Macのマウスだけで、どこか懐かしい雰囲気の湘南地域の風景を描くひとりの画家がいます。小菅達之助さんは2024年、喉頭がんを患い、声帯を切除。一度は声を失いましたが、現在は日常会話ができるまでになりました。リハビリをしながら創作にも意欲的に取り組み、そのときに描いた作品を含む“夏の昭和の青春”をテーマに鎌倉で開催した個展「マウス百画華 十」は盛況を博しました。
およそ30年間、マウスで描く絵画「マウス画」に取り組んできた小菅さんに、Macへのこだわり、創作への想い、マウス画のテクニックなどについてお話を聞いてみました。
Macの虜になり約30年、描き続けたマウス画
小菅さんは大手百貨店に勤務するサラリーマン。現在は週の半分をリモートワークで過ごしています。
Macとの出会いは入社2年目の1994年ごろ。会社の企画部門でMacを使っており、カーソルキーではなくマウスを動かす操作に感動し、ボーナスを注ぎ込んで購入したのが「Power Macintosh 6100 AV」でした。

「使い始めると、ペイントツールでの描画が楽しくて。ときには、クライアント企業向け資料のイラストを描くこともありました。昔から、Macの『ゴミ箱』にデータを移すとぷくっと膨らむような遊び心のあるギミックが好きでした。今でもMacに愛着があります」
その後、初代iMacやWindows PCと、時代とともにマシンも乗り換えながら、マウス画を描き続けました。また「PowerPoint」で販促物のデザイン見本の作成をしたり、企画のレイアウトを作成するなど、会社業務をこなす中でもマウスのスキルは磨かれる日々。パソコンを使わない部署に異動した時期にも、ストレス解消にマウス画を描き続けたといいます。
そうして、30数年前にMacと出会って描き始めたマウス画は、いまや3500点を超えるほどの作品数となっていました。

「絵の具や画材もいらないのが、マウス画の良いところ。会社帰りのファミレスでMacBookを開いて、ポテトをつまみに生ビールを飲みながら描いたり(笑)。だから、のめり込み過ぎず片手間に楽しくやるのが30年以上続いている理由かもしれません」

シンプルな描画ソフトならではの味
小菅さんのマウス画が放つ“デジタルなのに粗野な画風”は、精密なイメージのCGアートとは真逆で、素朴だと言われることが多いのだそう。
創作にはフリーソフト「Paintbrush」を2009年から愛用しています。レイヤー機能などを備えないシンプルな描画ソフトで、ペンも1種類だけ。リドゥ(操作の取り消しを戻す機能)も備えないため、紙のように一発描きに近い使用感といいます。

「レイヤーやリドゥ(操作の取り消しを戻す機能)がなく、ときどきフリーズもするのでほかのソフトも試しましたが、結局コレしか使いません。拡大するとガタガタで、個展に来た子どもには“ピクセルがギザギザだ!”なんて言われますが、これも味だと前向きにとらえています」
色鉛筆風のパレットから色を選択し、太さや透明度を変えながら塗り重ね、消しゴムで削るように線に凹凸をつけます。こだわりとしては、輪郭線を引かないことと、色数を極力抑えること、わかりやすく大きく描くことだといいます。

「色数を最終的にどんどん減らしていきます。グラデーションのようでも、よく観ると色が急に変わってるんです。風景など自然のものは情報量が多いので、その情報を整理して単純化することで、ダイレクトにみんなに伝わるようにするのが画家の仕事だと考えています」
制作にかける時間は、大体3~5時間ほどで、早ければ数十分ということも。思いついたらすぐ描かないと空気感や鮮度が失われるため、即時性を重視しています。
一方で、高度な描画ソフトやツールが世に溢れる昨今、マウスでの一発描きにこだわる理由を尋ねると「いまのコンピュータアートはレイヤーを重ねることができたり便利なのはわかるものの、そうなると画家ではなく「イラストレーター」だなと。やっぱり僕は1枚の紙だと思って描き始めて、リドゥのようなやり直しができないスタイルが合っています」と、画家としての矜持を垣間見せました。

