AIといえば、今は生成AIがもっとも注目されているが、その応用分野はもちろんそれだけに留まらない。
「学習してアダプティブ(適応・順応できる)に問題を解決する」という特性を活かし、人間の身体的な能力の拡張のためにAIを応用した製品が、脚力を増強するアウトドア外骨格(パワードスーツ)の「Hypershell」だ。
実際に装着すると、自分の脚が電動アシスト化されたかのような錯覚になり、力強い歩きでグイグイと進んでいける。
今回は、筆者が自腹で購入し、実際に下肢に麻痺のある方にも使っていただいた、パワードスーツ「Hypershell Pro X」についてレポートする。
脚の自由度と着実な力の伝達を両立
筆者は自分でも健脚なほうだと思うが、人間誰しも年齢とともに筋力が低下する。また、不慮の事故や病により、手足の動きが不自由になる可能性もある。
そんなことを考えて、コンシューマーレベルでそれを補う技術がどの程度まで実用化されているのかを知りたいと考え、クラウドファンディングでHypershellを支援したのは、約2年前のことだった。メーカーは、香港に本社を持つ、製品と同名のHypershellというスタートアップ企業である。
半年で完成して出荷されるはずが、コロナ禍と重なったこともあって開発が遅れ、実際に製品が届いたのは数カ月前だった。しかし、その分、熟成に時間をかけられたのか、その完成度はこれが初代とは思えないほど高い水準にある。
エントリーモデルの「Hypershell Go X」(アルミ合金とステンレス製で重量2kg。最大0.5馬力)、ミドルレンジモデルの「Hypershell Pro X」(同最大1馬力)、ハイエンドモデルの「Hypershell Carbon X」(アルミ合金とチタン合金、カーボンファイバー製で重量1.8kg。最大1馬力)の3モデルからなり、筆者が選んだのは中間のHypershell Pro X。
初めてのジャンルの製品で、どのくらいのパワーがあればよいのかわからなかったのと、200gの差のために高価なカーボンモデルは不要と判断しての選択だった。
ちなみに、価格はHypershell Go Xが13万9800円、Hypershell Pro Xが16万9800円、Hypershell Carbon Xが25万9800円だが、クラウドファンディングでは円安が進んでいなかったこともあり、Hypershell Pro Xを約6万円で入手することができた。

装着時には腰から膝上にかけてそれなりのサイズになるが、たとえば山登りならば登山口までは携行して、登る直前に装着することも考えられる。そのため、運搬の容易さも考慮され、畳めばバックパックに入れて持ち運べるようになる。
また、展開時には、その形状からΩ(オメガ)構造と呼ばれる独自のデザインによって力の作用点が腿の正面に位置し、アシスト力が無駄なく脚に伝達される仕組みになっている。

ヒンジの位置もよく考えられており、装着したまま椅子に座ったり、足を組んだりすることも自由にできる。筆者は、Hypershellを装着したまま、大阪から東京まで新幹線で移動して仕事をこなし、再び大阪まで戻ってきたが、まったく問題なかった。
そして、このようなデバイスを装着していると周囲から好奇の目で見られるのではという心配も多少はあったものの、それは杞憂に終わり、ほとんど気づかれずに移動することができた。
スリムな形状で身体にフィットすることや、遠目にはスポーツウェアのストライプか何かに見えることもあるが、たいていの人は、電車内でも歩いていてもスマートフォンの画面に夢中で、周囲のことなどあまり気にしていなかったからである(笑)。
専用アプリで細かな設定も可能
最初のセットアップは、専用アプリで身長などを入力し、指示に従ってフィッティングを行う。基本的には、骨盤の幅に合わせて左右のモーター間の距離を調整し、腿への装着パッドを膝上2cmほどのところにセットすればよい。腰ベルトは金属製のアームとは独立しており、位置がズレないようにややしっかり目に締める。
誤動作を防ぐために、起動は、電源スイッチの短押しに続けて長押しすることで行う。同じスイッチで、パワーの切り替えもでき、Hypershell Pro Xの場合には、ノーマルモード4段階とハイパーモード4段階の計8段階がある。基本的には、ノーマルモードの4が0.5馬力、ハイパーモードの4が1馬力のアシストに相当すると考えられる。
アプリは、パワーや運動の種類の切り替え機能のほか、装着状態で歩いた歩数、登った高さ、距離の記録が行われるようになっている。一方で、Hypershellの利用時に常時アプリを起動しておく必要はなく、本体の電源を入れるだけで使うことが可能だ。自分で動き出さない限りパワーがかからないのは電動アシスト自転車と同じだが、平地で歩き始めると、一番出力が弱いモードでもしっかりアシスト力を感じられる。

