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単なる「入れ物」ではない。Macの“外箱”に秘められた「究極のブランド体験」とは?

著者: 毛内達大

単なる「入れ物」ではない。Macの“外箱”に秘められた「究極のブランド体験」とは?

なぜ私たちはMacに惹かれるのか──。

それはAppleが単なる「商品」ではなく、常に「最高の製品」を目指し、Macを開発しているからにほかならならない。

プロダクトデザイン、パフォーマンス、UI/UX、サウンド、パッケージ…。

ときに異常と言えるほどディテールにこだわり、Macを世に送り出している。

1984年以降愛され続けてきた革新的なパーソナルコンピュータのすごさを、プロフェッショナルや専門家への取材をもとに、改めて掘り下げてみよう。

※この記事は『Mac Fan 2024年7月号』に掲載されたものです。

Appleは「箱」にもこだわる

Appleのこだわりは、製品そのものだけに反映されているわけではない。

製品を購入した際に最初に目にする「外箱」(正確には「化粧箱」)にも、同社の入念なブランド戦略が込められている。

貼箱ディレクター/プロデューサーで村上紙器工業所の代表を務める村上誠氏に、Appleが作る外箱について詳しく話を聞いた。

村上誠さん

貼り箱を通して、企業ブランディングをプロデュースする村上紙器工業所の代表。大阪市内の工業高校(電気科)を卒業後、NHK大阪放送局技術部に勤務。テレビのエンジニアとして送信技術業務、おもに近畿管内にあるテレビ放送中継所(サテライト)の保守・運用管理。及び、放送衛星(BS地上設備)の運用管理に従事。退職後は保育士として働き、その後カナダのバンクーバーにて皿洗いやウエイター、カメラマンなどを経験。2005年に父親から家業を引継ぎ、現職に至る。
【URL】https://www.hakoya.biz



代々受け継がれる貼り箱専門メーカー

──村上さんがAppleデバイスと出会ったきっかけは何だったのでしょう?

弊社は家業として代々「貼箱」と呼ばれるカテゴリの箱を製造しています。直接的に印刷物を扱うことはほとんどありませんが、最低限「ロゴをどこに配置するのか」といったデザインの素養は必要になってきます。父が代表を務めていた時代、DTPが登場して間もない頃はMacもまだまだ高価なツールで、弊社もアナログで作業していたんです。

そんなとき、私の友人がたまたま製版会社に勤めていて、Macを使ってオペレーターのような仕事をしていたんですよね。私は彼にMacの操作方法やアドビの「Illustrator」の使い方を教えてもらっていたんですが、やっぱり自宅にMacなければどうしようもない。どんなモデルでもいいから導入したかったんですが、父に「箱屋にコンピュータはいらない」と言われてしまって(笑)。

なのでコツコツお小遣いを貯めて、15インチのディスプレイ一体型のPerformaを買いました。その後、苦労して父を説得して、会社にもMacを導入してもらいました。もう30年以上前の話ですが、そこからずっとMacを使っています。

──ちなみに、現在はどのモデルを使っていますか?

現在はAppleシリコン搭載のMac miniをメインに、EIZOの外付けディスプレイに接続して使っています。私は映像編集などを行うこともないので、仕事内容としてもMac miniで十分過ぎるほど快適です。

外箱の役割は流通だけではない

──一般的に、外箱にはどのような役割があるのでしょうか?

まずもっとも基本的なのは「商品を包む/保護する」という機能です。商品を流通させるうえで、中身を保護しながらカスタマーにしっかり届けなければならないため、どうしても外箱が必要になってきます。あと、店頭に並んだ際にお客さんに手に取ってもらうための「パッケージデザイン」としての役割もありますが、私がもっとも重要だと考えているのが「ブランドコミュニケーション」の機能です。メーカーと消費者をつなぐ最初のコンタクトポイントは、外箱なんですよ。

現在はD2C(Direct to Consumer)で自社製品を販売しているメーカーもたくさん存在しますが、D2Cブランドの商品はインターネット上で購入したらそのまま自宅に商品が届くので、購入前に現物を見る機会がありません。つまり外箱の印象が、そのブランドのイメージに直結する。

たとえば、ティファニーという名前を聞いたとき、多くの人が真っ先に思い浮かぶのは、あの「ティファニーブルー」という独自のブランドカラーでしょう。あの色の外箱が「ティファニーを買った/もらった」という大切な顧客体験につながっているんです。たとえ中に入っている商品が一緒でも、ただのダンボール箱に包まれていたとしたら、興醒めする人が多いと思います(笑)。

──商品を梱包しているだけでなく、ブランドイメージを創出しているのですね。

もちろん「ダンボールが悪い」と言っているわけではありません。でも、MacやiPhoneがダンボールで梱包されていたとしたら、今日のように普及していなかったと私は思います。商品の封を開けて、箱から取り出す一連の行為を「Unboxing」と呼びますが、世界中のユーザがApple製品のUnboxing動画をYouTubeにアップしてくれるんです。もし広告宣伝費をかけて同じことをしようと思ったら、ものすごい費用がかかる。“開封の儀”と呼ばれる行為を通じて、購入者が自発的に動画プラットフォームで商品を宣伝してくれるのも、Appleの作る外箱に魅力があるからです。

