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日本バスケットの勝利へとつながる緻密で繊細な「得点期待値」の分析

著者: 柴谷晋

日本バスケットの勝利へとつながる緻密で繊細な「得点期待値」の分析

バスケットボール 男子日本代表チーム

テクニカルスタッフ

末広朋也 (すえひろ ともや)

沖縄県宮古島市出身。宮古高校、東海大学体育学部を経て、公益財団法人日本バスケットボール協会に就職。東海大学の男子バスケットボール部で学生コーチをしながら、日本代表チームの分析の手伝いを始め、データ分析の面白さと出会う。現在はバスケットボール日本代表チームの男子全カテゴリーの分析を担当し、6年目になる。

情報を大量に集めることだけがアナリストの仕事ではない

現在、プロ、アマチュアを問わず、多くの競技で専任の分析担当者が採用されている。スポーツチームにおけるアナリストは、データや映像をもとにコーチをサポートするのが主な業務である。情報技術の発達に伴い、分析をコーチが兼任するのではなく、より専門的な知識のある人材に任せる傾向にある。筆者自身も、社会人ラグビーの強豪、東芝ブレイブルーパスのパフォーマンスアナリストを務めている。

業務においてデジタル技術の基本的知識は必須である。しかし、それだけでは務まらない。勝利への強い意欲、あるいはチームスピリットが強く求められる仕事だと日々感じる。また分析作業においては、情報を大量に集めること自体にはそれほど意味はない。重要なのは、必要な情報を発見し、わかりやすく加工し、上手に伝えること。そのためには、他のスタッフと良好な人間関係を築くことも必要な要素となる。

こうしたことはスポーツのフィールドだけでなく、データが飛び交うビジネスの現場でも共通するだろう。

バスケットボール日本代表チームのアナリストである末広朋也氏は、29歳の若さながら、代表チームの分析担当として6年のキャリアを持つ。情報技術のみならず、コミュニケーションの重要性も熟知した第一人者である。5月中旬現在、リオデジャネイロオリンピック世界最終予選を目前に控えた中、何を分析し、どのようにコミュニケーションをとっているのかを聞いた。

ゲーム分析ツールとして有名な「スポーツコード(Sports Code)」を活用している。読み込んだゲーム映像を見ながら、チームで独自に設定した分析項目(シュート、リバウンド、ファウル)などをタグ付けしていき、検索・集計・再生可能なデータベースを作成している。

どこへシュートを打つべきか

柴谷●私はラグビーのアナリストですが、オフ期間に何度もバスケを見に行きました。バスケは見た目以上に確率と統計のスポーツですね。

末広●バスケットボールの特徴は、両チームが同じ攻撃回数(コートの往復回数)を持っていることです。なぜなら、24秒以内にシュートを打たなくてはいけないというルールがあるからです。つまり、ボールを持ち続けて1対0で勝つということはできません。その中で、自分たちは確率の高い場所でシュートを打ち、相手には確率の低い場所で打たせようとする。そのやり合いなんです。

柴谷●でも、シュートを打つ前にボールを取られてしまうこともあるでしょう。その場合はどう考えるのですか。

末広●ミスでボールを取られてしまう場合ですね。その時点で、攻撃終了となります。逆に相手にミスをさせれば、攻撃権を奪える。したがって、ディフェンスでは、まず相手の攻撃をミスで終わらせることを目指し、次にシュートの確率が悪い人に打たせようと考えます。こちらの攻撃回数を増加させる「魔法」もあります。リバウンドですね。シュートが外れても、ボールを奪い返して、もう一度シュートが打てる。だから、たとえばあるチームのシュート成功率が50%だとしても、リバウンドを取るとシュート回数が2回になるので、確率論でいくと必ず点が入るということになります。相手の得点率を下げ、自分たちは確率の良い場所で、成功率の高い人に打たせる。そして、リバウンドを増やし、ミスを減らす。そういう風に見ると、データ活用法がわかりやすいかと思います。

柴谷●得点率はどのように出すのですか。

末広●エリアごとに得点期待値を出していきます(Data 1)。誰がどこでシュートを打てば、どれくらいの確率で入るという数字です。ペイントエリア(ゴール周辺に区切られている長方形の区域)は期待値が高くなります。この表では57%決められる力があることがわかります。このエリアは2点なので、2×0・57で期待値は1.14点。ミドルレンジも2点ですが、期待値は0.6点に下がる。スリーポイントは成功率が43%ですが、3点なので期待値は上がります。フリースローは1本1点ですが、2本もらうことが多いので1本の期待値を2倍します。この期待値によって自分たちの強みがどこで、どこでシュートを打つべきなのかがざっくりわかります。

