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「A12 Bionic」チップのすごさ

「A12 Bionic」チップのすごさ

69億個のトランジスタ

iPhone XS/XS MaxおよびiPhone XRの心臓部に採用された新しい「アップルA12バイオニック(Apple A12 Bionic)」プロセッサは、世界最大の半導体製造ファウンダリであるTSMC(台湾)で今年になって稼働を始めたばかりの7ナノメートルプロセスラインで生産される最新鋭のモバイルプロセッサです。iPhoneX/8シリーズに搭載されている「A11 バイオニック(A11 Bionic)」プロセッサの43億個を大きく上回る69億個のトランジスタを集積し、基本的なシステム構成は同じながらも全体的に性能を向上させています。

A12バイオニックのCPUコア構成は、A11バイオニックと同じ高性能コア2個と高効率コア4個の組み合わせですが、各CPUコアに直結されているL1キャッシュが従来の32KB(命令キャッシュ)+32KB(データキャッシュ)から各128KBに増強されており、動作クロックの向上と合わせて高性能コアの性能が最大15パーセント引き上げられています。また製造プロセスの微細化や電力管理機能の見直しによって、高性能コアの消費電力が最大40パーセント、高効率コアの消費電力が最大50パーセント低減されています。さらに、これら2種類6個のCPUコアはシステムの負荷状態に応じて、高効率コア1個のみの動作から6コアすべてのフル稼働まで稼働コア数と動作速度をダイナミックに切り替えるフュージョンアーキティクチャを採用。その結果、A12バイオニックプロセッサでは従来よりピーク性能を引き上げると同時に、アイドル時の消費電力を低く抑えることによって、高性能化とバッテリ動作時間の向上という相矛盾するスペックを高い次元で両立しています。メモリに関しては、iPhone XRはiPhone Xと同じ3GBですが、iPhone XSシリーズはiPhoneとして過去最大容量の4GBに増強されています。

GPUコアには、A10フュージョン以前のPowerVR GPUコアに代わって、アップル独自設計のアーキティクチャが採用されており、A11バイオニックの3コアから4コアに強化されています。さらに、アーキティクチャの改良と動作クロックの向上によりA11バイオニックに比べて最大50パーセントの性能アップを果たしています。A12バイオニックでは新たに、3Dオブジェクトを構成するポリゴンをより細かく分割してなめらかなオブジェクト形状を実現する「テッセレーション」と、3Dオブジェクトの表面の質感表現を向上させる「マルチレイヤーレンダリング」がサポートされ、特に3Dゲームなどにおいて映像のリアリティを向上させることができるようになりました。また、限られたメモリリソースを有効に活用する「ロスレスメモリ圧縮」技術が導入され、メモリ領域や帯域の消費を抑えることが可能になっています。

最新の7nmプロセスで製造

A12 Bionicは他社に先駆けて最新の7nm(ナノメートル)プロセスで製造され、約69億個ものトランジスタを集積。さらにこれとは別にメインメモリとして容量8ギガビット(1GB)のLPDDR4 SDRAMを3個(iPhone XR)または4個(iPhone XS/XS Max)をパッケージ内に統合しています。photo●fixit

69億個のトランジスタが手の中に

単純に69億トランジスタと言ってもピンときませんが、このトランジスタ数は24コアのXeon E5 v4プロセッサ(Broadwell EP)の72億トランジスタに匹敵する集積度で、これが手のひらに収まるデバイスに搭載されていることに驚かされます。

技術的に大きな可能性

A12バイオニックの最大の目玉と言えるのが、「Bionic」の名の由来でもあるニューラルエンジンの大幅強化です。A11バイオニックのニューラルエンジンはデュアルコアで6000億回/秒の演算能力でしたが、A12バイオニックでは8コアに強化され、その演算能力は5兆回/秒と大幅に向上しています。

ニューラルエンジンの役割は、画像(顔)認識や音声認識といった機械学習をより高速かつ低消費電力で推論処理することにあります。従来このような機械学習はその数学演算の多くをネットワークを介してクラウドなどで分散処理することによって実現されていましたが、その演算処理の大半をA12バイオニックが内蔵するニューラルエンジンで実行することによって、iPhone内部でほとんどの演算処理(エッジサイド処理)が可能となり、通信トラフィックの低減とプライバシー情報に対するセキュリティ向上を実現しています。

