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医療の効率化を可能にする「iPadで測る心電図」

著者: 木村菱治

医療の効率化を可能にする「iPadで測る心電図」

iPadで手軽に心電図がとれる

ECGラボが開発した「スマートECG(SmartECG)」は、iPadを使って心電図の測定と記録が行える心電計だ。心電計に必要な表示や分析・プリントといった機能をiPadが担うことで、専用心電計に比べて低価格化とコンパクト化、使い勝手の良さを実現した。

心電図には記録法によりいくつかの種類があるが、スマートECGはもっとも一般的に使われている「標準12誘導心電図」の測定・分析が可能だ。厚生労働省の認定を受け、保険適用されるれっきとした医療機器である。

スマートECGは、両手両足に着ける4個の電極と、胸に付ける6個の電極、そして心電図アンプで構成されている。各電極は、一般的な心電計とまったく同じ方法で四肢と胸に装着。計10個の電極からの信号は、アンプ部でデジタルデータに変換され、Wi-Fi経由でiPadに送られる。iPadと直接やりとりできるアドホック通信に対応しているので、Wi-Fiルータのない場所でも使用可能だ。

スマートECGの使用法。10個の電極で捉えた電位差をデジタル化してiPad/iPhoneに送信。専用アプリで心電図を記録・解析・共有できる。

iPad上での測定や記録には、専用アプリを使用する。アプリはアップストアから無料でダウンロードできる。機器の接続が済んでいれば、検査ボタンをタップするだけで即座に心電図がリアルタイム表示され、さらに記録ボタンを押せばデータが保存される仕組みだ。

保存したデータは、エアプリント経由で一般のプリンタから印刷できるほか、専用のクラウドサービスにアップロードして保存・共有したり、PDFやPNG形式の画像をメールに添付して送信可能。また、診断に役立つ各種の自動解析機能も備えている。

価格は約30万円(iPadが別途必要)。一般的な専用心電計は据置型で50万円程度、ポータブルタイプでは100万円以上が相場だというから、かなりの低コストを実現していることになる。データの保管にクラウドが利用できるので、サーバへの投資や、心電図の保管スペースが不要。また一般のプリンタから印刷することで、心電図の専用紙が不要になり、ランニングコストも抑えられる。

違和感なく診療に使える

東京・千代田区のお茶の水内科では、2015年1月からこのスマートECGを導入し、診療に使っている。院長の五十嵐健祐医師は導入経緯を次のように語る。

「iPadで使える12誘導の心電計が出ると知って、すぐに購入しました。専用心電計の大きさのほとんどは、ディスプレイとプリンタで占められていますが、その部分がなくなるだけで非常にコンパクトになります。表示や操作はiPad、印刷は院内のプリンタといったように、すでに院内にあるものを活用できるというコンセプトに共感して導入しました」

スペースの限られる都心のオフィス街のクリニックにとって、スマートECGのコンパクトさは大きなメリットがあるようだ。

「私のように1人で診療しているクリニックでは、コンパクトなほうが遥かに便利です。電極の付け方は一般的な心電計とまったく同じですから、毎日の診療で本当に違和感なく使用しています。トラブルもなく、解析機能も十分です」と、五十嵐医師は高く評価する。

また、患者によっては心電図をデータで受け取りたいという人もおり、こうしたニーズにすぐに対応できるのもメリットだという。

東京・千代田区のお茶の水内科院長の五十嵐健祐医師。

iPadで測定することで、患者に画面を見せて説明することも容易になるという。

胸部の電極は、6個が一列にまとめられており、通常の電極よりも絡まりにくくなっている。

医師からの声でiOS版を開発

ECGラボのME事業部係長・小山創氏は、iPadベースの心電計の開発は、医師たちのリクエストに応えたものだと語る。

「弊社の母体である三栄メディシスでは、2010年からコンピュータを使った心電計を販売しており、医療機関に2000台以上の導入実績があります。その後、アンドロイドタブレットを使った心電計も発売しましたが、やはりiOS版が欲しいという医師の声が数多く寄せられたことから、スマートECGの開発をスタートさせました」

ECGラボは心電図に関する画期的な製品の研究開発をするために、三栄メディシスから分社。スマートECGは、測定のための基本技術は実績のある三栄メディシスのものをベースとしつつ、ユーザインタフェイスなどはiOSに合わせて新規に開発したそうだ。