さらに、相手のデータも同じように作るので、相手の強みと弱みも把握できます。そのうえで、シュート数や誰がこのエリアで打っているのかへと分析を進めていくのです(Data 2)。ゲームでは、分析結果をもとに相手の強みを出させないようにする。このエリアは抑えた、こっちも抑えた、とね。そうなると、相手は得意な場所では打てず、得点率の低いシュートが増えていくので、苦しくなるわけです。

柴谷●この表によると、ミドルレンジの期待値よりもスリーポイントのほうが高いですね。それと、このスリーポイントの成功率はかなり高くありませんか?

末広●高いです。これは男子日本代表チームが2014年のアジア競技大会で20年ぶりにメダルを取ったときのものです。基本的なバランスはフリースローがもっとも高く、次にペイント、スリーポイント、最後にミドルレンジとなります。80から90%くらいのチームはこのバランスです。スリーポイントの期待値がペイントを超えると、相手はディフェンスがしにくくなります。通常ディフェンスはペイントエリアを守ろうとするので内側を固めるのですが、スリーポイントが高いと、外にも注意しなくてはいけないからです。だから全ポジションの期待値が1を越えると、相手はさらに的が絞れなくなります。チーム作りをする際には、すべてが1を超えることを目指します。また、ディフェンスでは、相手の期待値を1以下にすることを目指すわけです。

バスケットの原理原則で考えると、優先順位はペイントエリアへの侵入です。期待値が高いうえに、ペナルティを得やすくなるからです。するとフリースローがもらえる。また、ペナルティは1人5回までしかできないので、繰り返すと相手の優秀な選手がどんどんコートからいなくなっていく。

Data 1 どのような得点を期待するか

日本代表がペイントエリアで50%を越えること自体が珍しいことです。どうしても高さで不利になってしまうからです。現代表のコーチングスタッフの技量が高さがこれを可能にしました。このペイントエリアが高かったので、スリーポイントの成功率も上がってきたのです。(末広氏)

心理か、単なるばらつきか

柴谷●バスケを見ていて面白いと思うのは、序盤や中盤で大差がついても最後に追いつく場合が多いですよね。たとえば、前半に20点差がついても、いつの間にか接戦になっている。このようなことは、ラグビーではあまり考えられないです。ラグビーの場合、前半40分で勝っていた側が8割程度勝ちます。昨年のジャパンラグビートップリーグでは、逆転した試合は18%。昨年のワールドカップでも17.5%でした。これは、心理面が与える影響も大きいといわれています。差をつけられると、自信を失ってしまうのです。私のチームのコーチは、「点差よりもハーフタイム直前に点数を入れることのほうが大切」といいます。前向きな気持ちでロッカーに帰って来られるからです。逆に、前半終了直前にミスで失点するのは最悪ということになります。

末広●バスケでは、開始早々10点差がついても問題ないですね。「大丈夫、あと70回も攻撃回数があるじゃないか」という感じです。

柴谷●でも、バスケにも心理的な要素はあると聞いたことがあります。「勝っている側は油断をする。差をつけられた側はシュートを思い切って打つようになって成功率が上がり、意外と追いついてしまう」。別の意見も聞きました。「序盤に点が入らないのは、単にその数分間に入らない時期が続いただけの話。試合全体を通してみれば、統計どおりの成功率に落ち着く。バスケは確率のスポーツであり、単なるばらつきの問題なのだ」と。末広さんは、どのように考えますか。

末広●確かにメンタルや試合の流れなど、実際は多くの要素が一つ一つのプレーに影響を及ぼしており、可能であれば考慮したいですが、現状それは除いた状態でデータは取っています。基本は、客観的な事実を正確に出すように心掛けています。

Data 2 3つに大別されるシュートエリア

一般的にシュートエリアは、大きく3つに分けられます。ゴールに一番近いペイントエリア、次にミッドレンジ(ペイント以外の円の内側)。この2つがツーポイントのエリアとなり、3つ目は円の外のスリーポイントエリアです。さらにミッドレンジを9分割、スリーポイントエリアは7分割、あるいは9分割しています。(末広氏)

アナリストにはコーチの視点も必要

柴谷●基本的にアナリストは、選手に直接アドバイスすることはないですよね。コーチからのリクエストに合わせて、データや映像を提供するスタイルかと思います。末広さんは、リクエスト以外にも自分からコーチに提案をすることはありますか。

