美しい自然と独自の文化が根づく沖縄で、水族館や首里城などの施設を運営管理しているのが、一般財団法人・沖縄美ら島財団だ。2015年にiPadを導入した同財団は、手探りの状態からさまざまな困難を乗り越え、業務効率化に成功している。さらに、施設の来訪者に対するサービスの向上や国内外に向けた情報発信など、新たなステージでの成果を上げつつある。
ペーパーレス施策がきっかけに
琉球王国時代からの文化や歴史を伝える首里城公園や、沖縄県内有数の観光スポットとして知られる沖縄美ら海水族館。これらの施設を運営管理し、亜熱帯性動植物の調査研究や海洋文化の普及活動も行っているのが沖縄美ら島財団だ。
同財団は、会議でのペーパーレス化を目的として2015年にiPadを導入し、同時期より役職者へのiPhoneの貸与も開始した。さらに2019年以降はiPadが水族館や首里城での展示解説などにも用いられ、2023年からは各施設内の売店で使っていたPOSレジシステムをiPad対応のクラウド型システムに置き換え始めている。同財団の調査企画広報課で情報システム係を務める神里直氏は、モバイルデバイス導入の背景について次のように話してくれた。
「当財団が大切にする方針のひとつが“環境負荷の軽減”で、その一環として会議資料のペーパーレス化を目指してiPadを導入しました。最初は主に会議や役職者間の連絡に利用していましたが、操作のシンプルさや画像・動画の表示に適していることから、水族館での解説やSNSによる情報発信などの業務にも活用範囲が広がっています」
iPadやiPhoneのようなアップルデバイスを選択した理由については、ハードウェアとOSが同一メーカーで製造されているためモデル選びがシンプルで、操作感が両者で共通している点を挙げる。また、セキュリティやプライバシー保護が強固な点も評価できるポイントだという。なお、導入したiPadは利用シーンに合わせてWi-Fiモデルとセルラー+Wi-Fiモデルの2種類を用意している。
「たとえば、沖縄美ら海水族館のような屋内施設は館内のWi-Fiで利用できるため、Wi-Fiモデルで十分です。首里城公園など、屋外でお客様と接する場合はWi-Fiが届かない場所もあるほか、リアルタイムで言語翻訳アプリを使うことからセルラー+Wi-Fiモデルを導入しています」(神里)
複数拠点でのデバイス管理
ペーパーレス会議と役職者の連絡業務用途で導入されたiPhoneとiPadの数は、当初合わせて約50台。その数は徐々に増加し、2024年現在は250台以上にまで増えている。しかし導入直後は端末管理の方針が明確に定まっておらず、アップルID(Apple ID)やパスワードの管理に苦戦したという。
「最初の50台は1台ごとにアップルIDを割り当てて、アプリのインストールや更新も情報システム係が手動で行っていました。しかし、これだとパスワード管理が煩雑なので、特定の役職に対して1つのアップルIDを割り当て、10台のデバイスを紐づけました。すると、今度はフェイスタイム(FaceTime)の着信時に10台すべてから着信音が鳴るなどのトラブルが発生してしまったのです」(神里)
さらに、財団が運営する施設は沖縄県内に複数あるため、各拠点でのデバイス管理に関しても情報システム係の作業負担が増大していた。
「多くの職員が県内のさまざまな場所でデバイスを使用するようになったので、サポートのための移動が増えました。また、各拠点で万が一デバイスを紛失する事態があったら、情報システム係がそこに行かなければいけない状況でした。導入当初からパスコードロックを設定していたため情報漏えいの心配はありませんでしたが、緊急時に遠隔で端末をロックしたりデータを消去したりする必要性を強く感じるようになったのです」(神里)
これらの課題を解決するため、アップルデバイスの管理を効率化できるMDM(Mobile Device Management)ツールの導入が検討され、2016年に「クロモMDM(CLOMO MDM)」が採用された。
