2025年3月12日、Appleシリコンを更新した新しいMac Studioが発売された。
下位モデルはMacBook Proと同じM4 Maxを採用、上位モデルは新開発のM3 Ultraを採用し、史上最強のMacとして登場した。
このモデル構成で多くの人が疑問を抱くのが、下位モデルと上位モデルのAppleシリコンの世代が異なる理由だろう。
真実はAppleのみぞ知るところだが、Appleシリコンのこれまでの進化の歴史や昨今の半導体業界状況を紐解けば、おぼろげながらもその理由が見えてくる。
M3世代で大きく変わったラインナップ戦略
Mac用のAppleシリコンは、大きく分けて2種類のアプローチで設計されてきた。
エントリーモデルであるM1からM4は、iPhone向けのAシリーズや過去のiPad Proに採用されたAXシリーズと同じくコンパクトで省電力なシリコンとなっており、優れたコストパフォーマンスと高いエネルギー効率を優先に設計されている。
一方上位モデルであるM1 Pro/M1 MaxとM2 Pro/M2 Maxはスケーラビリティ(拡張性)優先の設計となっており、M1 ProはM1 Maxの、M2 ProはM2 Maxのシリコンの一部を切り落とした設計となっている。
そしてM1 UltraはM1 Maxの、M2 UltraはM2 Maxのシリコン2つを、Ultra Fusionと呼ばれる高密度インターコネクトで接続したものだ。
つまりM1およびM2世代では、Pro、Max、Ultraはすべて共通のシリコン設計となっていた。

Photo●Apple
そこに大きな変化が現れたのが、2023年10月に登場したM3 Proだ。
M3 Proの設計はM3 Maxとはまったく異なり、M3同様にコストパフォーマンスと高効率を優先したコンパクトなシリコンとなっている。
一方M3 MaxはM1 MaxやM2 Maxと同様に、スケーラビリティ優先の設計を採用した。
そのダイ写真からは、インターコネクトへの配線を実現するためのスペースを持っていることが見て取れる。
M3 Maxの姿を見る限り、当初よりUltra Fusionを想定した設計となっていたと考えられる。

Photo●Apple
M4シリーズは、M3シリーズまでのようなダイ写真がAppleから公表されていない。
従ってあくまで推測だが、ひょっとするとM4 MaxはM3 Proのようにコンパクトなシリコンとして再設計された可能性がある。
2つのダイを接続するUltra Fusionのためのインターコネクトとファブリックなどへの1万本以上の信号配線を削減することで、ダイの面積を縮小し、大幅なコストダウンを実現できるからだ。
M4 MaxのシリコンがM3 Proと同様のアプローチで再設計された場合、スケーラビリティが制限されM4 Ultraは作れないことを意味している。

Photo●Apple
M4 MaxとM3 Ultra、それぞれの選択基準
Mac用Appleシリコンのアーキテクチャは、M2シリーズからM3シリーズへのアップデートでPro GPUの採用やNeural Engineの更新など大幅に強化された。
一方M3シリーズからM4シリーズへのアップデートでは主にCPUが強化されている。特に高性能CPUコアが大幅に強化された。
10ワイド命令デコーダや分岐予測の改善、演算結果を格納するリオーダバッファの増強などによってIPC(クロックあたりの性能)が大きく向上し、他社も含めて史上最強のCPUコアとなっている。
さらにM4シリーズはAppleシリコンで初めてARM v9アーキテクチャに対応し、スーパーコンピュータ富岳のプロセッサ「A64FX」に採用されたマトリックス演算命令「SVE(Scalable Vector Extension)」を改良したSVE2をサポートした。
もともとApple MシリーズのCPUにはAMXと呼ばれるマトリックス演算命令が備わっているが、より汎用的なSVE2に対応したことでAI処理の選択肢が広がった。

