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Vision Proは“編集室”で“試写室”。映画監督・岩木勇一郎氏インタビュー。「劇場版バクチク現象」制作の裏側

著者: 村上タクタ

Vision Proは“編集室”で“試写室”。映画監督・岩木勇一郎氏インタビュー。「劇場版バクチク現象」制作の裏側

写真●山田秀隆

Vision Proは「まだ実用的ではない」と考える人も多い。しかし、映画「劇場版BUCK-TICKバクチク現象 -New World-」の監督・岩木勇一郎さんは“最高の仕事環境だ”と語る。

映画監督・岩木氏が語るVision Proの魅力。編集室で作業するより“ミス”に気付ける

「どこでも編集室になるんだから、Vision Proは最高です」と話すのは、映画監督でプロデューサーの岩木勇一郎さん。

岩木さんは、2025年2月21日に全国ロードショー予定のドキュメンタリー映画「劇場版BUCK−TICKバクチク現象 -New World-」を製作した映像会社・スピードの代表だ。

岩木勇一郎
株式会社スピード代表取締役。映画監督。プロデューサー。愛知県瀬戸市出身。サラリーマン時代に独学でCG制作を学び、専門学校HALを経て株式会社白組に就職。2012年に起業する。

「Vision Proの映像は、編集室の4Kディスプレイそのものか、それ以上。実際、編集室で作業するより、ミスに気づきやすいのです」(岩木)

スピード社の業務内容は、映像撮影・編集、CG、VFX、アニメーション制作、モーションキャプチャなど多岐にわたる。

岩木さんは、それらの業務のほとんどをVision Proで行っているそうだ。メインマシンはM1 Pro搭載の16インチMacBook Pro。その画面をVision Proに表示し、音声はAirPods Proで出力。Vision Pro自体のサウンドにも十分満足しているが、より細かな音を拾うにはカナル型のイヤフォンが最適だという。

岩木さんが映像編集をする際の画面キャプチャ。正面に「Final Cut Pro」のウインドウを開き、視界の隅にコミュニケーションツールなどを配置するのが定番の画面構成だ。ウルトラワイドの画面表示は、本作制作時にはまだ実装されていなかったが、機能がリリースされた現在は愛用しているとか。

チャレンジし続けた少年時代。家業を継ぐための修行を経て、映像の専門学校へ。ときにMacの販売員も経験した

岩木さんは、小学生のころからトランペットを吹いたり、野球をやったり、マンガ家になりたいと思ったり、いろいろなことにチャレンジする多才な少年だった。そして高校時代は、バンド活動に明け暮れていたという。

しかし、家業を継ぐための修行として工事現場の現場監督として働き始める。

「今思うと、現場監督の経験が今の仕事に活きているかもしれませんね。社長業も映画監督も、あらゆる仕事は基本的にチーム戦ですから」

そんなある日、岩木さんは現場で大怪我をして入院。天井を眺めながら「本当にやりたいことを仕事にするべきではないか?」と思い直し、クリエイティブに携わることを決意する。そうして映像製作の専門学校に入学した。

映像を勉強しながら、午後と休日はMacの販売店でアルバイトをして学費を稼ぐ。ちょうどボンダイブルーのiMac G3が発売されたころで、何十台も店頭に並べては売れていく人気だったという。

「“社会人に向いていた”んだと思います。販売店でアルバイトを始めたら初日から何台もMacを売ったし、コンピュータグラフィックを始めたらそれが仕事になりました。何より働くことが好きなんです」。

岩木さん自身Apple好きということもあり、以降も個人で歴代のMacを購入しているそう。iPhoneも最新モデルがマストだ。

Vision Proの購入は即決。「老眼でも装着時はピントが合いやすい」

Vision Proは日本での発売直後に購入。視力が悪い場合、Vision Proは視力矯正用の専用レンズ(あるいはソフトコンタクトレンズ)が必要なため、試着や店頭デモが推奨されている。しかし、岩木さんはなんと視力2.5。そこに不安はなく、オンラインで購入したという。

