“好きなもの”に囲まれた作業場
2006年から11年にわたり連載され、累計1300万部を超えるサッカー漫画『エリアの騎士』。同作の作画を手がけたのが、月山可也氏だ。2000年にデビューし、現在に至るまで多数の人気作品を生み出してきた。現在はヤンマガwebにて『ゲーム中盤で死ぬ悪役貴族に転生したので、外れスキル【テイム】を駆使して最強を目指してみた』(以降『悪役テイム』)を連載するなど、多忙を極める月山氏。その仕事場を訪ねた。
漫画家 月山可也
2000年『フェイスレボリューション』で漫画家デビュー。主な作品に『LIFE☆LIFE』(『マガジンSPECIAL』)、『エリアの騎士』(『週刊少年マガジン』)、『神さまの恋人』(『週刊ヤングマガジン』)、『iコンタクト』(『週刊少年マガジン』)、『激紅のレッドアイ』(『LINEマンガ』)などがある。2025年2月より、ヤンマガWebにて『ゲーム中盤で死ぬ悪役貴族に転生したので、外れスキル【テイム】を駆使して最強を目指してみた』の新連載がスタート。2025年6月6日に単行本1巻が発売予定。

仕事部屋には、ヴィンテージのレザーソファにクラシックなチェスト、古い世界地図が天板に仕込まれたガラステーブルなど、こだわりの家具が置かれている。これらはすべて、月山氏が国内外で買い付けてきたものだ。

ほかにも、洗練されたデザインのスピーカや精巧なフィギュア、漫画やゲームのイラストなどが部屋のいたるところに散りばめられてた。そんな仕事場について、「いつも大好きなものに囲まれていたいんです」と月山氏は笑う。


“時代”の変化を察知してデジタル作画へ

月山氏は、3台の12.9インチiPad Proを漫画制作時に使用している。1台はApple Pencilによる作画に使用し、残り2台は参考資料を表示したり、動画コンテンツを再生したりするのが主な用途だ。


月山氏が本格的にデジタル作画を始めたのは、2019年に連載がスタートした『神さまの恋人』から。そのきっかけは、時代の変化を肌で感じ始めたことだった。
「漫画の制作環境はどんどんデジタル化していて、今後、アナログでは描けないというアシスタントも増えてくるはず。そんな時代についていくには、デジタル作画への移行は必須でした。本音を言えば、今でもGペンが紙を走る音が好きなんですけどね」
将来を見越して導入したデジタル作画環境。ただ、当時は月山氏だけでなくアシスタント陣もデジタル作画の経験がなかった。そこで、まずはスタッフ全員分のiPad ProとApple Pencilを購入するところから始めたという。
「最初は思ったような線が引けず、大変でした。でも連載は迫っているし、練習するような時間もなかったので、ぶっつけ本番で描きながら習得していったのです」
デジタル作画への切り替えを機に、ワークフローも刷新した。紙に描いていたときは、ひとつの仕事場にスタッフが集まり、まずは原稿を仕上げる。そして完成した生原稿をバイク便で編集部へ届ける、といった流れだった。だが、『神さまの恋人』以降はDropboxを活用し、原稿のやりとりもすべてデジタル化したという。
アナログだった時代に比べてスピード感が上がっただけでなく、スタッフがリモートワークできるようになったのも大きなメリットだ。コロナ禍でも、デジタル化の恩恵は大きかった。
「ただ、メリットばかりではありません。圧倒的に便利になった一方で、人を育てるのは難しくなったと感じています。やはり、同じ場所にいないと質問や声かけもしにくいですから」
さまざまな課題はあるが、それでも時代を考えればアナログに戻ることはありえない。高い実力を持つスタッフでも、デジタル作画に対応できなければ仕事がとりにくいのが漫画業界の現状だという。
“ブラシ”による効率革命
月山氏が語るデジタルのメリットはもうひとつある。それは、アナログではできなかった表現が可能になったこと。気軽にアンドゥ(直前の操作を取り消す)やリドゥ(取り消した操作をやり直す)ができたり、レイヤーを重ねて作画を効率化できたりするのはデジタルならではだ。
「スクリーントーンを瞬時に貼れるのも便利ですね。以前は物理的に原稿に貼っていたので、どうしても時間がかかっていました。また、スクリーントーンの購入コストもなくなったし、焦って画材店を駆け回ることもなくなりました(笑)」
そして、「ブラシ」の豊富さも大きな利点だという。ブラシとは、漫画を描く際の「ペン」にあたるツールで、月山氏が漫画制作に使っているアプリ「CLIP STUDIO PAINT」では、鉛筆やボールペン、Gペン、丸ペンなど幅広く用意されている。しかも、ユーザがオリジナルのブラシを作れる機能があり、作成したブラシは素材として配布することもできる。
月山氏もさまざまなブラシを開発しているそうだ。中でもユニークなのが、サッカー漫画『iコンタクト』で主に使用した「観客」ブラシ。
サッカーの試合描写では、背景に観客席を描く場面が多い。しかし、それを毎回手描きするのは大変だ。そこで、観客ブラシを使って画面をひと撫で。すると、大勢の観客があっという間に画面に描画される。線を引くような感覚で、“観客を引く”ことができるのだ。もちろん、一人ひとりの表情が見えるほどアップにしたい場合は使えないが、遠目に観客を見せたいときには非常に有用である。


また、サッカーグラウンドを描くための「芝」ブラシも月山氏ならではのツールだ。
「“細かくて連続しているが、ある程度のランダム性が必要なもの”とブラシツールの相性は抜群なんです」
新しい仕事のやり方になじめず、挫折する人は業界問わず少なくない。そんな中で時代の趨勢を読み、デジタルへの移行を成功させた柔軟性こそ、月山氏の大きな武器と言えるだろう。
好奇心が名作を生み出す
もっとも、月山氏はデジタル作画に取り組む以前からデジタルガジェットが大好きだったという。はじめてApple製品に触れたのは初代iPod touch。見た瞬間に、「これは仕事で使える」と確信した。以降、参考資料の保存、閲覧用のデバイスとして、10年以上にわたって活用してきたそうだ。
そのほか、iPhone 15 ProやAirPods Proなど、今ではすっかりApple製品に囲まれている月山氏。その魅力をどう感じているのか。

「Apple製品は、とにかく使っていてストレスがありません。他社製のタブレット端末も使ったことがありますが、iPad Proの動作はとびきりスムースに感じます。またデザインもそうですが、一貫した世界観を持っているところも好きです。Apple Storeの雰囲気も良いですよね」
Apple製品の使い勝手がいかに優れているかは、分刻みのスケジュールをこなす連載作家が愛用しているという事実がすべてを物語っている。カラー原稿を仕上げて印刷しても違和感のない正確な色表現、毎日10時間以上机に向かっていても不快感を覚えないディスプレイの美しさなど、どれもApple製品ならではの良さだと月山氏は言う。
そんな月山氏が現在、興味津々なのがVision Proだ。今はまだデバイスが大きく重いため、仕事で使うのは難しいが、小型化が進めば漫画制作に役立つかもしれないと意気込む。デビューから25年、数々のヒットを生み出してきた原動力は、きっとその飽くなき好奇心にあるのだろう。

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※この記事は『Mac Fan』2025年5月号に掲載されたものです。
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著者プロフィール

山田井ユウキ
2001年より「マルコ」名義で趣味のテキストサイトを運営しているうちに、いつのまにか書くことが仕事になっていた“テキサイライター”。好きなものはワインとカメラとBL。