センセイノート(https://senseinote.com)は小中高の先生向けのSNSで、完全無料で利用できる。利用1カ月で登録した先生の数は1000名を超えた。近々iPhoneアプリを公開予定だ。
それはたった1つの会話から始まることとなる。2012年9月、浅谷治希氏は十数年ぶりに高校の同級生と会った。お互いのこれまでや現状報告などで話は盛り上がり、浅谷氏はその席で人生を変える話を聞くことになる。
その友人は大学卒業後、中学校の先生になっていた。若くして先生になった理由や教育の重要性を語り、彼が抱える悩みや教育の世界における問題もストレートに話してくれた。浅谷氏はそのときのことをこう思い返す。
「先生という仕事は本当にやりがいのある仕事だ、という彼の話に感動しました。そして同時に、先生は孤立化する傾向が高く、悩みや課題を一人で抱え込んでいるという現状に衝撃を受けました。そこから、彼のような先生をなんとかサポートできないものかと考えたのです」
先生になるにはもちろん教員としての資格を取得せねばならず、そのうえで都道府県や私立の学校法人などの採用試験を突破する必要がある。未だに狭き門だ。そして採用が決まるとすぐに赴任したその学校で授業を行わなければならない。実質、経験は教育資格を取得するためにやった教育実習だけ。浅谷氏の友人の言葉を借りれば、それは「不安の中でやらざるを得ない」ことだ。それが本人だけの問題ならまだよい。その不安の向こうにいるのは子どもたちという現実がある。
「教育というと、子どもに焦点が当てられがちですが、子どもと向き合っている先生がそういった状況ではとても不健全ですよね」
自分のやってることは正しいのか?と自問自答する先生の苦悩を聞かされた浅谷氏は、その問題解決に走る頭と心を抱えたまま、その日を迎えることになる。
2012年11月、浅谷氏は勤めていたベネッセを退職して某ITマーケティングコンサルティング会社へ就職したばかりの頃だった。当時住んでいたシェアハウスにITを使った言語学習サービスを起ち上げた海外のゲストがいて、彼らから起業家を目指す人たちのイベントの東京大会について知る。そして、急遽「スタートアップ・ウィークエンド」へ参加。見事優勝を飾り、1分半のデモムービーで順位を競う世界大会へと駒を進め、世界112チーム中8位で大会を終えた。そこで生み出された事業プランこそが、先生を支え抜くソーシャルネットワークサービス「センセイノート(SENSEI NOTE)」だった。
LOUPE株式会社CEOの浅谷治希氏。現在は、センセイノートの普及と浸透のために西へ東と日本中を疾走する毎日だ。
LOUPEは多くのインターン生を採用する。ルーチンワークを与えるのではなく、いろいろな業務に携わってもらい、サービスを盛りあげる仲間としてセンセイノートが発展していく。
スタートアップ・ウィークエンド(http://tokyo.startupweekend.org)は、世界478都市で1000回以上開催された、参加者10万人を超える世界最大級のスタートアップコミュニティ。たった3日間の間で価値あるプロダクトが生まれ、ここから始まったサービスは数知れない。
【多忙】
教育実習を終えた先生はいきなり一人教室に投げ出される。しっかりと授業の準備をしようとすると一授業あたり3時間ほどかかるのも珍しくはないという。それに加えて生徒指導、保護者対応、部活指導、そして今ではICTの利活用なども求められる場合も多い。
込めた思いと機能
センセイノートは、小中高の先生向けのSNSだ。浅谷氏の言葉を借りればそれは「先生に特化したフェイスブックみたいなもの」。その最大の特徴は徹底的な内向きな閉鎖性にある。利用できるのは原則、日本国内の小学校、中学校、高校の先生である。教育に関する研究者や企業など、そして一般の人は利用することはできない(教員志望の学生は可)。
浅谷氏の言葉にある「先生向けのフェイスブック」というのは深い意味がある。実は先生たちはフェイスブックをあまり利用していない。もちろん、彼ら彼女たちのITリテラシーの問題もあるが、何よりも利用しない一番大きな理由は、発言などを保護者や生徒に見られるということへの不安だ。つまり、センセイノートはそのソーシャルネットワークというつながりを先生だけの利用に徹底的に特化することによって「安心」を提供しているといえる。