利用すると運動量は上がる
使ってみて驚いたのは、モーターの静粛性だ。電気自動車でもロボットでも、動くときには、それなりにモーターの回転音がする。しかし、Hypershellの場合には、よほど耳を近づけない限り、無音に思えるほど静かだ。これも、周囲の注意をひかない理由のひとつといえ、人通りの多い場所でも気兼ねなく利用できる。
平地に比べて、上りの坂道や階段では、よりパワーが必要となるが、よくチューニングされたAIのおかげで、アシスト力の増減も自然かつ滑らかに行われる。そのため、ユーザはパワーの変化を意識することなく、ただ地形に合わせて歩いたり走ったりするだけでよい。あえてアプリ画面を表示しながら歩いてみると、モードがリアルタイムで変化していく様子がはっきり見てとれた。


興味深いのは、Hypershellを装着して行動すると運動量が減るように思えるのだが、iPhoneのワークアウト記録を確認すると、逆に心拍数は上がり、消費カロリーも増えていた。本人は楽に動いている気がするのだが、実際には、脚の動きが速くなったり、より高く上がったりするので、運動量が増えているものと考えられる。

パワーの点では、普段使いならばノーマルモードの2くらいまででも十分なほどで、ハイパーモードにすると本当にグイグイ脚が持ち上がるようになる。これは、登山などのアクティブなアウトドアアクティビティ向けのモードだ。
筆者は、実際の山登りで試したことはないが、登山に使ったユーザからは「Hypershellなしでの登山は考えられなくなった」との声も聞かれた。ちなみにHypershellには冬山での利用を想定して-20度まで耐えられる寒冷地仕様のバッテリーも用意されており、メーカーの本気度が窺える。
医療機器ではないがリハビリにも有効
加えて、アメリカのユーザフィードバックでいくつか見かけたのは、事故や病気の後遺症で脚に麻痺が残っていたり、先天的に左右の脚の長さが異なっていたりするために、足元がおぼつかず、バランスよく歩けない人たちからのものだ。
その人たちは、さほど期待せずに支援したが、実際に使ってみると、装着している間は痛みがなく動けたり、普通に歩けたり、何より気持ちが前を向いて外に出る気になったといったフィードバックを残している。
メーカーの立場としては、Hypershellはあくまでも医療機器ではなく、また、人によって障がいの程度もさまざまなので、もしリハビリ目的などで使う場合には、主治医の指示に従うようにというスタンスをとっている。
そこで、筆者も知人の親戚で、脳溢血の後遺症で下肢に麻痺が残っている医師の方に試していただいた。ご本人は全身麻痺に近いところからリハビリに努め、日常生活に復帰して自動車の運転もできるところまで回復されたが、自宅ではどうしても手や腕に比べて脚を動かす機会が減り、下肢のリハビリが進みにくいところがあるという。また、つま先が上がらない歩き方では、街中の点字ブロックでも転ぶことがあり、そうするとますます外に出る機会が少なくなるとのことだった。
しかし、短時間ではあったがHypershellを装着したところ、つま先が上がるようになり、傍目からも足取りがしっかりしてくることが見てとれた。そして、リハビリ機器に比べてはるかに安い価格に驚かれ、ご自身でも購入して使い続けることを、その場で即決されて、リハビリ担当の医師の方にも紹介してみるとのことだった。
今のところ、Hypershellを気軽に試せるようなショールームが存在していないことが残念だが、筆者としても、機会があれば同様の麻痺のある方に試用していただき、フィードバックが得られればと思っている。これはApple Vision Proと同じく、体験しなければわからない種類の先進的な製品なのだから。

著者プロフィール
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、神保町AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。



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