──外箱にはマーケティングや宣伝の要素も含まれると。

だから、外箱は単なる「コスト」ではなく、ブランディングのための「投資」なんですよ。特に出荷台数が多くなればなるほど、コストと捉えた時点で「いかに安くするか」をメーカーは考えてしまう。たとえばiPhoneは毎年2億台以上出荷していますが、外箱1つの制作費が1円上がっただけで、トータル2億円も費用が上がってしまうわけです。業界ではいろいろな憶測がありますが、たとえば最新iPhoneの外箱が仮に1つ150円だとすると、外箱だけで年間300億円の費用をかけているんですよ。もちろん厳しくコストダウンを図っていると思いますが、国内メーカーではまずありえない数字です。この発想は、Appleが長い目でブランドの成長を考えているからこそ実現できることだと思います。


紙の断面にまでAppleのこだわりが

──今回はMacBook Proの外箱を解体いただきましたが、構造的な特徴はありますでしょうか?

まずMacBookの外箱は「組み箱」と呼ばれるタイプで、iPhoneの貼箱とはまったく構造が異なります。組み箱は平面のボール紙にデザインを印刷したあと、木型で切り抜いて、それを組み立てて作ります。組み箱は少し柔らかさがありますが、貼箱は硬さがあるうえ、中身がボール紙で詰まっているので、組み箱よりも重さがある。今回解体した外箱は厚みが1センチくらいだったのですが、貼箱のようにボール紙を何層にも重ねて厚みを出そうとすると膨大なコストがかかるので、見た瞬間に「中身がダンボールの組み箱だな」とわかりました。

ただ中身はダンボールなんですが、表面は0.3〜0.4ミリのカード紙を贅沢に使用しています。というのも、表面に貼り付けてある紙の断面を見てみると、中までしっかり白いですよね。一般的なお菓子の外箱には「コートボール」と呼ばれる素材が使われていますが、表面だけ印刷するので、断面に再生紙の鼠色が出てしまいます。カード紙はコートボールの数倍は高価なので、Appleのこだわりが垣間見れます。

今回解体してもらったのは、2018年モデルのMacBook Proの外箱。化粧箱のプロフェッショナルである村上氏は、ひと目見ただけで「中身がダンボールの組み箱」だと判断できたという。

──そのほか、特殊なところはありましたか?

正直、Macの外箱は見ただけである程度構造が理解できます。ただ分解してみて、いくつか意図がわからないところがあって…。1つが、カード紙を剥いだダンボール部分に現れる「切り込み」です。仮に無垢の木や鉄を素材として使っているなら、切り込みを入れることで重量を大きく減らすことができます。でも、ダンボールはもともと軽い素材で、極端には変わりません。しかも、切り込みを入れると空間が生まれるので、強度も若干落ちてしまう。出荷時の総重量をなるべく減らしたいのかもしれませんが、正確な意図は不明です。あと、ダンボールの一部に切り込みを入れて、薄いボール紙を丸めて貼り付けているのですが、これはメリットがまったくわからない(笑)。手作業の工程が1つでも増えると、費用も上がるし、時間もかかるので大変なんです。

──MacBook Air(M3)の外箱はいかがですか?

パッと見た限り、Mac Book Air(M3)もMac miniもiPadも、基本的な構造は同じだと思います。ただそれぞれ厚みが若干異なるので、世代やモデルによって細かくチューンアップしているのでしょう。

MacBook Proの外箱では、内側にはダンボールを、外側にはカード紙を使用。一般的に組箱で使われるコートボールでは断面が鼠色になってしまうため、カード紙を使うことで全体的なトーンを統一させている。
MacBook Proの外箱の内側に施された切り込み。軽量なダンボールでは大きく重さは変わらないものの、村上氏は「総重量を減らして流通コストを抑えているのかもしれない」と予想。

感情的価値の創出にコストを割いている

──村上さんは過去にメディアで「iPhoneの外箱に衝撃を受けた」と発言していました。今回MacBookの外箱を解体してみて、改めてどのような印象を受けましたか?

やはりAppleは、Unboxingというユーザエクスペリエンス(顧客体験)をしっかり意識して、製品をデザイン・設計していますよね。先ほども少し触れましたが、メーカーに外箱をブランディングとして考えているのか、それともコストとして捉えているのかで、根本的なユーザ体験が異なってきます。商品を梱包する手法はたくさんあるので、コストを下げるだけならいくらでも方法はあるんですよ。

でもAppleは膨大なお金と時間をかけて、約0.3ミリのわずかな断面にまでこだわってMacBookの外箱を作っている。そうしたディテールにこだわることによって、一般の人は「なぜかわからないけど、この箱かっこいいな」と感じるわけです。

これはプロダクトそのものと同じくらい、「どうやってブランドをお客さんに伝えるのか?」をAppleが真剣に考えているからこそ実現できることです。目に見えない感情的価値にも惜しみなく手間とお金をかけているのは、Appleという会社のすごさだと思いますね。

村上氏が「箱のプロが見ても、あり得ないような構造だった」と語るiPhoneの外箱。村上紙器工業所のブログで一部解説されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
【URL】https://www.hakoya.biz/blog/haribako/item_1172.html

著者プロフィール

毛内達大

毛内達大

エディター/ライター。IT・テクノロジー専門の月刊誌で編集者として従事。現在はフリーランスとして、紙・Webメディア問わず複数の媒体にて、インタビュー記事や導入事例など多ジャンルの記事を編集・執筆。

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