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大人気となった「初代AirPods」。“耳からうどん”もなんのその。Appleはユーザを「歩く看板」にした

著者: 大谷和利

大人気となった「初代AirPods」。“耳からうどん”もなんのその。Appleはユーザを「歩く看板」にした

合理的根拠から生まれた形だった

Appleは、携帯デジタル音楽プレーヤのiPodの時代に、オーディオ機器では常識的だったブラックやメタリックグレーではない、ホワイトカラーのイヤフォンを同梱した。そして、その白いコードがリズミカルに揺れるさまをグラフィカルなアニメーションで表現する、通称「シルエットCM」で注目を集めた。このカラースキームは街中での差別化にもつながり、目立つことで実際以上に人気があるように感じられる心理的効果を生む結果となった。

小さいながらもAppleのシグネチャー製品ともいえるそのイヤフォンをワイヤレス化するにあたって、Appleは順当であると同時に大胆な策に出た。基本的にはiPhone 5から付属された純正マイク付きイヤフォン「EarPods」からコードを取り除き、突起部分を太くしたデザインを採用したのである。

するとEarPodsのときにはさほど目につかなかった突起部分が視覚的に主張するようになり、まるで「耳からうどんが出ているようだ」と揶揄する声も聞かれた。しかし、それこそがAppleの狙いだったといえる。つまり、耳の中に隠れるようなイヤフォンでは、どこの製品が使われているのかわからないが、その突起があることで、ひと目でAirPodsとわかり、iPodの白いイヤフォンと同じように、ユーザを「歩く看板」化することができたのだ。




市場に好評だったAppleらしいUXの良さ

もちろん、その突起には機能的な意味合いもあった。その内部にバッテリやセンサを収め、先端にマイクと充電用接点を設けることで、十分なバッテリ容量や良好な音声のピックアップを実現し、余裕のできた本体の内部空間を音響回路やスピーカに割り当てることのできる形だったからだ。そして、接続したいデバイスにAirPodsをケースごと近づけて蓋を開け、画面に表示されるポップアップをタップすることでペアリングが完了し、それ以降はケースの蓋を開けるだけで接続されるというAppleらしいUXの良さも、市場に好評をもって迎えられた。

結局のところ人の目は慣れるもので、ユーザが増えるにつれて誰もその形状を笑う者はなくなり、AirPodsはワイヤレスイヤフォン市場で独走的な売れ行きを示すようになっていく。

開放型(オープンイヤタイプ)のAirPodsは、EarPodsと同じく、ほとんどの人の耳にフィットするという触れ込みで、シリコーン製のイヤチップなしで装着する方式だった。だが、コード付きのEarPodsは耳から外れてもぶら下がるだけだが、ワイヤレスのAirPodsは、歩道の側溝や鉄道の線路に消えるという悲劇も少なからず発生した。それは、外観を重視して前後がわかりにくくなった初代iMacの「ホッケーパックマウス」と同様に、理想を追いすぎた弊害でもあった。

そのため、サードパーティから左右のユニットをつなぐ落下防止アクセサリが発売されたりもしたが、街中ではその利用者を見かけたことがないので、大半は、実用性と引き換えにデザインを犠牲にしたくないと考えているのだろう。ということで、ノイズキャンセルを重視する上位のAirPods Proではイヤチップを採用しても、AirPodsは基本デザインを踏襲して今に至っているのである。

※この記事は『Mac Fan』2023年7月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、神保町AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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