末広●どんどん出してほしいというコーチであれば、出します。でもコーチ自身の方法論が定まっていて、それに合わせたものを出してほしいといわれれば、そうします。その辺は柔軟に対応していますね。時間的な問題もあります。基本的にアナリストは、データを収集する人と、それを活用する人の2人が必要だと最近感じています。どちらの作業も1人でとなると、どうしても質が下がってしまう。理想は、コーチがアナリストの目を持っていることです。そういうコーチがチームに多くいるとデータが積極的に活用され、練習の質、試合の準備、レビューの質が高まります。

柴谷●コーチからのリクエストに違和感があって、別のやり方のほうが効果的じゃないかなって感じることってありますよね。そういうときはどうしますか?

末広●そのときはコーチが求めるものを完璧にやったうえで、自分の考えを提案します。そこは絶対ですね。たとえば、ミーティング用の10分間の映像を依頼されたとします。自分としては、映像で10分は長過ぎると感じたとしても、10分バージョンを作ったうえで、短いものも作ります。そのあとはコーチの判断です。

柴谷●うーん、あなたはむちゃくちゃ優秀な人ですね。こういうアナリストを持つコーチは幸せです!

末広●いやいや(笑)。でも、言わなかったことを後悔するよりも、言ってみるほうがいいですよね。たとえ採用されず、結果として試合で負けてしまっても、それは仕方ない。コーチがそれを選んだのですから。そのときは、自分自身の中で試合を振り返り、気づきを整理し、次の分析の観点に活かしていくのみです。

柴谷●それはわかりますね。どんなに良いデータがあっても、受け入れられない場合がある。普段からコミュニケーションができていないとダメという部分がありますよね。

末広●本当にそうだと思います。データを作るのが優秀な人はたくさんいます。その人が100のデータを作れるとして、自分は20しか作れない。でも、その20が心に響けばいいい。自分はデータ収集は下手だと思っています。でも、データを集めれば良いというものではない。コーチの目指すバスケを理解し、的確なタイミングで的確なデータが出せるようになることもアナリストの必要な能力だと思います。分析のマニュアルなんてあってないようなもので、コミュニケーションやその場で感じたことでデータの取捨選択の判断が活きるときもあると信じています。

東京都北区にある「味の素ナショナルトレーニングセンター」のバスケットボールコートの天井には複数台のカメラが設置されている。練習中のビデオを撮影できるほか、今後はユニフォームの背番号によって選手の動きをトラッキングしたりなどの活用も視野に入れているという。

日本はリバウンドでも勝負できる

柴谷●今、特に注目しているスタッツというのはありますか?

末広●男子日本代表の場合、リバウンドですね。サイズで劣るため、どうしてもリバウンドは不利です。そこで、その獲得率に注目しています。コーチのリクエストに応じて、獲得率、どういう場面で取れたのか、などの詳細なレポートも作成しています。

これを見てもらえると、いかにリバウンドが貴重かということがわかるかと思います(Data 3)。これは昨年のチェコとの練習試合の結果です。71対86で敗戦。ダンクを7本くらい決められ、その迫力から試合を見ていた誰もが、チェコに圧倒されたと感じた試合でした。でもよく見ると、ポイント・パー・ポゼッション(得点効率:1回の攻撃で何点取れたか)では、チェコ(B)を上回っています。最終的な点数では負けているのに、効率では勝っている。攻撃の質は勝っていたのに、試合では負けた。勿体ないですよね。その原因は、攻撃回数の差であり、それを増やしてしまったのがリバウンドでした。実際に日本(A)よりも19回多く、余計な攻撃チャンスを与えてしまいました。

柴谷●リバウンドが肝だというのは、その試合を見て感じたのですか。それとも前から思っていた?

