目次
- 「今すぐ購入」で告白される企業の“エグい手法”。成功するには、倫理違反は必要悪か?
- 刺激的で表現手法もすばらしい。しかし、「今すぐ購入」を鵜呑みにする前に考えたいこともある
- 「今すぐ購入」で語られたAirPodsの問題。バッテリ交換の難易度が非常に高い
- 優れたデザイン性と低コスト化。“開けづらい構造”にも納得できる理由がある
- Appleの星型ネジには“潰れない”という利点も。対応ドライバも増えてきた
- Appleデバイスの修理に必要なもの。筆者は合計2500円程度で揃えられた
- パフォーマンスに影響するMacBookのファン掃除。iFixitのマニュアルがわかりやすい
- “修理する喜び”と“優れた製品”のギャップ。一方、修理する権利とAppleが目指す先は同じ
- 「セルフサービスリペア」の提供は、日本ではまだ難しい。壁となるのは“技適”の存在
Netflixで配信中のドキュメンタリー「今すぐ購入」が話題になっている。企業が過剰に商品を買わせるために行っているエグいテクニックを暴くという内容だ。
「今すぐ購入」内ではAppleも取り上げられ、AirPodsのバッテリ交換がしづらい問題と「星型ネジ」の問題が問われた。Appleは、本当に消費者の権利を侵害しているのだろうか。
「今すぐ購入」で告白される企業の“エグい手法”。成功するには、倫理違反は必要悪か?
「Netflix」で配信中の「今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる」は、アカデミー賞を2度も受賞したチームが制作したドキュメンタリーだ。

