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アップルプロダクトのデザインから考えるものと人と機械の交差点

09 不可能に挑戦したエラストマー素材とMacBookケースの話。(1/2)

著者: 山田井ユウキ

09 不可能に挑戦したエラストマー素材とMacBookケースの話。(1/2)

DAQ

ファッション業界での経験をバックグラウンドにぶっ飛んだ発案力と実践力を発揮する後藤鉄兵CEOと、後藤氏のムチャ振りにもクールに応える根っからの技術人・道家剛史CTOが率いる株式会社DAQ(http://www.squair.me)は、岐阜県に本社を置くアップル製品のアクセサリを企画・製造・販売する企業。現在、iPhoneを中心とするスマートフォンアクセサリ市場は国内2000億円市場だが、そのうち95%以上は海外生産。この由々しき問題を真剣に捉え、世界に通用する信頼度の高いMade in Japanプロダクトをリリースする。「日本でできないことはない、ただ皆チャレンジしていないだけ」をモットーに、全国津々浦々、アイデアを形にする職人や技術者を探しまくる。

ニッチに目を向けることがブランド戦略のカギを握る

─ AndMeshの新しいMacBookケースが出るそうですね。開発のきっかけを教えてください。

【後】そもそもの話になるのですが、我々がiPhoneケース「AndMesh(アンドメッシュ)」を発売したのが約1年前。iPhone 6の発売日と同時デビューでした。iPhoneケースとしては後発だったのですが、実はそのときからMacBook用のAndMeshケースを計画していたのです。というよりも、MacBookとiPadこそAndMeshで狙っていた一番の市場でした。

─ えっ、そうだったのですか。ではなぜMacBook用はこのタイミングになったのでしょう。

【後】大きな理由としては、いきなりMacBookケースを販売することが販路的に難しかったからです。iPhoneケースの方がはるかに市場が大きいので、まずはiPhoneケースでAndMeshを発売して、売り場や販路をきちんと確保してからMacBookに取りかかることは最初から決めていました。それからもう1つの理由は、MacBookがこの春にリニューアルされたことです。5年ほど前からMacBookエアのリニューアルはずっと噂されていましたが、約5年ぶりにデザインが一新されたこともあって、ユーザもかなり盛り上がっています。新製品というのは物が良いからといって売れるわけではありません。需要が最大化したタイミング、つまりMacBookが盛り上がっている今、投入しないと売れないのです。

─ 販路の確保と、新しいMacBookの発売というタイミングが揃ったのが、ちょうど今だったというわけですね。

【道】それに技術的な事情もあります。AndMeshはiPhone 6から始まり、iPhone6プラス、iPad、そして今回のMacBookと、どんどんケースが大きくなっています。単純にサイズを変えればいいというわけではなく、大きくするだけで製造の難度がグッと上がってしまうのです。おそらくiPhoneでの経験がなければ、職人さんでも作ることはできなかったのではないでしょうか。

─ それはどのくらい難しいものなのですか?

【道】iPhoneケースに関しては「まあ、できるだろう」ということがわかっていました。これがMacBookのケースになると職人さんでさえ「トライしてみないとわかりません」というレベルです。もちろん、我々も職人さんもiPhoneケースの経験がありますから、おそらく作れるだろうと思っています。逆にいうと、そんな我々ですらそう思うほどの難度だということです。

─ しかし、MacBookのケース市場はニッチなんですよね? なぜそうしてまでケースを作ろうとしたのですか?

【後】逆にニッチだからこそです。ブランド戦略において、ニッチをおさえることはとても重要なのです。それに、ニッチといってもiPhoneケースに比べたらという話であり、MacBookも十分なメリットがある市場を持っています。そのわりに競合が少なく、世の中に良い製品が少ないエリアでもあります。

「ゲート痕」を消すことに成功

樹脂を整形すると、溶けた樹脂を流し込むときにできる「ゲート痕」と呼ばれる痕ができるが、DAQはとある技術によりこのゲート痕を消すことに成功した。なお、アップル・ウォッチの樹脂ベルトやiPhone 5cのボディにもゲート痕は存在しない。

もっと薄く、軽くエラストマーの限界へ挑戦

─ それでは、開発のお話を詳しく聞かせてください。

【後】まずはじめに大変だったのは、iPhoneの場合と違ってMacBookは発表前に噂レベルでも情報がほとんど手に入らないということです。予測して企画しておくことも不可能です。なので実機を入手して即3Dスキャン技術を使ってMacBookの図面データ作成から開発は始まります。

【道】現在のスキャン技術はとても高く、コンマ1ミリ狂わない精度を出せるのです。

─ 図面が出てこない点についてはどうしようもないとはいえ、スキャンからというのは大変ですね。

【後】スキャンして図面ができたら、次は材料選定です。

─ 材料はiPhoneケースと同じなのでは?

【道】いえ、実は同じAndMeshでも、iPhoneとiPadとMacBookでは全部材料が異なっているのです。というのも、重視する目的がそれぞれ違うからです。大きなくくりでいうとどれもエラストマーですが、たとえば傷がつきにくいとか、軽量とか、それぞれに特徴があります。そして、MacBookでは「軽さ」と「薄さ」を重視することにしました。

【後】やはり新しいMacBookの特徴といえば軽くて薄いこと。ケースをつけることでそれをスポイルしたくなかったのです。

─ iPhoneケースに使用したものと比べてどれくらい軽く薄くなったのですか?

