現地時間2025年9月9日、Apple Parkにてスペシャルイベントが開催された。世界中のメディアやインフルエンサーが集結するこのイベントに現地参加した筆者は、Appleの「3つのチャレンジ」を見た。
変わるiPhone戦略の行方は?
Appleに限らず、米国の大企業の多くは、「うまくいっていることを続け、うまくいっていないことを変える」という非常に単純なロジックで、線形の成長を生み出している。
ティム・クック時代のAppleはその権化のような企業だ。売れている商品ラインアップを堅持し、プロセッサの性能を高め、バッテリとカメラを強化し、カメラ・オーディオの領域に、古典的な改良と演算処理による劇的な飛躍を含めていく。


その一方で、「非線形のイノベーションが生まれていない」と揶揄されることもある。しかし2015年に登場したApple Watchは、人気に火がつくまでの試行錯誤の過程で、「健康を常にモニタリングしてくれる役割」を見出し、見事大ヒット商品に仕立て上げた。
新たなiPhoneは、またそれとは違う。いわば“うまくいっていた製品ライン”に変更を加えるものだった。
これまでiPhoneのプロモデルは、ハイエンドの性能を求めるユーザと、高級感を求めるユーザの双方の期待に応えてきた。今年はこの部分に変更を加えている。ラインアップにiPhone Airを追加して、薄型の新デザインとチタンフレームによって高級感を演出するという、新たな選択肢を登場させたのだ。これにより、iPhone 17プロはより無骨で、排熱性能を高めた文字どおり「プロ向け」のキャラクターを強めることに成功した。
このように、1つの製品の役割を要素分解し、別々の製品として成立させる方針は、近年のiPhone戦略における最大のチャレンジだったと言える。

製品デザインの革新
次に見せたチャレンジは、ものづくりとデザインだ。
わかりやすい例で言えば、5.6ミリメートルというこれまでにない薄さのiPhone Airを実現するために、背面カメラ部分の膨らみ=プラトーに主要なパーツと基盤を集約するチャレンジを行った。
この「プラトーへの集約」というテクニックはiPhone 17プロにも適用しているが、こちらは放熱性の向上というプロモデルらしい目的を実現するためのものだ。
加えてiPhone 17プロシリーズでは、ベイパーチャンバーという、A19プロチップからの熱をボディ全体へと素早く移動させる仕組みを作り、熱問題の軽減に取り組んだ。
さらにApple Watch Ultra 3では、これまでの削り出し加工から、まったく異なる作り方へと移行している。その作り方とは、3Dプリンタの活用だ。
100%リサイクル素材のチタンを粉にし、これを3Dプリンタで積層。そこからApple Watchのケースを出力する製造方法を、はじめて取り入れたのである。
なお、これと同じテクニックはiPhone Airにも用いられた。iPhone Airは薄すぎて、既存のパーツではUSB-Cポートが収まりきらない。しかし、チタンの微粉を素材とし、3Dプリンタで製造することで、課題をクリアしているという。
製品を使っているだけでは現れてこないが、製品デザインの実現や環境配慮といった目的で、Appleのものづくりのチャレンジが光るイベントだった。
一辺倒の説明だけではなく“体験型”へのシフトへ
今回のスペシャルイベントは、「体験型の取材」が多かったのも特徴だった。
たとえばiPhone 17シリーズのブリーフィングは、45分ほどの時間が設けられ、好みの色のiPhoneを選び、好きなケースを取り付けてセットアップし、その写真を撮ったり、Apple Parkのリングビルディングを望遠カメラで撮影したり、といったものだった。


続いてAirPods Pro 3の場合は、iPhoneとAirPods Pro3だけで屋外ウォーキングのワークアウトを計測。そして、隣に居合わせた韓国からの記者と、ライブ翻訳機能を使って韓国語・日本語をお互いに喋りあって会話する時間もあった。


さらに、iPhone Airに対して測定機械で60キログラムの負荷をかけても割れずにしなり、元どおりまっすぐな筐体に戻る様子を見せたり、iPhone 17 Proのベイパーチャンバーを100度のお湯に浸し、熱伝導性の高さを示したり、といったデモンストレーションがあった。
すべて製品が、とおり一辺倒の説明をするだけではなく、体験を伴った伝え方へと大きく変化していたのだ。これは我々取材する人たち、特に新興国からは、テクノロジーメディアのバックグラウンドを持たない、たとえばYouTuberを筆頭としたインフルエンサーを多く呼び集めていることも関係しているのではないだろうかと思う。

現地で感じたAppleの着実な変化
Appleはジョブズ復帰後、秘密主義とサプライズの戦略で、人々に大きな期待感を作り出すブランド戦略を展開した。
だが、CEOの座をティム・クックに引き継いで早15年が過ぎ、SNSなどを活用してイベントや製品発表の告知を行うなど、過度な秘密主義は影を潜めた印象がある。そしてその間、Appleはビジネス的に着実な成功を積み上げてきた。そうした変化に合わせて、Z世代からアルファ世代、そして未来の消費者に対するブランディング活動へ、Appleはシフトし始めているのではないだろうか。
環境問題に配慮しつつも、エンジニアリング、ものづくり、テクノロジーの各要素で、他社が追いつけない圧倒的な進歩を作り出す。同時にそれらが、製品を使う我々ユーザにとってメリットをもたらし、生活に欠かせないツール、当たり前の存在というポジションを作り出す。
ゆっくりと着実な変化が、過去との差分をより大きく広げ、気づけばまったく異なる存在となっている。今回のイベントに筆者が覚えたAppleの印象は、昨年まで見ていた景色とは、かなり異なるものだった。




※この記事は『Mac Fan』2025年11月号に掲載されたものです。
著者プロフィール
松村太郎
ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。



