アドビの製品の中でもっとも歴史のあるソフトは何かご存じだろうか? 1987年に最初のMac版がリリースされた「Adobe Illustrator(以下、Illustrator)」だ。
昨年登場したIllustrator 2025はバージョン数では「29」。デザインツールのメインストリームとして大きな存在感を持ち、今も進化し続けているソフトだ。
そんなIllustratorに、先月、東京ビッグサイトで開催されたAdobe MAX Japan 2025に合わせて新しいアップデート(バージョン29.3)が登場した。
また、Adobeの最新のデザインツールの1つ「Project Neo(ベータ)」も同時にパブリックベータがリリースされた。
これらの製品について、Adobe MAX Japan 2025のために来日していたアドビ シニアディレクター製品マーケティング、プロフェッショナルデザインを担当するカレン・ブリューワー氏に話を聞いた。

200もの改善を施した、新しいIllustratorのテキストエンジン
「今回のIllustratorのリリースに関しては、日本市場に向けては特にタイポグラフィについてフォーカスして進めてきました。テキストエンジンに関して、ユーザフィードバック、ユーザコミュニティ、SNSでの投稿なども分析してさまざまな改善を施しました。今回のアップデートでは、日本語向けに200もの問題点を修正したのです」と、ブリューワー氏は話す。
日本語の組版というと、字間などの調整を細かく行うことが必要だったが、Illustrator 2025では初期設定のままで文字組版の品質が向上している。複雑な調整をしなくても適切な文字組みを実現しており、バージョン29.3ではさらにそれが改善されているということだ。
ただしテキストエンジンのアップデートとなると、旧バージョンで作成したファイルを開くと文字組みが変更され、不具合が発生してしまう可能性がある。そのため、そうした問題に対応する機能も搭載されている。
「日本語組版に関するアップデートについては、旧バージョンで作成したファイルを新しいIllustratorで開くとレイアウトが変わってしまう懸念がありますが、変更を確認できる『文字組み更新機能』が昨年秋登場のIllustrator 2025から用意されています(※)」
※「テキストエンジンの改善と文字組み更新機能」については、アドビ マーケティングマネージャー・岩本崇氏のブログを参照いただけるとわかりやすいだろう。
和文バリアブルフォント「百千鳥」が新登場
文字関連ではほかにも、日本のユーザが特に注目すべきポイントが最新バージョンに組み込まれている。
「(組版の)改善だけでなく、今回は新しいイノベーションを生み出しています。それが、日本向けにアドビが開発したバリアブルフォント『百千鳥(ももちどり)』です」
バリアブルフォントとは、さまざまな文字の幅や太さ、スタイルなどを1つのファイルに収めたフォントデータのこと。百千鳥は、太さ、縦長・横長へのプロポーションなどの変更に対応しているのが特徴だ。新しいIllustratorのテキストエンジンのアップデートと関連しているという。
「新しいテキストエンジンには、従来のフォントに対する改善だけでなく、百千鳥をサポートするための新しい機能も含まれているのです。たとえば、正方形のボックスに収まらない文字幅に対応するようになっています。テキストエンジンのアップデートはまだ終わりではありません。今後もさらに改善・改良を加えていく予定です」

日々の生産性を上げるさまざまな改善も多数実施
テキストに関わる改善以外にも、新しいIllustratorには特筆すべき進化があると、ブリューワー氏は語る。
「新バージョンでは処理速度を改善することで、より高機能で生産性の高いソフトウェアを求める声に応えました。具体的には、画像の埋め込みの処理が従来の10倍、アートボード上の画像を移動させる処理などは5倍、ドロップシャドウなど使用頻度が高い5種類のエフェクトの処理は5倍、そのほかにもレイヤーの表示/非表示の操作の処理など、さまざまな高速化が図られています」
また、ラスター画像やアウトラインから類似のフォントを探し出す「Retype」機能も強化されて、3万種類以上のAdobe Fontsとローカルフォントから検索するようになったという。
さらに、「生成ベクター(ベータ)」「生成塗りつぶし(シェイプ)(ベータ)」といった新しい生成AI機能も搭載されている。

3Dが苦手な人に朗報! Illustratorと連携するProject Neo登場
このように進化し続けるIllustratorだが、アドビ最新の3D作成ツール「Project Neo(ベータ)」との連携も強化された。
「『Project Neo(ベータ)』(以下、Neo)は、奥行きや立体感のあるロゴやイラストを作りたいと思っても3D技術を使いこなすことが難しいという人に向けた3Dツールです。2024年秋からプライベートベータのかたちで試用されてきましたが、Adobe MAX Japan 2025に合わせて、パブリックベータとしてリリースしました。さまざまな性能アップが図られていて、Adobe Fontsの3万ものフォントも利用可能。ユーザインターフェイスも日本語に対応しています。そして、これまではNeoからSVGに書き出してIllustratorに読み込むことができましたが、加えてIllustratorからSVGに書き出してNeoに読み込むことが可能になりました」
このSVGファイルを介した、相互の読み込み/書き出し機能のおかげで、特にIllustratorユーザは、Neoを積極的に活用する傾向が見られるということだ。
「社内のデザイナーが、Illustratorを使ってアイソメトリックデザインを作成する場合、手作業で寸法を調整するのに数日かけていました。しかし、彼らからは『Neoを使えば、数日かかる作業が数時間で済む』といった声があがってきています」

最後に、今回のNeoのパブリックベータで日本語UIに対応したことについて、ブリューワー氏は次のように話しました。
「Neoがパブリックベータの英語版のみだった段階でも、日本はトップクラスに利用頻度が高い国のひとつでした。それが今回日本語対応した理由です。Illustratorが日本市場でも受け入れられてきたことを考えると、Neoへの関心の高さも自然な流れといえるでしょう。それだけ日本は、私たちアドビにとって非常に重要な市場なのです」

著者プロフィール

中筋義人
編集者・株式会社エディトル代表。出版社でアップル製品専門誌の企画・編集に携わり、デザイン関連書籍の制作にも従事。その後、ソフトウェア開発会社を経て独立し、2010年に企画制作とIT支援を行う株式会社エディトルを設立。現在は、ソリューション提案、業務支援、広告企画、ウェブマーケティングなど多岐にわたる分野で活動中。