Photo●Apple
このようにM4 MaxはM3 Ultraに比べてテクノロジーで先行しており、CPUコア単体の性能や機能で上回っている。
逆にM3 UltraはM4 Maxの最大2倍のCPUコアを備えるため、並列性の高い処理でM4 Maxに差を付ける。
このため、M4 MaxとM3 Ultraの優劣は、Macにどのような処理をさせたいのかによって大きく変わる。
1人の利用者が一般的なアプリを使うような用途では、より進化したM4 Maxがその威力を発揮する。
一方で並列処理が重視されるケース、たとえばMac上で仮想マシンを複数立ち上げるような用途では、コア数が多くメモリ帯域が広いM3 Ultraが優位だと言えるだろう。
M3 Ultraに秘められたAppleのAI戦略
M3 Ultraには、今後のAppleのAI戦略を占ううえで重要なアップデートが施されている。それが大容量メモリの搭載だ。
これはApple Intelligenceのためのものではなく、今後ますます重要視される汎用的なローカルAIに対応するためのものだと考えられる。
中でも急速に普及が進むLLM(大規模言語モデル)を含む生成AIではクラウドサービスを利用するのが一般的だが、プライバシーやセキュリティの観点からローカルで処理したい場合が少なくない。
またAI処理の対象となる大容量のデータが手元にある場合、クラウドにそれをすべて上げるのは現実的ではないことからローカルAIのニーズが高まりつつある。
生成AIをローカル(手元)で動かす場合、その賢さ(知識の豊富さ)を決める大きな要素が学習モデルのパラメータサイズだ。
つまり学習モデルを展開するのに必要なメモリ容量が、AIの賢さ(利用できる学習モデル)を左右することから、最大512GBものメモリを搭載できるM3 Ultraは大規模モデルの実行には魅力的だ。

Photo●Apple
また生成AIの応答性や処理能力(頭の回転の速さ)は主にGPUのAI処理性能で決まるため、80コアGPUモデルが選べるM3 Ultraは頼もしい存在だ。
ただしNVIDIAの最新GPU「Blackwell」などが搭載するTensorコアと比べるとその性能差は大きく、今後のAppleシリコンではここにメスが入ると考えられる。
将来的にはBroadcomとの共同開発が噂されるPrivate Cloud Compute向けのAIチップ、「Baltra」のテクノロジーがフィードバックされる可能性もありうるだろう。
M3 UltraのThunderbolt 5対応
今回のリリースで驚きだったのは、M3 Ultraを搭載するMac StudioがThunderbolt 5に対応した点だ。
2023年10月にリリースされたM3 Maxを搭載するMacBook Proは、Thunderbolt 5に対応していなかった。
おそらくM3 Max自体は当初からThunderbolt 5に対応していながら、何らかの理由で製品での対応を見送ったと考えられる。
その理由の1つとして、MacBook Proリリース時点でThunderbolt 5対応の「リタイマー」が完成していなかった可能性がある。
リタイマーとはUSB-Cポート付近に実装して信号の波形を整えると同時に、時間軸のズレであるジッターを補正するチップのことで、Thunderbolt 4以降では必須の存在だ。
Thunderbolt 5では従来の2倍の80Gbpsという高速伝送を実現するため、新たにPAM3という変調方式が採用されている。
つまりThunderbolt 4のリタイマーは使えず、さらに高性能なチップを新たに開発する必要があったため、製品リリースに間に合わなかった可能性がある。

Photo●iFixit

Photo●Intel
もう1つの理由として、デバイス側のThunderbolt 5対応チップが間に合わなかったことも関係していると考えられる。
Thunderbolt 5対応のアクセサリコントローラ(周辺機器用のチップ)はIntelのJHL9480が最初の製品だが、チップの出荷が始まったのが2023年11月頃だったこともあり、実際の搭載製品の登場はさらにそこから半年以上かかっている。
つまりM3 Maxを搭載するMacBook Proがリリースされた時点では、Thunderbolt 5に対応する周辺機器は存在しなかったことから、接続性確認もなくThunderbolt 5対応を謳うのはリスクが高かったと考えられる。
今回は先行してリリースされたM4 Pro/M4 Max搭載のMacBook ProやMac miniがThunderbolt 5に対応したことや、周辺機器も揃いつつあることから対応に至ったものと考えられる。
最強の座を奪われたMac Proの行方
今回のMac Studioの登場によって、大きな影響を受けると考えられるのがMac Proだ。
現在のMac Proはその心臓部にM2 Ultraを搭載するが、そのCPU性能はM3 Ultraを搭載するMac Studioはもちろん、M4 Maxを搭載するMac StudioやM4 Proを搭載するMac miniにすら追い越されてしまった。
その優位性はもはや、PCI Expressスロットと豊富なポート類による拡張性だけとなっているのが現状だ。
Mac Studioに続いてAppleシリコンを更新するのか、あるいはまったく異なる進化を遂げるのか、AppleのAI戦略の未来を含めて気がかりな存在であることは間違いない。

Photo●Apple
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