「年齢もあって、最近は老眼で困っているんですけどね。Vision Proを着けていると、不思議なことに近くもピントが合いやすいんです」とのこと。

映画監督の仕事では、どのようにVision Proを使用したのだろうか。

「撮影した映像をハードディスクに撮り貯めていって、それをFinal Cut Proで編集していきます。今回の『劇場版BUCK−TICK』は前後編含めて約5時間の大作で、2年以上に渡った撮影の素材は3000時間ほどありました。そのため、まずはその映像をVision Proで観て、使う部分をピックアップしていく作業から始めました」

映画の撮影は、4TBのポータブルHDDが何十台も積み上がっていく世界だという。しかし、それだけデータがあると、使いたい映像がたくさんあって困りそうだ。

「涙を飲んでカットしていくばかりです。“どうしても使いたい映像”をひたすら厳選していく作業が延々と続きます」

20年以上、Final Cut Proを愛用。M1 Max搭載MacBook Proが作業の母艦

メインのカメラはキヤノンのXF605。業務用としてはコンパクトなカメラだが、ワイド端10ミリメートル、望遠端600ミリメートルと、あらゆる状況で被写体を追い続けられる。そのカメラで、バンドの打ち合わせからリハーサル、ライブに至るまでひたすら撮影し続けた。据え置きのカメラも使い、マルチカムで撮影するので、素材となる映像は膨大だ。

カット選定後の編集作業も、Vision ProとMacBook Pro、そしてAirPods Proを組み合わせ、Final Cut Proで行った。

岩木さんは、1999年に登場した初代からFinal Cut Pro Xの愛用者だ。

「Mac OS 9のころは、作業中に落ちたりして不安定なこともありましたね。ただ、OS Xになってからはグッと安定した印象です」

メインマシンはM1 Max搭載の16インチMacBook Pro。「編集を始めるときは不安でしたが、特にストレスなく作業ができました」と岩木さん。映画の制作に使われるような高画質かつ膨大なデータでも、M1 Maxの処理能力があれば快適に作業できるようだ。

全然疲れない。“1日中”Vision Proを装着して過ごす、岩木さんの生活

Vision Proは、その形状や重さから、長時間装着していると疲れるという人が多い。しかも、映画制作は膨大な時間がかかる作業だ。岩木さんはどう対策していたのか。

「実は、Vision Proを装着していて疲れるとか、重いと思ったことがないんです。本当に1日中装着していることもありますし、何時間でも着け続けて作業できます。装着したまま食事したり、寝てしまったりすることもあるくらい。会社でも家でも着けたまま生活しています。もう、家族やスタッフは見慣れていますね(笑)」

つまり岩木さんは、Vision Proさえあれば、場所を選ばず、集中して仕事ができるということだ。

「意外に、車中もVision Proと相性がいいんですよ。シートがリクライニングできるからゆったり作業できるし、簡単に密室にもできますし」

場所を問わずVision Proを使う岩木さんにとって、バッテリケース選びも重要なポイント。シリコン素材で、スリムながらプロテクション性能に期待ができるという

趣味人でもある岩木さんは、古いフィアット500を所有している。ときに車の天井に備わったキャンバストップを開け、開放的な環境で編集作業をすることもあるとか。クラシカルなフィアット500の中で、未来的なVision Proを着けている姿を目にした人は、きっと驚くことだろう。

プライベートな時間には、「Disney+」などで3D映像作品を楽しむこともあるという。ほかのメーカーのVR・ARデバイスも使ってきたが、使用感と没入感はVision Proがピカイチだとか。

Vision Proの没入感は、映像作品のクオリティの底上げにも役立つ

さらに、編集した映像の確認にもVision Proは役立つ。

「Vision Proを被れば、その場がすぐに編集室や試写室になります。4K、8Kの大画面が目の前に出せますから」

取材時にお邪魔したスタジオは、前後左右どころか上方にもスピーカがいくつも備えられた9・1・4chの編集が可能な本格的なスタジオだった。普段そういった場所で仕事をしている岩木さんが、Vision Proを「編集室」で「試写室」代わりというと説得力がある。

「撮影時、カメラを握り直す音を『グリップ音』というのですが、基本的には消したいものです。しかし、機材の揃った試写室でも聞き漏らしてしまうことがあります。ところがVision ProとAirPods Proの組み合わせでチェックしていると、その没入感からか不思議と気づけるのです。結果的に、作品のクオリティの底上げにもつながっていると思います」