ニューラルエンジンは機械学習に必要な数学演算処理を高速に実行することに特化したハードウェアとして設計されており、CPUやGPUから演算処理をオフロードすることで処理を高速化すると同時に、システム全体の負荷を低減して電力消費を抑えることを実現しています。A12バイオニックではその性能が大幅に向上したことから、写真(静止画)のみならず、映像(動画)へもさまざまな処理をリアルタイムで行えるようになっているのが大きな特徴です。

またカメラの捉えた画像を処理する画像信号プロセッサ(ISP:Image Signal Processor)も強化され、深度エンジンの動作が高速化されています。その結果、大幅に強化されたニューラルエンジンとの連係処理によって、ポートレートモードの大幅な強化や、HDR(拡張ダイナミックレンジ)でのビデオ撮影、前面カメラでの手ぶれ補正などが実現されています。

A12 Bionicの内部構造

A12 Bionicの内部には、合計6個の64ビットCPUコア(2つの高性能コア+4つの高効率コア)、4コア構成のGPUコア、8コア構成のニューラルエンジンのほか、強化された画像信号プロセッサ、各種コントローラ、メインメモリなどが統合されています。

強力なパワーを実感!

A12バイオニックの圧倒的なパワーを実感できるのは、なんといってもカメラ撮影時のイメージ処理でしょう。大幅に強化された画像信号プロセッサとニューラルエンジンの組み合わせによって、iPhone Xを超える豊富かつ高速な処理が可能となっています。

その1つが写真撮影機能で、新しく採用された「スマートHDR」では一度のシャッター操作で自動的に露出やタイミングの異なる複数の写真を撮影し、シャドウやハイライトを適切なバランスで合成し鮮明かつリアリティにあふれた一枚の写真をリアルタイムに合成します。HDR機能はiPhone 4以降でサポートされている機能ですが、スマートHDRはより明暗差が強い場所でも白飛びや黒つぶれなく、ディテール豊かに表現できるようになりました。また「ボケと深度コントロール」機能が搭載され、撮影後にも背景のぼかし具合を調整できるようになっています。この機能は驚くことにデュアルカメラやトゥルーデプス(TrueDepth)などの深度測定機能を持たないシングルカメラのiPhone XRでも使用できますが、これはニューラルエンジンを活用したセグメンテーションデータからの深度マッピング生成機能によるものです。もちろんニューラルエンジンの最大の見せ場であるフェイスID(Face ID)も強化されています。従来以上に高速かつ正確に顔認証機能が動作し、ユーザが帽子を被っていたりひげを生やしていても本人と認識する精度を獲得しています。

A12バイオニックの強化されたGPUと画像信号プロセッサ、そしてニューラルエンジンの組み合わせは、ARアプリケーションのリアリティを飛躍的に向上させます。ARアプリケーションではカメラが捉えた現実世界の構造を解析・把握し、そこにCGで作成された3Dオブジェクトを配置することで、シームレスかつリアルタイムに現実世界と仮想世界のイメージ合成を行うことを求められます。前者には強化された画像信号プロセッサとニューラルエンジンが、後者には高速化されたGPUが活躍し、従来以上にリアリティにあふれたAR体験をユーザに提供できるようになりました。これらの機能はコアML(Core ML)やAR Kit、メタル2(Metal 2)などのAPIを通じてデベロッパに解放されており、より魅力的なアプリケーションの開発が可能になっています。

5兆回/秒の演算能力

A12 Bionicのニューラルエンジンは、A11 Bionicの6千億回/秒を大きく上回る5兆回/秒の演算能力を誇ります。ニューラルエンジンは、iPhoneの顔識別システムであるFace IDやAR Kit、Core MLなどの機械学習タスクでのアクセラレータとして設計されています。

わずか1/10の消費電力

A12 Bionicはこれだけの性能を持ちながら、ハードウェア設計の最適化と新しく導入された7nmプロセスによる省電力化の効果もあって極めて高いエネルギー効率を実現します。そのエネルギー効率は同じ処理内容であれば、従来のわずか10分の1の消費電力で同じ機能を提供できます。

最大9倍の機械学習性能

A12 Bionicのニューラルエンジンは、A11 Bionicと比べて最大9倍の処理能力を実現します。ライバルであるファーウェイの最新プロセッサ「Kirin 980」のNPU性能はKiron 970の約2.2倍、A11 Bionicの約3倍とされていますので、A12 Bionicは史上最強のスマホ向け機械学習エンジンといえます。

強化された画像信号プロセッサ

A12 Bionicでは強化された画像信号プロセッサによる高速かつ多彩な画像処理と、ニューラルエンジンによる顔認識、被写体と背景との機械学習による分離処理などを併用駆使することで、ユーザが見たままの瞬間を今まで以上に美しく記録することができます。

