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Appleが“環境問題”に本気な理由。「カーボンニュートラルの達成」は過去最大のイノベーション? 紐解いていくと…ビジネス的にもかなりアリ

著者: 牧野武文

Appleが“環境問題”に本気な理由。「カーボンニュートラルの達成」は過去最大のイノベーション? 紐解いていくと…ビジネス的にもかなりアリ

画像●Apple

Apple Watch Series 9、そしてApple Watch Ultra 2は、Apple初のカーボンニュートラル製品として登場した。さらにAppleは、2030年までにすべての製品をカーボンニュートラルにすると発表している。

しかも、製品素材が脱炭素というだけではなく、サプライヤーにも脱炭素を求め、ユーザが充電する電力にもカーボンオフセットを行うという徹底ぶりだ。

Appleはなぜ、ここまで環境に本気なのか。これが今回の疑問だ。

※この記事は『Mac Fan 2024年2月号』に掲載されたものです。

Appleの“凄まじい”環境への取り組み。2030年までに全製品をカーボンニュートラルに

最近のApple製品にはイノベーションがない、とよく言われる。しかし、それは私たちの視野が狭くなっているだけなのかもしれない。

たとえば、Appleは今年9月に新しいApple Watchを発売したが、これは新モデルというだけだけでなく、Apple初のカーボンニュートラル製品だった。さらにAppleは、カーボンニュートラル製品を広げ、2030年にはすべての製品をカーボンニュートラルにすると宣言している。

これは、“おしゃれで意識の高い”Appleのプロモーションのひとつなのだろうか。それはおそらく違う。Appleは本気であり、カーボンニュートラルを実現する手法は凄まじいとしか言いようがない。

というのも、Appleは自社だけでなく、部品を供給する全サプライヤーにもクリーン電力の使用と再生可能素材の使用を求めているのだ。さらに、輸送時に生まれる二酸化炭素や、ユーザが使うために充電する電力を発電するときに生まれる二酸化炭素までカーボンオフセットしようとしている。

なお、ここで使われる電力の75%は再生可能電力を発電するプロジェクトにAppleが出資することでまかない、残りの25%はカーボンクレジット(排出権)を購入することで相殺する。

つまり、エコな素材を使うだけではなく、製造から輸送、ユーザによる使用まで、Apple製品からは二酸化炭素がまったく放出されないようにするというわけだ。




自社だけのカーボンニュートラルは、“ロンダリング”につながる可能性も。取り組みから見えるAppleの気概

サプライヤーやユーザが使う電力まで、包括的なカーボンニュートラルの対象として考える発想は、考え方としては以前からあった。

しかし、着手したのはAppleやトヨタ自動車、積水ハウスやセイコーエプソンといったリーダー企業に限られている。自社部分だけカーボンニュートラルであっても、環境負荷の高い部材を調達しているのでは意味がない。場合によっては、消費者にいい顔をして環境に負荷を与えるカーボンロンダリングが起こる可能性もある。

しかし、サプライヤーにまでカーボンニュートラルを求めるのは非常に難しい。サプライヤーには体力のない企業もあり、環境対策投資を担いきれないところもある。そのため、サプライヤーに対する支援も行わないと、包括的なカーボンニュートラルは達成できない。

だからこそ、それをやろうとしてしているAppleは、端的に言って「本気」なのだ。

Appleと環境。“マザー・ネイチャー”が登場するビデオは、ユーモラスだが本気度が伝わる

AppleのWebサイトにある「環境」のページでは、あるビデオが公開されている。Appleの社内会議に“マザー・ネイチャー”(母なる大自然)が降臨するという、WWDC 23でも公開されたビデオだ。

「環境」のページ。完全なカーボンニュートラルを目指すAppleの取り組みが、詳細かつわかりやすく解説されている。

マザー・ネイチャーは、Appleが言葉だけの環境対策をしようとしているのではないかと疑い、厳しい質問をスタッフにぶつける。しかし、その回答を受けてマザー・ネイチャーは納得し「また来年くる」と言い残して帰っていくというものだ。ユーモラスな映像だが、Appleの本気度がわかる内容になっている。

Appleの社内会議にMother Nature(母なる大自然)が降臨し、Appleの環境への取り組みを追求する様子がユーモラスに描かれている。日本語の字幕も用意されているのでぜひご覧いただきたい。動画●Apple




カーボンニュートラルへの挑戦は、Appleの創業以来、最大のイノベーション?