利用するには現在は承認制、またはユーザの先生からの招待の2つの方法がある。素晴らしいのはなりすましや業者などのノイズを徹底的に取り払う作業を行っていること。申込の際には必ず電話番号を記入してもらい、スタッフが必要な場合には直接その番号に電話して確認している。このような地道な努力がセンセイノートという場を結晶化させていく。
そしてセンセイノートにおけるつながりのユニークさを示すのが、基本的に知らない同士が結びついていくという点だ。そもそも、このサービスの必要性は職場の中で孤立化している先生へのつながりを作ることにある。よって、つながりのない先生たちにとっては、リアルな現場での知り合いとはつながる理由がそもそも「ない」。知り合い=つながり、ではないのだ。つまりフェイスブックと大きく異なるのは、ここにおけるソーシャルグラフの成り立ちと意味においてである。自分と同じ意見、意志を持っていること、ある意味で「しがらみのない」関係性の構築ができることこそ、センセイノートにおける最大の強みだといえよう。
センセイノートはつながりを生み出す、つながりへと導き出すための機能が充実している。その1つ目は、ファイル共有を目的とした「ひきだし機能」。参加する先生たち全員に提供されるもので、自分たちで作成したさまざまなファイルを置き、共有できる。ファイルの種類にはどうやって授業を進めるかという「指導案」、生徒へのノートの取り方を指導する模範ノート例、ワークシート、保護者の懇談会マニュアルなどが人気がある。ファイル自体のフォーマットはエクセルやワードなどが多いが、中には手書きをスキャンしたPDFなどもあったりする。
2つ目は、「質問板」。いわば、先生版ヤフー!知恵袋とでもいおうか。浅谷氏いわく、これが「めっちゃ盛り上がる!」そうだ。その理由は匿名での投稿も可能にしていること、そしてすべての先生における共通の悩みともいえる生徒指導に関する内容が多いことだ。
これまでは生徒指導におけるノウハウや悩み自体は暗黙知化されたものでしかなかった。それがテキスト化されて流通をし始めることでこれまで声を出すこともできなかった先生たちがこぞって意見を出し始める。LINEについてどうか、うちの学校だとこうしてます、といった会話が繰り広げられる。
創るコミュニティ自体が「力」
決して最先端なことをやりたいわけではない、と浅谷氏は語る。「僕のやってることはまさに『ドブ板営業』です。ITのイメージとはほど遠く、とにかく先生に会って話をして、センセイノートを知ってもらい、使ってもらうこと。先生に寄り添ってサービスを磨き続けることが大事です」。
そして、同級生との会話の際に思った「つながり」がすべてを解決するという発想は今でも変わらない。
「先生が一人一人で自信を持って教育に挑んでもらえる環境を提供することを目指しています。教育現場に課題が多いのは事実、でも学校の制度は簡単には変わりません。それならば先生個人たちをエンパワーすることが自分たちにできること。理想の話をしても仕方ありません。『先生を支え抜くこと』こそが、教育が変わるきっかけになると信じています」
子どもと向き合うという意味での主役はあくまで先生であり、先生が生徒と向き合うには時間と余裕が必要だ。そして、よい教育をするためには先生が豊かな存在でなくてはいけない。そのために先生をつなげ、悩みや問題、知恵を共有する環境を提供するセンセイノートは、「裏方」のWEBサービスとして日本の教育の未来を変えてくれるはずだ。
センセイノートの会員トップページ。会員の先生方が投稿したメッセージが一覧で表示される。画面右の[チャンネル]には各分野の専門家である公式オーサーがコラムを発信する場。自分が興味・関心のあるチャンネルを購読できる。
最近追加された「ひきだし」機能。授業に利用可能なプリントアウトや参考資料などを共有できる。
「質問板」からは、先生に向けて質問を発信することが可能。広く意見やアイデアを求めたいときに活用できる。実名で質問がしにくい場合には、匿名で質問することも可能だ。
【覚悟】
「センセイノートはあくまでツールにすぎません。したがって、主役である先生方が仕事をしやすい環境を整備すべく徹底的に裏方に回ります」と浅谷氏。先生を「支え抜く」という覚悟がこの言葉に表れている。
文●山脇智志
ニューヨークでの留学、就職、起業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。 現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。【URL】http://www.castalia.co.jp/