岩木さんのように、Vision Proを用いて映像編集をしている映画監督はまだ少ないだろう。ただこの事例は、クリエイティブシーンにおけるVision Proの可能性を期待させる。

Vision Proは、Coyktontyのハードキャリングケースで持ち運んでいる。カーボン地のデザインがスタイリッシュ。
ケースの内部には、Vision Proに最適化された仕切りがある。サイズは純正の「トラベルケース」よりもコンパクトだ。

憧れ続けたBUCK−TICK。岩木監督の夢を叶った要因は“言い続けた”こと

岩木さんが監督を務めた映画「劇場版バクチク現象」についても触れておこう。

BUCK−TICKは、一般にはゴシックロックの印象が強いと思うが、実はポップスを軸にアルバムごとにさまざまな音楽にチャレンジしているバンドだ。1987年にデビューして以来、メンバーを一切変えず活動してきた。のちに登場するさまざまなビジュアル系バンドに対し、大きな影響を与えた偉大な存在だ。

岩木さんは、学生時代からBUCK−TICKに憧れていたという。

「クリエイティブの世界で仕事をしている中で、『BUCK−TICKが好きだ』って言い続けたんですよね。そしたら2012年、バンドデビュー25周年のときに、映像を作らせてもらえることになったんです」

夢は追い続ければ叶うのだ。そして、2021年末から翌年にかけてのデビュー35周年にも密着することが決まった。しかし、思わぬ苦難と悲しい出来事に直面することとなる。

コロナ禍のミュージシャンをリアルに映すドキュメンタリー

「コロナ禍でライブなんて…という状況からのスタートでした」。

ライブを中心に活動するミュージシャンにとって、非常に厳しい時期だった。

「ライブができるようになっても、アーティストがマスクをしなくてはならなかったり、観客が入っても声を出してはいけなかったり。この35周年イヤーは、それが徐々に解禁され、ライブに光が少しずつ戻ってきた時期でした」

コロナ禍のリアルな雰囲気を映し出したドキュメンタリーという側面もあるわけだ。

「BUCK−TICKのみなさんは、NGなしであらゆるシーンを撮らせてくれました。ライブ前の緊張した控室や、制作中にメンバーが意見を交わす緊迫した場面もあります」

そして35周年のツアーが終わり、撮影も大詰めとなったとき、さらなる悲劇が起こった。

「ボーカルの櫻井敦司さんが、ライブの最中に体調不良で亡くなりました。私もぼう然としてしまって、しばらく何もできなくなってしまいましたね。この映画自体、どうやって作ればいいものかと」

ツアーは一時期中止されたが、BUCK−TICKは再起し、ライブ活動を続けている。そんな激動の35周年の模様は、「劇場版バクチク現象」で見届けていただきたい。

劇場版BUCK-TICK バクチク現象 -New World-
2025年2月21日(金)~限定ロードショー(二部作)
2月21日(金)~劇場版BUCK-TICK バクチク現象 -New World-Ⅰ 公開
2月28日(金)~劇場版BUCK-TICK バクチク現象 -New World-Ⅱ 公開
出演:BUCK-TICK[櫻井敦司/今井寿/星野英彦/樋口豊/ヤガミ・トール]ほか
監督:岩木勇一郎 企画・制作:バンカー 制作プロダクション:スピード

空間ビデオの活用に興味アリ。岩木監督作のVision Pro向けコンテンツも…?

ちなみに、2024年11月にはFinal Cut Pro 11.0が公開され、大幅に機能が向上している。しかし岩木さんは、編集環境が変わってトラブルが出ないよう、アップデートを控えていたそうだ。

「11.0では、Vision Proや、iPhone 15 Pro以降のモデルで撮影した空間ビデオの編集が可能になっています。編集機能もアップグレードされているので、使うのが楽しみです」

最新テクノロジー、そして新しもの好きの岩木さんだ、今後、Vision Pro向けのコンテンツも作ってくれるかもしれない。Vision Proのユーザでもある筆者は、勝手ながら期待している。

※この記事は『Mac Fan』2025年3月号に掲載されたものです。

著者プロフィール

村上タクタ

村上タクタ

Webメディア編集長兼フリーライター。出版社に30年以上勤め、バイク、ラジコン飛行機、海水魚とサンゴ飼育…と、600冊以上の本を編集。2010年にテック系メディア「ThunderVolt」を創刊。

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