僕らは、モロッコ南部の街エッサウィラから隣村へ向かうローカルバスに乗りこんでいた。目的地は「山羊のなる木」がある光景。このバスに乗れば、その不思議な木の場所へ行けるという情報は得ていたものの、いったいどこで降ろしてと頼めばいいのだろうか。とりあえず渾身の山羊マネを運転手にぶつけてみる。人もまばらのバスの中、僕の山羊声が響き渡る。すると彼は「わかってるぜ」と言わんばかりに頷いた。どうやら、現地の人にも有名な場所があるらしい。
街を離れるとすぐ、アルガン畑が見えてきた。この国の、この地方だけに生えるというアルガンツリーの種からは、アルガンオイルが作られる。オイルは美容用に、日本でも高値で売られている。そしてアルガンの実は、山羊の大好物だそうだ。
バスは30分ほど走った所で停まった。運転手に促されて降りると、道端に1人のおじさん率いる山羊の一群がいた。おじさんに挨拶して連なって歩く山羊を眺めていると、おもむろにおじさんが山羊を追い立てだした。おじさんに追われた1頭が、近くのアルガンツリーに登る。あとに続くかのように、ほかの皆もこぞって木に登り始めた。みるみるうちに、奇妙な「山羊のなる木」の完成だ。
枝が折れるんじゃないかと思うほど何頭も登り、そして、たまに落ちる。落ちたことに驚くのか、山羊はそのあと必ず、甲高い声でメエと鳴いた。
鈴木陵生(Ryosei Suzuki)
映像作家。2011年より夫婦で世界一周を始める。旅の様子を発信する映像サイト「旅する鈴木」が、平成26年度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。2014年11月、DVD&Blu-ray「World TimeLapse」(KADOKAWA)をリリース。【URL】 http://ryoseisuzuki.com
【PS】
11月11日発売予定のTurntable Filmsさんのアルバム「Small Town Talk」のジャケットに、この山羊の写真を使っていただいています。ちなみに、この珍しい木登り山羊の肉、アルガンの実を食べているので、実はとても美味しいのです。