声帯切除の苦難乗り越え、創作に邁進
元々藤沢で育った小菅さん。社会人になり、フランス赴任や東京・武蔵野市などに居を移しながら、両親の介護のため2023年に湘南地域に20年ぶりに戻ってきました。そして改めて、この地の美しさを伝えたいという思いが湧いたと言います。
「若い頃に住んだ湘南の辺りは特に、平日の海だとドキッとするようなきれいな瞬間があって。今日の湘南はこんな感じだったと伝えたくなるんです」

そんな小菅さんを予期せぬ病魔が襲います。2023年12月、喉に悪性の腫瘍が見つかり、放射線治療も効果がなく、声帯を全摘出することになりました。
摘出手術後、人工咽頭を埋め込む「シャント手術」を受けるまでの約2カ月間はまったく喋ることができませんでした。
思い出すのは2018年に膵臓がんで亡くなった友人のこと。中高時代に絵の腕を競った間柄でしたが、ともに切磋琢磨した友人が浪人して美大に進学する一方、小菅さんは家庭の方針もあり、美大を諦め手堅い道に進むことに。しかしその友人も、画家の夢は果たせませんでした。
「彼はもう、描きたくても描けない。自分は生きている限りは描ける」
創作意欲は衰えず、摘出手術の当日も病室でマウス画を描き、さらに術後は、1日1枚以上を目標に約2カ月間、描き続けました。
リハビリを経て、現在は食道から声を出す「シャント発声」を習得した小菅さん。取材中、すべての会話の受け答えをスムーズにこなす姿に、術後わずか1年足らずとは、と感嘆の思いを打ち明けてみました。すると「僕もびっくりしていて、完全に喋れなくなると覚悟していたから。いろんな発声を試行錯誤して、先生にも習得が早いと言われました」と、こちらの不躾な問いに明るく答えてくれました。

不安や苦労は当然あったはずですが、「話し方が少しゆっくりになったからか、耳の遠い母と以前よりも会話できるようになって…。想像と真逆の未来でした」と、前向きに話します。
また、今年8月に開催した個展では、病気のことを知って来場したお客さんも多く、励ましの声も多数もらったと言います。
「バックにヘルプマークを付けていますが、あえてオープンにして認知を広げる絶好の機会じゃないかと。病気などいろいろあったけど、細かいことは気にしないで、口角を上げて元気な姿を見せたい」
と、自身の経験をオープンにして、悩みを抱える人の後押しをしたい、という思いも語ってくれました。
マウス画で幸福を伝えたい。多くの人に受け入れてもらえる作品に
小菅さんの根底にあるのは、作品を観た人に喜んでもらいたいという気持ち。だからこそ、地元の人に「知らない人が描いている」と思われないよう、青春時代を過ごした湘南地域の空気感を大切にしています。
また作品を観にやってくるお客さんには高齢の女性も多く、「マウスって何? スマホ?」のように、描いている道具を気にしない方も少なくないのだとか。一方で「この色が素敵」「懐かしい」そんな声を聞くたび、説明が必要な絵ではなく、一目観てわかりやすい作品にしたいという思いが募ります。

「高尚なクラシックの音楽じゃなくて、ユーミンやサザンみたいな、多くの人がわかる作家でいたいと思っています」

「恥ずかしくても見せちゃう度胸が大事」と、2010年からSNSでもマウス画を定期的に投稿し続けています。ときには、予期しない作品が好評でとまどうことも。また昨今は湘南地域が人気漫画の聖地ということもあり、海外の方から反応をもらうことも多いのだそう。

ただ、“いいね!”の数とは別に「え!? 自分でこの絵描いたの?とびっくりするほど上手く描けてしまうことがある」とほほえみます。
「描き続けてると少なからずあるこの瞬間が本当に快感で、追い求めています。自己満足なのですが、たぶんこれが原動力です」

最後に、これからマウス画をはじめてみたい人へのアドバイスを聞いてみました。
「道具にこだわらずに始めてみてください。年齢は関係ないです。恥ずかしがらずたくさんの人に観てもらうのが続ける秘訣だと思います」
「適当でいいんです」と穏やかに笑う小菅さんの姿に、“好き”を続ける人の生きる強さを感じました。
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著者プロフィール
小枝祐基
PC、Mac、家電・デジタルガジェット周りを得意とするフリーライター。著書に『今日から使えるMacBook Air & Pro』(ソシム)、『疲れないパソコン仕事術』(インプレス)など。








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