精密測定機器の専業メーカーとして75年の歴史を持つ株式会社テクロック。アナログからデジタル、さらにはクラウドへと進化する計測の世界において、同社はBluetooth対応の測定器やiPhoneやクラウドと連係するソリューションで新たな地平を切り拓いている。
現場起点の「測定DX」をどのように生み出しているのか、その背景と今後の展望を、同社代表取締役社長の原田健太郎さんと技術・品証本部長の小池淳さんに聞いた。
歴史ある測定機器メーカーから「測定DX」が登場した理由
長野県岡谷市に本社を構えるテクロックは、精密時計技術を応用した機械式測定器の製造からスタートし、現在ではゴムやプラスチックの硬さ計測分野で世界トップシェアを誇るまでに成長した。同社の代表取締役社長・原田健太郎さんは、製造現場における測定器についてこう話す。

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「製造現場でもっともよく使われている測定器は『ノギス』です。ポケットに入れて持ち歩き、部品の外径や内径などを手早く測れるのが魅力です。
また、生産ラインなどで量産部品の寸法や強度を測定するには、従来から使われている機械式の「ダイヤルゲージ」や、近年ではデジタル化した「インジケータ」も広く使われています。
多くのものづくりの現場では、パーツ単位からモジュール、最終アッセンブリに至るまで、すべての工程で精密な測定が要求されます」
ミクロン単位(1000分の1ミリ)やサブミクロン単位(1万分の1ミリ)の精度を実現する測定器の技術を持つ同社が、近年注力している取り組みが「測定DX」だ。
Bluetooth対応のデジタル測定器とクラウドを組み合わせた独自ソリューション「SmartMeasure」シリーズは、リアルタイムでのデータ収集と分析を可能にし、すでに国内外で11件の特許を取得している。測定器メーカーとしての技術力と製造現場への深い理解が融合して生まれたこの仕組みは、まさに“現場起点”のイノベーションといえる。

「測定器メーカーはハードウェア中心のビジネスのため、これまではソリューション開発にまで手が回らないこともありました。しかし弊社では、7〜8年ほど前から従来の計測技術を基本に据えつつ、DX(デジタルトランスフォーメーション)に力を入れ、ソフトウェアやクラウドサービスを自社開発する方針へと転換しました」
デジタル測定器を活用したソリューションの利点は、測定データの「可視化」と「即時集約」にあると説明する原田さん。従来の測定方法の課題については、次のように語す。
「工程や製品によって異なりますが、大きな工場では1日に何十回、何百回と測定を行います。従来はそのたびに目視でデータを確認し、測定器をペンに持ち替えて紙の帳票に記入していました。紙に記録されたデータは再利用が難しく、デジタル化されていても転記ミスなどが発生します。これらの問題は、測定器の精度向上だけでは解決できませんでした」
また、大量生産される工業製品では、わずかな確率で品質が許容範囲を逸脱した不良品が発生する。
現代の高度化された生産ラインでは、不良品がどの工程で、いつ、どのように発生したのかを特定する「トレーサビリティ」が重視されているが、測定データのデジタル化と集約を実現していれば原因の素早い特定や再発防止策の立案が容易になるという。
iPhoneと現場をつなぐ「SmartMeasure」シリーズ
測定データ管理システム「SmartMeasure」シリーズには、測定データをiPhoneアプリ経由で格納する「SmartMeasure・Lite(以下、ライト)」、社内や工場などのオンプレミス環境内で稼働する「 SmartMeasure・Server(以下、サーバ)」、複数拠点の計測データをクラウドに集約して活用する「SmartMeasure・Cloud(以下、クラウド)」の3種類があり、導入企業の環境に応じて選択できるほか、独自のカスタマイズも可能だ。

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特に、同社のBluetooth測定器からワンプッシュでデータを取り込めるライトのプランは、もっとも手軽に導入でき、専用の測定アプリはApp Storeから無料でダウンロード可能だ。iPhoneでの利用を念頭に開発を進めた理由については、ものづくりの現場で日常的にiPhoneが使われていたことや、インターネット環境が整っていない工場などでも柔軟に運用できるモバイル性の高さが挙げられるという。
測定アプリの基本的な使い方は、Bluetooth測定器のボタンを押して測定対象のサイズや硬さなどのデータをワイヤレス送信するか、iPhoneアプリ側の[データリクエスト]ボタンをタップして取り込むだけとシンプルなもの。
測定データはクラウドプランとも連携することができ、PCアプリ版ではさらに測定データをエクセルやWebブラウザ上の帳票に直接入力できるほか、アプリに直接入力できないアナログ測定器や他社製の測定データも、マニュアル入力でデジタルデータとして記録できる。
「iPhoneアプリ版では、取り込んだ測定データの推移をグラフでリアルタイムにモニタリングでき、もし規格外のデータが検出されたら警告表示されるので、異常もすぐ確認できます。測定データはCSV形式でダウンロードできるほか、クラウドのプランではQC(品質管理)の“七つ道具”のヒストグラムや様々なグラフを用いて、より詳細な統計分析や検索に役立てることも可能です」と話すのは、執行役員で技術・品証本部長の小池淳さん。
また、測定データには、「いつ」「どのタイミングで」データを登録したかを示すタイムスタンプも自動で記録されるので、データ改ざんも困難だという。

測定技術の次のフィールド
「SmartMeasure」シリーズによる測定DXの取り組みは、ものづくりの現場にとどまらず、大学・研究機関、農業や林業、化学など多様な分野へと広がりを見せている。
「たとえば、設置した測定器からのデータを自動取得する機能は、環境変化のモニタリングにも活用されています。秋頃にはセンシング機能を強化した新バージョンのリリースも予定しており、今後は製品のさらなる高機能化に加えて、より広い分野で手軽に導入できる仕組みの構築を進めているところです」(原田さん)
また、測定のデジタル化の動きは海外でも進展しており、日系企業での導入実績をみた現地マネジメント層から、「自分たちの工場でも使いたい」という声が寄せられたという。
測定に始まる精密加工技術とiPhoneやクラウドのIT技術を融合したテクロックの挑戦は、日本企業が世界で再び存在感を示すための鍵となるだろう。
※この記事は『Mac Fan』2025年7月号に掲載されたものです。
著者プロフィール

栗原亮(Arkhē)
合同会社アルケー代表。1975年東京都日野市生まれ、日本大学大学院文学研究科修士課程修了(哲学)。 出版社勤務を経て、2002年よりフリーランスの編集者兼ライターとして活動を開始。 主にApple社のMac、iPhone、iPadに関する記事を各メディアで執筆。 本誌『Mac Fan』でも「MacBook裏メニュー」「Macの媚薬」などを連載中。