「マニュアルがなくても使えるよう、iOSならではのシンプルな操作性を重視しました。アンドロイド版と機能的には同等ですが、操作はより簡単になっています」

アプリは無料でダウンロードでき、デモデータによる体験操作はスマートECG本体がなくても可能だ。確かに操作は非常にシンプルで、プロ用の医療機器とは思えないほど簡単に使える。

共有機能を活かした新たな使い方も

スマートECGはコンパクト・低コストな心電計として、小規模なクリニックから大きな病院まで幅広い現場で利用が可能だ。すでにiPadを導入している医療機関であれば、スマートECG本体だけを持っていけば、どこでも手軽に心電図がとれる。特に需要が多いのは、やはり在宅医療など、病院外で心電計が必要な用途だという。

病院外での利用では、データの共有機能が非常に役立つ。たとえば、生命保険会社から契約審査のための健康診断を受託している会社では、担当医師がスマートECGを持参して往診し、測定した心電図のPDFをメールに添付して本部に送信している。従来の専用心電計を使った健診では、現場で取得した心電図データを個人情報を含まない形でSDカードに保存し、郵送で送るなどしていた。スマートECGの導入で、全国のドクターからデータをメールで収集できるようになったことで、コスト削減や業務効率の改善につながったという。

そのほか、救急車で病院に搬送する前に心電図を病院に転送するといった使い方も検討されており、タブレット/スマホならではのデータ共有機能は、心電計の使い方を大きく変える可能性を持っていそうだ。

画面サイズの大きさから、一般的にはiPadでの利用が主となるが、iPhoneでも問題なく使用できる。災害医療のように、より高いモバイル性が要求される用途ならば、iPhoneでの利用も有効だろう。

今後の開発の方向性として、小山氏は通信機能の活用を挙げた。

「通信機能をうまく使って、今までになかったものを作っていきたいと思います。たとえば、アップロードされたデータを自動解析して、異常があればドクターに通知をするような機能も考えられます。また、心電計とアップル・ウォッチの連携なども検討しています」

スマートECGは、あくまで医師が使うためのプロ用の機材だが、同社では一般の人が自分で心電図を始めとするさまざまな健康データを測定できる端末を開発中だ。

機器の進歩が遠隔医療を後押し

五十嵐医師は、スマートECGのように低コストで手軽に情報共有のできる検査機器の登場が遠隔医療の普及を後押しすることを期待している。

「今の医療は対面診療の原則から、遠隔医療はごく一部でしか行われていません。しかし、心電図などは対面でなくても、遠隔地の専門医がデータを見るだけで、より詳しい検査が必要かどうかを判断することができます。僻地に限らず、都心でも受診のハードルが高いために病気の予兆を見逃してしまうことが多く、早期に受診と治療をすれば、大きな発症を防げる病気がたくさんあります。こうした機器を駆使した遠隔医療が普及することが、国民の健康維持だけでなく、医療費の抑制にもつながるはずです」

今後もiPadやiPhoneを使った検査機器やアプリは増えていくだろう。こうした新しい風が既存の医療システムにどのような変化を与えていくのか、今後も注目していきたい。

スマートECGアプリのトップメニュー。操作はとても簡単だ。設定の[デモデータを使用する]をオンにすれば、使い勝手を体験できる。

測定中のスマートECGの画面(デモモードを使用)。右上の記録ボタンをタップすれば、すぐに記録を開始できる。

測定結果のレポート画面。印刷すれば専用心電計と同様の心電図が得られる。さまざまな解析機能も備えている。

smartECG

【発売】Vales & Hills BioMedical Tech. Ltd

【価格】無料

【カテゴリ】App Store>メディカル

【ホルター心電図】

一般的に健診などで行われる心電図測定では、1日の中で特定の時間だけ症状が現れるような患者には対応できない。こうした場合には、ホルター心電計と呼ばれる装置を使い、長時間の心電図を記録する。コンパクトなホルター心電計は、身に付けて普通に生活しながら心電図を記録することもできる。

【追加検査】

心電図に異常が発見された場合、必要があれば追加の検査を行って原因を探っていく。行われる検査としては、ホルター心電計による長時間測定や、体に負荷をかけての心電図測定、心臓超音波検査(心エコー)、心臓に細い管を通す心臓カテーテル検査などがある。