末広●前から日本代表に欠けているものはこれだと言われていたんです。しかし、なんとなく問題意識が薄かった。リバウンドの数字を単独で取り上げるのではなく、実際の得点や得点効率と合わせてみると、何を練習すべきなのかが明確になることがわかると思います。このように、数字は、1つだけではなく複数掛け合わせてみると、面白い発見が見えることがよくあります。身長が低い日本代表でも世界の強豪国と戦えるというのを証明したデータになったと思います。

柴谷●その着眼点はすごく、説得力もあります。でも、リバウンドは体格差によるものが大きい訳ですよね。コーチの立場からすると、確かにリバウンドが大事なのはわか るけど…、という気持ちにはならないかな。

末広●私自身は、日本はリバウンドでも勝負できる、強化できると思っています。そのためにこの数字を出しました。確かに高さが有利なスポーツのバスケットなので、リバウンドを改善するのは簡単ではないですが、逆にここを改善すれば、どんな強豪とも互角にやれる。これで勝ち試合を勝てないなんて勿体ない。そう強く感じるようになりました。このデータを基に、コーチがどういう練習をしていくかは、私の介入するところではありません。しかし、データがあったことで練習に取り掛かるきっかけに貢献できれば、これ以上うれしいことはありません。

Data 3 リバウンドを制する

ペイントエリアでのチェコの得点は42点。これは低い数字です。そのうち、ファーストブレイク(速攻)は20点。ハーフコート(速攻ではなく5人でゆっくりと攻撃すること)では20点のみ。そのうちリバウンドで12点。つまり対峙した状況では、10点しか取られていない。つまり日本は良いディフェンスをしているのです。(末広氏)

日々、自分が全力を尽くせたかどうか

柴谷●アナリストって、コーチと違って直接選手を指導するわけではないので、自分の貢献を感じにくいこともあると思うんです。でも、去年のシーズンでとてもうれしいことがありました。ラグビーでは、レフリーの分析もします。ラグビーのレフリーは裁量が大きくて、人によっては取らない反則というのもある。だから分析をして、その傾向を出すんです。去年は、それをリーダーに伝えていました。そうしたら、ある重要な試合のあとに、「あの情報が役に立った」って選手にいわれたんです。あれはうれしかった。

末広●選手自身がデータの効果を実感しているというのは、すごく良いですね。

柴谷●その選手は昨年のワールドカップにも出た選手です。実力も経験もあるから、緊迫したゲーム中にデータを活用して駆け引きができるんですね。こういう選手がいるチームで仕事ができるというのは恵まれているなあと感じました。末広さんは、どういうときに喜びを感じますか。

末広●うーん、難しいですが、自分のスカウティングしたイメージと実際試合をしたときの相手の特徴が一致しているときですかね。私ができることは、試合前の準備に貢献すること。常にどうしたら勝ちにつながるかを考え、データの収集、抽出、提出をします。日々、その連続ですね。チームスポーツの場合、勝利にはいろんな要素が組み合わさっています。分析だけがすべてではありません。チームの勝利のうち、分析の貢献度が何%かなんてわからない。だから、すべては自分自身の満足度なんです。日々、全力を尽くせたかどうか。

柴谷●「日々、全力を尽くせたかどうか」。良い言葉ですね。

末広?ゲーム前に、自分自身でゲームをイメージします。「今日はこう勝てる」と結論を出してスカウティングを終わらせます。そのイメージが、そのまま目の前で起こったら、僕の中では満足です。ゲーム中には、僕は何もできません。タイムアウトを取ったり、指示を出したりというのはコーチの仕事ですからね。自分に求められている仕事の範囲内で全力を尽くすことを心掛けています。研鑽しながらも、的確なデータを出し続ける。チームに必要と思っているデータを出し続けていますが、もっとわかりやすく、的確なデータがあるのではないかなと、考え続けている日々が非常に面白いです。

対談を終えて

末広さんは慎重に言葉を選びながら言った。「アナリストの主観が入り過ぎると、すべてのデータがコーチに届かなくなってしまうリスクがある」。とはいえ、どの分野を選ぶかという点でアナリストの主観は入るものだ。逆に主観がなければ、人を動かすデータにはならないとも言える。人を動かすのは、数字そのものではなく、その数字を作った人物であり、そこから生まれる物語である。「個人的には日本代表はまだまだやれると思っています」。末広さんの力強い言葉を聞いて、改めてそう感じた。

文・柴谷晋(しばたに すすむ)

1975年生まれ。上智大学外国語学部卒、東芝ブレイブルーパス・パフォーマンスアナリスト。広告代理店勤務、英語教員、大学ラグビー部コーチ等を経て、2015年より現職。ノンフィクションライター、日本聴覚障がい者ラグビー連盟理事としても活動。著書『エディー・ジョーンズの言葉』(ベースボールマガジン社)『出る杭を伸ばせ』(新潮社)、『静かなるホイッスル』(新潮社)WEBサイト:susumu-shibatani.com

※この記事は「Mac Fan 2016年9月号」に掲載されました。