Appleのカーボンニュートラルへの取り込みは、数々のイノベーションを必要とする。それ自体がおそらく、Apple創業以来、最大のイノベーションかもしれない。

これまでAppleと私たちユーザは、ほかの企業や消費者と同じように、地球環境を傷つけながら利便性や快楽を享受してきた。それどころか人類は、その誕生以来、環境を“消費”することで生き延びてきたのだ。その悪い連鎖をAppleは断ち切ろうとしている。これはビッグ・イノベーション以外の何ものでもない。

しかし、多くの人はイノベーションではなく、「Appleの“善行”のひとつ」程度に認識してしまう。それは、その人たちの消費行動に対する考え方が古い時代のままだからではないだろうか。

以前の消費行動は、企業と消費者の二者だけの関係で考えるものだった。企業は消費者に提供できるメリットを最大化し、価格を最小化する。一方、消費者は自分にとってのメリットを最大化し、出費を最小化しようとする。この二者の関係の中では、FaceTimeやApple Payといった画期的なサービスや、デバイスのスペック上の数値が向上することがイノベーションだと認識される。

しかし、現在の消費行動は企業と消費者、社会の三者の関係で考えられるようになってきている。コスパのいい製品でも、それが社会に対してネガティブな影響を与えている場合、消費者は購入しない。カーボンニュートラルはその際たる例であり、途上国の環境や生産者の人権を傷つけないフェアトレード製品もそのひとつだ。

もう少し例を身近にしてみると、どこかの国の誰かを低賃金で酷使して製造された製品だとわかっていたら、使っていて複雑な気持ちにならないだろうか。Appleは、この新しい時代の消費行動にいち早く適応しようとしているわけだ。

カーボンニュートラルは、ビジネス的にも“そろばん”が合う? 数年後、コストは利益に

Appleが2023年9月に公開したプレスリリース「Apple、初のカーボンニュートラルな製品を発表」では、「私たちは手を緩めません。私たちは、世界でもっとも人気が高い時計をカーボンニュートラルにするという重要なマイルストーンを達成しました。今後も、喫緊の課題を解決するためのイノベーションを続けていきます」と、カーボンニュートラルがイノベーションであると断言している。

同リリースでは、Apple初のカーボンニュートラル製品となったApple Watch Series 9について、そしてAppleの環境への取り組みがまとめられている。画像●Apple

注目したいのは、このAppleのカーボンニュートラルがビジネス的にもそろばんが合うということだ。たしかに、現在はさまざまな開発、支援、投資をしなければならず、大きな予算を必要とする。しかし、これを乗り切ってしまえばAppleもサプライヤーもどんどん楽になっていく。

現況ではクリーン電力を使用するといっても、立地などの関係から再生可能エネルギーだけを使うことはなかなか難しい。そこで、利用している電力の内訳を調べ、化石燃料を使った電力が排出する二酸化炭素量を計算し、その分森林を育てたり、再生可能エネルギー発電に投資をしたり、排出権を購入して相殺をせざるを得ない。

2022年度の日本の発電の種類別内訳。再生可能エネルギーと呼べるのは21.7%にすぎない。これをどれだけ増やすかが課題だ。「2022年度エネルギー受給実績(速報)」(経済産業省)より作成
2022年度の日本の二酸化炭素排出源の内訳。産業部門はこれから大きく排出量が削減されていく。家庭からも16.5%の二酸化炭素が排出されているため、私たちの行動も問われるようになっている。「2022年度エネルギー受給実績(速報)」(経済産業省)より作成。

しかし、どの国でも化石燃料を減らして再生可能エネルギーを増やそうとしているので、何年かすると、相殺すべき量は減っていく。ユーザが消費する電力についても同じことが言える。つまり、カーボンニュートラルコストは徐々に減っていくことになり、その分はまるまる利益に転換できるのだ。




カーボンニュートラルの達成は、Appleの利益率向上にもつながる。そしてさらなるイノベーションへ…

  「Apple製品は高くなった」とよく言われるが、これはほとんどが極端な円安が進んだ影響によるもので、米国価格はどの製品もほぼ据え置きに近い。つまり、カーボンニュートラルが達成できれば、Appleは製品価格を据え置きながら、将来的に利益率を上げていくことができるのだ。そして、利益率が上がることで、新たなイノベーションへの投資が可能となる。

こう考えていくと、Appleがこれまで起こしてきたイノベーションは序章にすぎなかったのかもしれない、とすら思えてくる。“ジョブズ亡きあとのApple”は、ジョブズが果たせなかった挑戦を今まさにしようとしているのだ。

地球温暖化の原因が二酸化炭素などの温室効果ガスにあるのか、いまだに疑義の声はある。しかし、学術的にはすでに確定している。日本の平均気温が上昇傾向にあることも事実だ。この100年で1.26度も上昇している。「脱炭素ポータル」(環境省)より引用。

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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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