つくば国際短期大学で常勤講師を務める仲条幸一さんは、ICTを活用した音楽教育に取り組む。特に同附属幼稚園でiPadを駆使し、幼児の創造的な音楽表現を支援している。幼児教育とデジタルの融合による新たな可能性について、仲条さんの挑戦に迫った。
仲条幸一
つくば国際短期大学 保育科 講師/同附属幼稚園 非常勤講師/Apple Distinguished Educator 2023。2012年に大学院卒業後、小・中学校の非常勤音楽教諭として勤務。2015年よりつくば国際短期大学に助教として着任。現在は短期大学の常勤講師と並行し、同短期大学附属幼稚園の非常勤講師も務める。シンガーソングライターとしての活動経験があり、現在も楽曲提供などを行っている。
※この記事は『Mac Fan 2025年5月号』に掲載されたものです。
音楽家と先生の両輪
つくば国際短期大学で常勤講師を務める仲条幸一さんは、もともとプロの音楽家を目指していた。中学生の頃から作曲を始め、大学院卒業後は音楽活動を続けながら、その活動で生計を立てていたそうだ。
そんな中、指導教員に勧められ、小学校の臨時的任用教員として教壇に立ったことをきっかけに、東京都内の小中学校を音楽教員として転々としながら、教育の現場に深く関わっていくようになっていく。音楽活動は続けつつも、次第に教育が自身のライフワークとなった。
短期大学の講師と並行して、仲条さんは2016年から同附属幼稚園で音楽講師を務め、現在に至るまで9年間の実践を積み重ねてきた。その中で、幼児の音楽教育にICTを取り入れる可能性を模索し、現在はiPadを活用した新しい音楽指導に取り組んでいる。
幼児たちの、新たな音楽表現の地平を開きたい
「最初は、鍵盤ハーモニカで『きらきら星』を弾けるようになるといった、いわゆる一般的な音楽教育をしていました。でも、一斉指導の中では、どうしても子どもたちの個人差が顕著になります。音楽教育は間違えずに演奏することや、事前に教師が規定した正解に向かうことにフォーカスされがちです。でも、できない子にとってはそれが『音楽ってつまらない』と感じる原因になってしまう。それをどうにかしたいと思っていました」
仲条さんは、その解決策のひとつとしてリトミックを取り入れた。ピアノの音に合わせて体を動かし、音楽を全身で表現することで、より多くの子どもが楽しめるようにした。しかし、それでも何か新しいアプローチが必要だと感じ、ICTの活用に目を向けた。
「着目したのは、複数人の幼児に対して1台のiPadを活用するというアイデアです。新たな音楽表現の地平を開くことができるのではないかと思いました。私はもともとAppleの『Logic Pro』を使って音楽制作をしていたので、ICTを活用することには抵抗がありませんでした」
幼児×音楽づくり
仲条さんが最初に注目したのは「録音」だった。たとえば机を叩いた音を録音したとき、「実際の音」と「録音された音」を子どもはどう聴き分けるのか、という点が気になったのだという。

また、机や紙の音を録音して音楽に使う「サンプリング」が子どもたちにとってどのような意味を持つかという点にも興味を持った仲条さんは、小学校の学習指導要領に含まれる「音楽づくり」を幼児教育の段階で導入することにした。
幼稚園の中で身の回りの音を探す
最初に取り組んだのが、iPadを活用した録音とサンプリングを通じた音楽づくりの活動だ。具体的な実践として、仲条さんは「サウンドマップ」という活動を行った。

「まず、幼稚園の中で身の回りの音を探すことから始めました。『音の探検隊になろう』というテーマで、園内を歩きながら気になる音を見つけ、それを紙に書き出していく。次に、自分たちが見つけた音をiPadで録音するんです。
その音を聴き返してみると、子どもたちは『自分が聴いた音と違う!』と気づくんですよね。録音することで、音を『可視化』できるだけでなく、自分の声や身近な音がどのように変化するのかを体験できる。こうした活動を通じて、子どもたちに音の面白さを感じてもらいたいと思いました」
録音した音を組み合わせて音楽を作る
録音した音をさらに活用するために、仲条さんは身の回りの音を録音して再生できる無料アプリ「SimpleSampler」と、音楽制作ができる有料アプリ「Koala Sampler」を導入した。子どもたちは「さまざまな音を組み合わせることで音楽が生まれる」という感覚を自然に体験し、新しい形の表現に夢中になっていくそうだ。

「そのほかにも『MimiCanvas』という、写真を撮影し、身の回りの音を重ねて録音できるツールを共同開発し、実践に取り入れています。幼児でも直感的に操作することができるように設計してあるので、子どもたちはiPadを活用しながら、自分たちが面白いと感じる音を録音し、試行錯誤しながら音楽を作ることができます」

即興演奏を楽譜化して、視覚的に分析する
仲条さんの実践は、幼児教育に留まらない。常勤講師を務めるつくば国際短期大学では、即興演奏をデジタルツールで可視化する取り組みを行っている。具体的には、学生がキーボードで即興的に演奏した音を「Logic Pro」にMIDIで記録し、楽譜化して視覚的に分析する。


即興演奏を視覚的に確認することで、即興が“感覚”ではなく“構造”を持つものだと気づく
「即興演奏は基本的に、その場で作られて終わりのものです。でも、それを記録し、譜面を見ながら分析することで、学生自身がどんなパターンで弾いていたのか、どういう音の動きがあるのかを振り返ることができます。たとえば、『Logic Pro』上でベロシティを確認すると『ここで自分は強く弾いてたんだ』などと視覚的に確認できます。それによって、即興が単なる感覚的なものではなく、構造を持つ表現であることに気づけるのです」
この手法は幼児教育においても「音を楽しむ」という視点を深める新たなアプローチとなっている。
「音楽教育にICTを活用する中で、iPadなどの端末は1人1台でなくてもいいな、と思うようになりました。録音は誰かと一緒にすることで面白くなるし、子どもたちも音を共有する中で自然と学び合う。だからこそ、タブレットを通して『音で遊ぶ』環境をつくることが大事なんです。正解のない音楽の世界で、自分の表現を楽しめる場をこれからもつくっていきたいです」
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著者プロフィール

三原菜央
1984年岐阜県出身。 大学卒業後、8年間専門学校・大学の教員をしながら学校広報に携わる。 その後ベンチャー企業を経て、株式会社リクルートライフスタイルにて広報PRや企画職に従事。 「先生と子ども、両者の人生を豊かにする」ことをミッションに掲げる『先生の学校』を、2016年9月に立ち上げた。