【道】重さをわかりやすくいうと、iPhoneケースのAndMeshを水に入れると沈みます。しかし、MacBook用は浮きます。それくらいの違いがあります。数字でいうと、だいたい3~4割といったところでしょうか。

【後】薄さに関していうと、And MeshのiPadケースのもっとも薄い部分が1.4ミリでした。これはリンゴマークの部分だけで、そこから外に向かって分厚くしていっています。エラストマーはそもそも2ミリ以下にするのは無理だといわれるほど薄くしにくい素材なので、これだけでもかなりのものですが、今回のMacBookケースでは、その1.4ミリの厚さを全面にわたってキープしています。

─ それはすごい!

【道】ところが、この「軽くて薄い」エラストマーを材料に選んだことで、さらに開発は難航したのです。

─ それはなぜですか?

【道】樹脂であるエラストマーを製品に成形するためには、まず原料となる粉を高温で溶かし、それを金型に流し込んで冷やして固めます。イメージとしては水を容器に流し込んでいく感じです。ところが、エラストマーという素材は水よりもドロっとして粘性が高く、流れにくいのです。しかもMacBookのケースは、iPhoneと違ってサイズもかなり大きい。そのため、金型全体に行き渡るまでにエラストマーが冷えてしまい、成形する前に固まってしまうわけです。厳密にいえば、溶かす温度を高くすれば水のようにサラサラにすることも可能ですが、そうなると今度はエラストマーとしての特性が変わって変質してしまいます。収縮率も変わるので成形できなくなる。普通のiPhoneケースに使われているポリカーボネートはものすごく高温まで大丈夫なのですが、その意味でエラストマーは非常にデリケートです。

【後】流れにくいものを短時間で大量に流すためには、通り道が広くなければいけません。しかし、今回は「軽く薄く」がコンセプトなので、それもできないのです。

─ でも、それを克服したわけですよね。

【道】とある方法を用いることで、解決することができましたね。ただ、本当にギリギリのところで調整しました。AndMeshはメッシュ状になっているので、金型は剣山みたいな形になるんですよ。ただでさえ流れにくいのにそんな風にするものだから、金型の技術者からは「これ穴を開けないとダメなんですか?」と聞かれましたね(笑)。

─ (笑)。まさに職人技ですね。

【後】ええ。でもこれで終わりではないのです。むしろ大変なのはここから。実際に金型に流し込んで成形するのも大変な苦労がありました。

【道】高温で溶かしたエラストマーを流し込み、冷やして固める、と言葉でいえば簡単ですが、実際には温度調整がものすごくシビアです。たった1~2度の変化が成形性に関わってきますから。

【後】溶かしてそのまま流し込めばいいわけではなく、金型に入れるまでに5段階くらいの温度調節が必要なんですよ。最初は高温のままにしておいて、一気に冷やして流し込むとか、最初は高くしておいて一旦冷やしたあと、また高温で溶かすとか、さまざまな温度変化のやり方があり、細かく設定を煮詰める必要があるのです。

【道】さらに、射出、つまり流し込むスピードや圧力のかけ方も重要です。流し込んだあとは、金型自体の温度管理をしないといけません。金型には水が通っていて、水冷エンジンのような仕組みで冷却管理しています。金型全体で一つの温度ではなく、金型内でも場所によって温度を変えないといけないので、非常に細かい調整が要求されます。

【後】それに、製品をいくつ作るのかでも変わりますからね。たとえば1000個作るとして、最初と最後では金型が熱を帯びるので温度が変わります。それを計算して温度を管理しないと同じ製品にならないのです。

【道】そもそも、溶かす前には材料を乾燥させる必要がり、一晩かけて温風で乾かします。湿気を吸ってしまうとエラストマーは気泡ができてしまい、製品にも反映されてしまいますからね。

【後】エラストマーを使いたいというと、現場にはたいてい嫌がられますよ(笑)。逆にポリカーボネートやABSといった一般的なiPhoneケースの材料はそこまで大変ではないのですが。

─ 聞いているだけで頭が痛くなりそうです。

【後】まるで陶芸家みたいな感じですよ(笑)。

【道】そうですね、湿気や気候も影響しますから、前の設定のままやればいいというものでもないですし、成形に関しても金型以上に技術が求められます。

【後】だからこそ、僕らの製品はパクられないんですよ。

薄くしにくいエラストマー素材

エラストマーは2ミリ以下にするのは無理といわれるほど薄くしにくい素材。今回のMacBookケースでは、1.4ミリの厚さを全面にわたってキープしている。エラストマー製品としては極薄といっていい。

【放熱性】

ケースメーカーから見たiPhoneとMacBookの大きな違いは放熱性だという。iOSデバイスは放熱性に優れており、それほど熱くならないが、MacBookのようなノートタイプの端末は熱を帯びてしまうのだ。

【サイズ】

AndMeshのMacBookケースをよく見ると、メッシュの穴のサイズが場所によって異なっていることに気づく。CPUなど熱くなる部分がヒンジ付近に集中しているため、その箇所の穴を大きく開けているのだ。