「必要としていた機能を備えており、国内での導入実績も豊富であること、また操作マニュアルやサポート体制が充実していることなどからクロモMDMを選択しました。導入により、業務や勤務地に関わらず遠隔でのデバイス管理やサポートができるようになったため、業務の負荷が大幅に軽減されたと感じています。デバイスを貸与した職員からは、デバイスやアプリの使い方に関する小さな疑問も、リモートなら気軽に相談しやすいという声もありました」(神里)
映像を活かした新たな取り組み
では、各施設の現場スタッフは貸与されたアップルデバイスをどのように活用しているのだろうか。沖縄美ら海水族館に勤務し、来館者に向けた展示の解説を行っている竹園成海氏は次のように話してくれた。
「水族館では1日に4回、一般来館者の方に向けて施設のバックヤードツアーを実施しています。iPadを導入する前は、水に濡れても問題ないようにラミネート加工された紙を使って水族館内の生き物の説明を進めていましたが、持ち運びや管理が非常に大変でした。また、内容を更新したい場合は新たに紙に印刷してラミネートする作業も必要です。これがiPadの導入以降、言葉と写真では伝えきれない生き物の様子をiPadで撮影して、映像でわかりやすく説明ができるようになりました。また、資料の更新も格段に楽になったんです」
さらに、映像はほかにも活用されていくことになった。たとえば、沖縄近海に生息するサンゴが1年に1度、5月から6月の大潮の夜に産卵する。水族館内のサンゴを飼育展示している水槽でも産卵するが、夜間のため来館者は見ることができない。しかし、アップルデバイスでその様子をライブ配信すれば、貴重な瞬間をより多くの人が目にすることができると考えたのだ。
「コロナウイルスの感染が拡大して来館者数が減少した頃、SNSによる情報発信に力を入れ始めました。貸与されているiPhoneで、毎週土曜日の17時30分にジンベエザメの大水槽や深海生物の様子をインスタライブ(Instagram内のリアルタイム配信機能)で公開し始めたのです。アーカイブを残さない方針にもかかわらず、フォロワー数は大きく増加し、現在は6万人を超えています」(竹園)
映像のライブ配信という取り組みは、新たな普及啓発活動にも広がりを見せた。
「以前から、教育機関向けに有償の学習プログラムを提供していましたが、中には沖縄に来ることができない児童生徒もいます。そのため、遠隔で水族館の映像を見てもらったり、職員に質問ができたりする『オンライン修学旅行』を実施したところ好評を得ています(※2024年3月で終了予定)」(神里)
また、医療機関や福祉施設に対しても無償で遠隔授業を行っている。特に、県立の医療センターに入院している児童や特別支援学校の生徒向けに実施したクイズ形式の授業は好評で、県外からの問い合わせも増えたという。
「遠隔授業の評判は、口コミやSNSを通じて国内外に広がりました。過去には、現地の医療支援NPOと協力し、アフリカのザンビアにある病院向けに遠隔授業を実施したこともあります。内陸国であるため海や海洋生物を見たことがない人が多いので、沖縄の砂浜を見ていただくところから遠隔授業を始めました。相手の環境や状況に合わせて、都度内容を改めつつ授業を提供しています」(神里)
ペーパーレス化という身近な課題から始まり、施設来訪者に対するサービスの向上、そしてライブ配信を通じて沖縄の自然と文化を国内外に発信している同財団。その取り組みは、同様の課題を抱える多くの施設運営者にとって大いに参考になるだろう。
コロナ禍を機に「Instagram」を用いたライブ配信をスタート。動画配信を活用した施策は地道に成果を挙げ、現在のフォロワー数は6万人以上に上る。[URL]https://www.instagram.com/kaiyohaku_churaumi/
コンセントのココがすごい!
□運営施設ごとのニーズに合わせたAppleデバイスをMDMで一元管理
□水族館や首里城の展示解説がiPadの活用でよりハイレベルに
□ライブ配信や遠隔授業で沖縄の文化と自然の魅力を発信