その内容は、企業が商品を買わせるために行っているエグい、場合によっては違法、倫理違反とも思える施策を紹介するものだ。アディダス、Amazon、Apple、そのほかラグジュアリーブランドなどが槍玉にあがっている。
しかし、“企業の悪事を暴く”という単純な構造になっていないのが素晴らしい。各企業に勤めていて、“消費者を操る仕事”を散々してきた人たちが、自分の過ちに気づき、反省している。その告白の証言がベースとなって構成されているのだ。
ドキュメンタリーの構成としては、「ビジネスで成功するにはどうしたらいいか」という問題を立て、5つのアドバイスをするという形で進む。5つのアドバイスとは次のようなものだ。
ビジネスで成功する秘訣(1):Sell More(もっと売れ)
元AmazonのUXデザイナー、マレン・コスタ氏が登場。ボタンの形状や文字の色を変えてA/Bテストを行い、売れるUXデザインに最適化していく話を披露する。
しかし彼女は、それによって必要よりも多くの商品が製造・購入されることに疑問を感じた。結果、Amazonを離れている。
ビジネスで成功する秘訣(2):Waste More(もっと捨てさせろ)
ユニリーバのCEOが登場し、企業が行っている“捨てさせる戦略”を説明する。数回でダメになる衣類、バッテリ交換ができないスマートフォン、インクが残っているのに印刷ができないプリンタなどが例として挙げられる。
ここで、AppleのiPhoneは「バッテリ交換が自分でできない」と問題にされた。
また、iFixitのカイル・ウィーンズCEOが登場。修理する権利について語り、Appleデバイスに使われている“星型ネジ”が個人の修理する権利を阻害していると語る。
ビジネスで成功する秘訣(3):Lie More(もっと嘘をつけ)
科学者のジャン・デル氏が登場。プラスチックのリサイクルに関する“嘘”を暴露した。彼女によると、プラスチック製品についているリサイクルマークは、あくまで「リサイクル可能な素材を使っている」ことを示しているにすぎず、それをリサイクルしているかどうかは別の話。しかも、実際のリサイクル率は10%以下だという。
また、アディダスの元取締役が登場し、このような嘘は「グリーンウォッシュ」と呼ばれ、多くの企業が行っていることだと話す。
ビジネスで成功する秘訣(4):Hide More(もっと隠蔽しろ)
続いて、廃棄物の調査を行っているジム・パケット氏の証言。
パケット氏は、家電製品にトラッキングデバイスを忍び込ませ、廃棄物の追跡を行っている。欧州では廃棄物を海外に送るのは違法だが、ベルギーのアントワープ港では、コンテナの中に100ドル札を貼り付けておくと税関を通れてしまうという。
最終的な落ち着き先はタイの貧しい村で、そこでは有害物質が発生する中、手作業で分解をしているそうだ。適切な廃棄費用の代わりに、途上国の人たちの健康を代償としてゴミを処理している。
ビジネスで成功する秘訣(5):Control More(もっと洗脳しろ)
再び、元Amazonのマレン・コスタ氏が登場。Amazonでは、カリスマのジェフ・ベゾスCEOにより、従業員はAmazonの行動が正しいと洗脳されているという。そのため、Amazonの行動に疑問を持たない。
コスタ氏は、社内で環境や社会に対する責任をもっと考えるべきだと主張した。しかし、社内規定に違反したという理由で解雇されたという。
刺激的で表現手法もすばらしい。しかし、「今すぐ購入」を鵜呑みにする前に考えたいこともある
非常に刺激的な内容で、表現手法もうまい。大量の商品が過剰に生産されることは、街中が商品の洪水で埋まる映像で可視化される。
先述のとおり「今すぐ購入」では、AppleのiPhoneやAirPodsが修理できない製品として槍玉に挙げられている。元Appleのエンジニアで、その後Oculus、現在はframeworkのCEOであるニラブ・パテル氏は、「まるでゴミへのパイプラインの中で働いていたかのようだ」と語った。
ただし、「今すぐ購入」の内容について異論がある方もいるだろう。発言者がデジタル製品の修理を行うframeworkと、修理コミュニティiFixitのCEOだからこそ、少し強めの発言になっているように思う。
問題とされたのは、AirPodsのバッテリ交換が自分ではできないという問題。そして、Appleデバイスには星型ネジが使われ、消費者による修理が難しくなっているという問題だ。
「今すぐ購入」で語られたAirPodsの問題。バッテリ交換の難易度が非常に高い
個人の修理する権利をどこまで守るべきか。これは難しい問題だ。現在のデバイスは非常に精密で、そもそも“本来の意味”で自分で修理できる人はほとんどいない。できることといえば、筐体を開けて、何らかのユニットを交換することぐらいだ。
「今すぐ購入」で、iFixitのカイル・ウィーンズCEOは「自分でバッテリ交換ができないAirPodsは私の嫌いな製品だ」と語った。
iFixitではAirPodsのバッテリを自分で交換するマニュアルを公開している。しかし、とてもではないが素人の手に負えない。接着されている部分を開ける必要があるため、ホットガンを使い、熱風で接着剤を軟化させなければならないのだ。
しかも、螺旋状に熱風が出るタイプのホットガンを使う必要がある。誤って直風タイプのホットガンを使うと、イヤフォンの筐体を溶かしてしまう。

優れたデザイン性と低コスト化。“開けづらい構造”にも納得できる理由がある
ちなみに、Appleに修理依頼をした場合、多くの場合その場では修理はされない。整備済製品への交換となるケースが多いのだ。
修理を依頼したAirPodsは、時間をかけて修理と検査が行われ、整備済製品となって修理交換対応に使われたり、整備済製品として販売されることになる。
たしかに、AirPodsが開けづらい構造になっていることは問題かもしれない。
しかし、それにより製造工程が簡略化され、あの小さなデバイスに多くの機能を詰め込むことができ、価格も安く抑えられている。もし、AirPodsを修理可能な構造で設計すると、不恰好なデザインで、価格も高くなってしまう可能性がある。
Appleの星型ネジには“潰れない”という利点も。対応ドライバも増えてきた
星型ネジの件については、iFixitのブログに詳しい解説がある。
星型ネジそのものは、従来の+ネジ/ーネジの改良版で、機能的に優れている。ドライバとネジが密着しやすく、力の伝導効率が優れているため、ねじ山をつぶしてしまう、いわゆる「なめる」ことが少なくなる。
ただし、通常の星型ネジ=トルクスは六角形であるところ、Appleが採用しているのは五角形。このブログの筆者Kay Kay Clap氏は、どこを探してもドライバが手に入らず、ねじ山の形状からドライバを自作したという。そのような経験をしたiFixitのスタッフたちが、「Appleが消費者にみだりに開けさせないために採用した」と考えても無理はない。

