブラウザーのメモリ」があります。これらをオンにすることで、パーソナルなAI支援を受けることが可能です。
たとえば「先週Googleマップで見つけた店を開いて」と曖昧に依頼しても、ユーザの好みや過去のブラウジングに基づき、ユーザが興味を持った店を提示してくれます。

「エージェント」:クリックや入力など、ユーザの操作を代行
エージェントは、ページの閲覧、リンクのクリック、フォーム入力、検索、スクロール、条件に合う要素の選択など、通常ユーザが手入力やクリックで行う一連の操作をAtlasが代行する機能です。ChatGPTの有料プラン契約者向けに、プレビュー機能として提供されています。
「ログイン済み」モードと「ログアウト済み」モードがあり、ログイン済みモードではアカウントが必要なWebサービス(Gmail、Notionなど)も操作対象です。



先進的で便利だが慎重さも必要。「メモリ」と「エージェント」の現在地
ただし、メモリとエージェントの使用は現時点で十分な注意を要します。メモリ機能は過剰な情報収集を避けるよう設計されていますが、クラウド上に情報が保持されるため、プライバシー面での懸念は拭えません。
非公開資料や業務上の機密情報、法律・健康に関わる検索などを扱う際は、セキュリティリスクを十分に考慮し、ユーザ自身がプライバシー管理の仕組みを理解したうえで利用することが求められます。

Webサービスを操作するエージェント機能についても、プライバシー、セキュリティ、操作ミスなどが課題です。また、現時点では実用性にも限りがあります。
「MLB全スタジアムを訪れて全チームを観戦するツアーを計画し、宿泊を含めた費用を算出」といった複雑で時間のかかるタスクには確かに有効です。ところが、簡単な作業を速やかに処理してくれるかというと、「Gmailでメッセージ作成画面を開く」といった単純な依頼に30秒以上かかるなど、手動で行ったほうが早いケースも少なくありません。
メモリとエージェントは、現在オプションやプレビュー扱いではあるものの、ChatGPT統合の真価を引き出すAtlasの中核機能です。しかし、3週間使用した結果、これらが本当の意味で実用段階に達するまでには、まだ時間を要するというのが率直な評価でした。
ブラウザは「ページを表示するレンダラー」から「AIランタイム」へ。Webの“設計”に起こる変化
ただし同時に、これらの機能を使った体験から、ブラウザの役割が根本的に変化しつつあることも強く実感しています。
従来のブラウザは、HTMLを描画し、JavaScriptを実行してインタラクションを可能にする「受動的な表示装置」です。そのため、情報の取得や整理は常にユーザの操作に依存していました。一方Atlasでは、WebページをAIが直接理解し、操作対象として扱えます。ブラウザが単なるHTMLビューアではなく、「AI推論を実行するプロセッサ」や「タスクを継続管理するメモリ」として機能し始めており、「AIにとっての“OS”」へと進んでいるように感じます。

現在エージェントの動作が遅い理由の一つは、Webが人間による操作(マウス・キーボード・タッチ)を前提に設計されていることにあります。AIがボタンの位置を特定し、押下操作を模倣するのは、人間が言葉や文化が異なる環境で仕事をこなすようなもので、時間も負荷もかかって当然です。
かつてパソコン向けだったWebが、モバイルアプリ向けに最適化されてモバイル時代が形成されたように、今後はAIが扱いやすいWebが設計されていくでしょう。 そのとき、PC、スマートフォンに続く、新しいネット体験が生まれるはずです。
「オンデバイス vs Webサービス」論争の再来。パーソナルAI時代の選択
Appleはプライバシー重視の立場から、AI処理を可能な限りデバイス内にとどめることで、安全なパーソナルAIを実現する方針を示しています。一方、OpenAIなどが目指すのは、ユーザの文脈(context)をクラウドで統合し、あらゆる環境で利用可能なパーソナルAIの実現です。

この構図は、2010年代前半に繰り広げられた「ネイティブアプリ(Apple) vs Webアプリ(Google、Facebookなど)」論争を思い起こさせます。
当時、「HTML5こそ未来」を掲げていたFacebookがネイティブアプリ開発へ方針転換したことで、アプリ優勢になりました。しかし、最終的に私たちはアプリとWebが共存する「ハイブリッドな環境」を手に入れました。
同じように、パーソナルAIを巡る議論も、いずれ「ローカルで動くAI」と「クラウドで文脈を把握するAI」が共存する形に落ち着くかもしれません。重要なのは、どちらが勝つかではなく、ユーザが「どのレイヤーで、AIにどこまで委ねるか」を選択できる環境が整っていくことです。
ブラウザがAIの実行環境となりつつある今、私たちが目撃しているのは単なる新機能の登場ではありません。インターネットの利用モデルそのものが大きく変わる兆しなのです。
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