ボケと深度コントロール

ポートレートモードではより進化したボケ効果と撮影後の深度コントロールが使えるようになり、「ポートレートライティング」では「自然光、スタジオ照明、輪郭強調照明、ステージ照明、ステージ照明(モノ)」の5種類のエフェクトが使えるようになりました。

スマートHDR

明暗差の大きなシーンでも美しい写真が撮れるHDR(High Dynamic Range)がさらに進化し、大型化されたセンサピクセル、強化された画像信号プロセッサ、高速なニューラルエンジン、高度なアルゴリズムの組み合わせによって、より鮮明な写真が撮れるようになっています。

AR技術を支えるニューラルエンジン

A12 Bionicでは強化された画像信号プロセッサおよびニューラルエンジンによる空間認識技術と、強力なGPU性能を駆使した3DCGとをシームレースかつリアルタイムに統合し、よりリアリティにあふれた仮想現実世界を現実世界上に表現することを可能にします。

高速化および強化されたFace ID

Face IDは2つのカメラとドットプロジェクタ、赤外線イルミネータによって構成される3D画像検出機能と、ニューラルエンジンを使用した機械学習によって実現される高度な顔認証システムです。帽子やサングラスを含むメガネの装着時にもユーザを正しく高速に認識します。

次世代技術を大幅強化

最近ではスマートフォンに搭載されるプロセッサの性能が向上し、ハイエンドモデルではパソコンに匹敵する演算能力を持つものも増えています。iPhone XSの「ギークベンチ(Geekbench)」はシングルコア性能が約4700、マルチコア性能が約1万と、MacBookやデュアルコアのMacBookプロに匹敵するベンチマークを叩き出しています(28ページ参照)。この性能はアンドロイドデバイスを含めたあらゆるスマートフォンと比較してもトップクラスですが、従来のA11バイオニックからの性能向上はわずかとなっています。さらにCPU性能を引き上げるには高性能コアの数を増やす(クアッドコア化)方法もありますが、消費電力を大幅に増大させバッテリ動作時間を縮めるリスクがあります。

そこで今回アップルは、A12バイオニックにおいてCPUそのものではなくニューラルエンジンや画像信号プロセッサ、GPUなどのコプロセッサの強化を徹底しています。A12バイオニックの総トランジスタ数は、A11バイオニックの1.5倍に増強されていますが、そのほとんどがコプロセッサの性能強化に振り向けられています。汎用プロセッサであるCPUとは異なり、コプロセッサはその用途がある程度限定されている反面、目的の処理を高速かつ低消費電力、つまり非常に高いエネルギー効率で実行することができます。その結果、CPUは画像処理や機械学習といった重い処理をコプロセッサにオフロードすることで、より多くのパワーを他の用途に向けることができます。

そして今回もっとも強化されたコプロセッサが、ニューラルエンジンです。ニューラルエンジンはA11バイオニックで初めて搭載された機械学習向けの推論エンジンですが、A12バイオニックではその性能を最大9倍まで引き上げています。アップルはこのニューラルエンジンを本格的に活用することで、従来のCPUによるソフトウェア処理が不得手とするさまざまな認識技術をニューラルエンジンに処理させることを目指しているようです。アップルは今回、AR/VRや画像/音声認識といった新分野の処理を実行するコプロセッサを大幅に強化することで、新しい時代のアプリケーションが求める性能を限られたバッテリ容量で実現することを目指し、A12バイオニックの強化ポイントを選定したといえるでしょう。

A11 Bionicとのスペック比較

A12 BionicはA11 Bionicより約50%も多くの回路を詰め込んでいるにも関わらず、そのサイズや消費電力はほとんど増えていません。これはTSMCの新しい7nm製造プロセスにより、より小さな面積に多くの部品を搭載することが可能になったためです。

高速化・高機能化されたGPU

GPUコアはA11 Bionicの3コアから4コアに強化され、最大50%高速化されています。新たにサポートされた「テッセレーション」と「マルチレイヤーレンダリング」は、特に3Dゲームなどにおいてより高度でフォトリアリスティックな表現が可能となっています。

長くなったバッテリ駆動時間

A12 Bionicに採用された先進の7nmプロセスと進化したパフォーマンスプロセッサによって、システム性能を大幅に向上しながらも、iPhone Xに比べてiPhone XSで最大30分、iPhone XS Maxでは最大1時間半長いバッテリ駆動時間を実現しています。