しかし現在では、ECで販売されている1000円程度の精密ドライバキットでも五角形の星型ネジに対応したヘッドが入っている。「iPhone対応」などと銘打たれた精密ドライバキットであれば、iPhoneやMacBookなども開けられる。
Appleデバイスの修理に必要なもの。筆者は合計2500円程度で揃えられた
また、このほかにしっかり噛み合っている部分に差し込み開けるためのオープナーと呼ばれるギターのピックのようなツールも必要になるが、これも10枚入りが500円程度で買える。
さらに、MacBookの裏面を開けるときには、吸着して持ち上げるハンドル=バキュームリフタも用意しなければならない。これも1000円しない程度の価格だ。
ちなみに、筆者はこれまで使った3機種のMacBookの背面を開けた経験があるが、いずれもバキュームリフタを使わずに背面を開けることができた。ひょっとしたら、もはや不要なツールなのかもしれない。

パフォーマンスに影響するMacBookのファン掃除。iFixitのマニュアルがわかりやすい
MacBookの背面を開ける機会は意外とある。MacBook Airではファンレスになったが、以前のモデルやMacBook Proにはファンがあり、これが埃まみれになると、内部温度があがって動作速度に制限がかかってしまう。
そうなったときは、MacBookを開けて掃除するだけで甦る。修理は難しくても、これぐらいのお掃除は自分でできるようにしたい。
はじめてやるときは緊張するかもしれないが、2回目からはエアコンのフィルタ掃除ぐらいの感覚でできるはずだ。iFixitの修理マニュアルを見ながらやると間違いない。

“修理する喜び”と“優れた製品”のギャップ。一方、修理する権利とAppleが目指す先は同じ
iFixitコミュニティの皆さんは「修理の必要」だけではなく「修理する喜び」を感じる方々だと思う。しかし、現代の企業に「修理する喜び」を満たす製品づくりを求めるのは難しいことだ。
なぜなら、メーカーにとっての修理は悪いユーザ体験でしかなく、できるだけそういう状況が生まれない製品づくりを目指すからだ。
Appleは、2030年までに全製品、全サプライチェーン、全事業においてカーボンニュートラルを達成することを宣言している。
Appleだけカーボンニュートラルにするのではなく、部品をつくっているサプライヤーにもカーボンニュートラルを求める。さらにはユーザが使用する電力についても計算し、再生可能エネルギー発電に投資し、同量をオフセットするという徹底したものだ。
すべての資源をリサイクルさせる中で、故障に対しても修理ではなく交換で対応しようとしている。手法は大きく異なるものの、修理の権利を主張する人たちも、Appleも、目指すところは同じだ。これ以上、地球の資源を簒奪するようなことはやめたいという思いは変わらない。
「セルフサービスリペア」の提供は、日本ではまだ難しい。壁となるのは“技適”の存在
残念なのは、2022年4月から米国で提供されているセルフサービスリペアが、まだ日本では提供されていない点だ。セルフサービスリペアは、簡単な修理、交換であれば、Appleの指示に沿って自分でできるというものだ。指示に従った修理、交換をするのであれば、保証期間も継続される。
日本で問題になっているのは「技術基準適合証明」、通称「技適」だ。電波を発するデバイスに必要な基準で、Appleデバイスのすべてに技適マークが必要になる。iPhoneの場合、設定アプリの「一般」→「法律に基づく情報および認証」で確認できる。
自分で修理をした場合、改造にあたると解釈されるため、この技適が無効になってしまう。
つまり、その後の使用が違法状態になってしまうため、セルフサービスリペアが提供できない。 というように、個人の修理する権利は一筋縄ではいかない問題だ。しかし、「修理する喜び」を提供してくれる製品は愛着を抱きやすく、大切に使うようになる。
修理までは難しくても、開けて内部のホコリを掃除するぐらいのスキルを身につけると、ますますAppleデバイスが好きになるはずだ。
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著者プロフィール

牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。